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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
黒歌鳥の巣編
106/210

いくら何でも小さすