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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
黒歌鳥の巣編
109/210

人形が開眼致しました……



【私は『黒選歌集』――本という形に込めて遺された、サージェス・エルレイクの知覚の一部。意思の欠片。残留思念】


 紙と革で構成された物体であるはずですのに、色々と有り得ないことを本が主張して参ります。

 御先祖様、貴方は本当に何者ですの……?

 

「残留思念、とは……もしやこの本は、御先祖様の霊なのでしょうか。ど、どちらで供養するべきでしょう」

【私は霊魂に非ず。サージェス・エルレイクは既に昇天し、とうの昔に消えた。私はその残滓。『黒選歌集』に込められた思念】

「申し訳ありません。わたくしの理解力が及ばず、愚鈍な限りで居た堪れないのですが……何を仰っているのか」

「ミレーゼ、その本って呪いの本なんじゃねーの?」

「む、向き合わせた張本人が、無責任に恐ろしい疑惑を浮上させないで下さいません?」

【サージェス・エルレイクの血筋に非ぬ者が善悪の用途に関わらず使用しようとした場合に限り、半径50kmを巻き込んで自動的に消滅する設定になっているので――そういった観点から見た場合、『呪いの本』と判断できないこともない】

「い、今さらっと空恐ろしいことを主張しましたわよ、この本……!!」

「うわ……良かったね、ミレーゼ様。血筋が連綿と続いていて。どっかの当主夫人とかが浮気でもしていたら、今頃ミレーゼ様も危険だったんじゃないかな。王都諸共」

「エルレイクに嫁いでおいて子供の出生誤魔化すような度胸のあるご婦人がいなくて良かった……!」


 嫌な場面で、嫌な形で我が一族の血筋の正当性が証明されてしまいました。代々の御先祖様方の名誉と誇りにかけて疑ったことなどありませんでしたが……御先祖様方が懸命な方々で良かった……!

 どこかで子供のすり替えなどが起きていた場合、危うく王城と王都が滅び去るところでした……。


「ですが何ですの、この本は……」


 我が一族を疑いたくはありませんが、未来は不明ですもの。

 一族の血が途絶えることは有り得ないことではありませんし、血が途絶えた後でこの本が世に出ないとも限りません。

 ……この呪われし本は、永遠に封じておくべきではないでしょうか。

 いくら何でも、リスクが大きすぎます。

 逆に申しますと、大きなリスクを呑みこんでまでこの本を手に取る価値があるというのでしょうか?

 疑問を抱いた瞬間には、問いかけておりました。


「『黒選歌集』……貴方は一体、何の役に立ちますの?」

【私は……本に込められた、ただの思念。とうに本体たるサージェス・エルレイクは滅び、耳も聞こえず目も見えず、本の安置された部屋の中くらいしか知覚も出来ない。肉体を失ったのでは、特定の限定情報を除いて新たな情報など得ようがない。生前のサージェス本人の如くただ空気から、大地から、星々のまたたきから――有形無形の森羅万象から情報など引き出しようもない】

「いま、何やら大げさな……規模の大それた表現で不思議なことを耳にしたような」

【だが生きていた頃のサージェス・エルレイクが蓄えた膨大な情報を引き出すことは出来よう。そうして知恵を貸し、相談に乗ることができる】

「これだけ大掛かりなことをしておいて、結局はただの相談ですの!?」

【――私はとうに思念だけの存在。直接的な支援は手控えざるを得ない。直接的な助力を望むのであれば……】

「……え?」

【直接的な、確かな助力を望むのであれば、それ相応の覚悟を持つが良い。私と共に、現世への介入を辛うじて許されたモノが隠されていた筈だ】


「「「………………」」」


 わたくし達の視界の端で、異様な存在感を放っていたモノ。

 だらりと屍の如く四肢を投げ出した人形の愛らしい顔立ちから、わたくし達はそっと視線を逸らしました。

 まさか、この人形のことではありませんわよね……?

 人形がどうやって俗世間に介入するのか、と。

 わたくしは常識的なことを自問自答して心身を落ちつけようとしました。

 どうやらとうの昔に肉体を失ってしまった、御先祖様の残滓を名乗る方にはそういった心情を解していただけなかったようですけれど。


【ソレはサージェスが責任を持って管理を任された第一級の危険物(・・・)……災害指定をされてもおかしくないモノだ。サージェスは誰の手にも触れないように封印すると王達に請負い、ちゃっかりとここに隠した】

「ご、御先祖様は何をなさって……いえ、それ以前に! このお人形、お兄様と同等の扱いを受けるようなモノですの!?」

「あ、ばか。ミレーゼ、敢えて避けてたのに話題にする奴がいるか!?」

【そもそも人形に見えて本質は人形に非ず。サージェスが人形に封じただけで、その真価は中身にあるといえよう。ソレを封じるが為だけに……慮外者の手に渡らぬようにする為に、此処まで大規模な仕掛けを持って代々隠し通されてきた】

「に、人形の中に何があると……」


 この人形を隠すため、あれほどの仕掛けを御先祖様は遺されたと仰いますの?

 ピートから窺ったお話から、あれらややこしい仕掛けは『黒選歌集』を隠す為に施されたモノだと思っておりました。

 ですがここにきて、それは違うと当の『黒選歌集』が告げるのです。

 そうまでして隠し通されてきた、人形。

 重要なのは中身だと仰いますが……中に、一体何が封じられていると。

 真っ白かったページに浮き上がってきた文字は、見慣れぬモノでした。

 何故か、読めましたけれど。


【――『始王祖』】


「始祖、ではなく……始王祖?」

「ししょー? むりゃしゃきはっぱー」

「クレイ、それは始祖ではなく紫蘇です」


 御先祖様の蓄えた情報とは申しましても、御先祖様は遥か遠い過去の時代の方です。

 何かしら過去の事例などに救いを求めるのであれば、まだしも。

 今現在、エルレイクに敵対する何者かに窮したわたくし達に……過去の方の情報はあまり有益とは申せないのではないでしょうか。

 だからと申しまして、直接的な救いを求めるのであればと勧められたのは何やら怪しいお人形……

 何かが封じられているそうですが、まず『封じる』という表現が出てくるあたりに碌でもない予感しか致しません。

 中身が殊更に怪しいことは確かです。

 ですが、今の姿はお人形。

 このお人形に、だからといって何ができると……。


【ネジを回してみると良い】

「…………………………」


 お言葉を受けて注意深く拝見してみれば、確かに小さなネジがお人形には付いているようでした。

 からくり人形、ですの?

 ですが何故でしょう。

 ネジを巻いたらどうなるか……不安しか感じないのですけれど。


【目的を達するためであればどのような災厄を被っても構わない……そんな覚悟があるのなら、試してみなさい】

 

 そうして、本が更に不安を煽って参りました。

 不穏な物言いを受けて、誰がネジを巻くと思っておいでですの?


 ……そう、思いましたのに。


「まきまきー、まきまきー」

「ちょ、く、クレイーっ!?」


 わたくしの弟が、やらかしました。



 15、6cm程の、人間の等身に似せて作られたお人形。

 からくり人形というには、機構を詰めることも出来そうにない小さな体。

 クレイがネジを巻き切った時、お人形の伏せられた睫毛がゆるゆると震え……まるで人形とは思えない生々しさで以て、お人形はゆっくりと目を開いたのです。

 硝子とは思えない瞳を……

 ……いえ、本当に硝子ではありませんわね?

 人形の瞼の下から現れたのは、オパールの様な輝き。

 神秘的な奥行きを持った……未知の宝石、のようでした。

 侯爵家の令嬢たるわたくしですら、見たことのない宝石(いし)だなんて。

 知識と教養の中を探っても、特徴の一致する宝石に心当たりがありません。

 侯爵令嬢が知らないという事実が、どれだけの希少価値を示すのか。

 わたくしは、くらりと眩暈を感じそうになりました。

 ですが、得体のしれないモノの前です。

 弟を守りもせず、人事不省に陥っている場合ではありません。

 胆力を掻き集め、わたくしは遠退きかける意識を踏み留まらせました。

 守るべき弟がいて、正体の知れないモノがいる。

 このような状況下で易々と気を失ってしまうような役に立たない軟弱な精神を育ててきた覚えはございませんわ……!

 わたくしは気力を奮い立たせ、弟を抱きあげて人形から距離を取りました。

 警戒を露にするわたくしに、御先祖様の残滓が言葉を浴びせてきます。


【人形の身体から、ネジを抜き取りなさい! あの人形に封じられている限り、中身のアレはネジを持った人物に逆らえないように調整してある】

「それを早く仰って下さいませー!」

【ついでにエルレイク家の血筋にない者がネジに触れると、自動的に消滅するよう……】

「これもですか! これもなのですか! 同じような仕掛けをいくつ作って放置していらっしゃいますのっ」

「っつーか、そういう物騒な仕掛けをほいほい作れるお前の先祖って何者だよ」

「情報操作と暗躍の得意な吟遊詩人ですわ!」

「実績がどう考えても『吟遊詩人』の領分超えてるよ?」


 逆らえない、という情報を入手できたことは重畳です。

 保険はないよりもあった方が遙かに心情的負担を軽減して下さるでしょう。

 わたくしは目を開いた人形がのろのろとしか動けないでいる隙に、さっとネジを擦り抜きました。

 ……今更かもしれませんが、この人形、自律的に動こうとしているようにしか見えないのですが。

 人形の得体の知れなさに、ネジを手の中に握って安全保障を得てなお、慎重に人形から距離を取ってしまいます。

 勝手に動きだす、お人形。

 動かしているのはきっと中に入っているという『始王祖』とかいう謎のナニかでしょう。

 ……本当に、何なのですか。これ。

 ネジを取ってから、人形はずっとわたくしのことを見ています。

 感情の見えない人形の眼差しが、ずっとわたくしを……

 …………これは、一般的な淑女であれば恐怖する場面なのではないでしょうか。

 ですが、何故でしょう?

 確かに合った目の奥に、感情など窺えませんのに。

 人形の眼差しは、恐ろしい筈ですのに。

 ……何故か、目の奥に見える気がするのです。

 人形の目の奥に見える意思のようなナニか。

 確かなようであやふやな、掴めないモノ。

 見えると思った瞬間に、わたくしは何故か心安らぐ心地が致しましたの。

 これはどういうことなのでしょう?

 わたくしを見る人形の瞳が、変化を見せます。

 瞳孔の大きさが少し変わりました。


 …………。

 ……。

 ………………瞳孔が動きました?


「こ、こ、こ、この目! ナマモノですのー!?」


 驚くわたくしに、『黒選歌集』がぱたぱたとページを動かして注意を引く仕草を見せました。

 何かの答えをいただけるのかと目をやれば、書き留められていたのは見逃せない文言。


【その人形の目は『精霊玉』だよ】

「もっと有り得ませんわーっ!!」


 さらりと衝撃的なお言葉を出してくる、『黒選歌集』。

 混乱するわたくしは、御先祖様の遺産である書をぱしぱしと涙目のまま叩く他に感情を紛らわせる術を見つけられずにおりました。

 






『黒選歌集』

 →初代が頭の中に蓄えていた莫大な情報。

 いわばサージェスさんのデータバンクにアクセスする為の端末。

 後はちょっとした相談に乗ってくれる。

 だが、相談して悩みが解決するとは限らない。


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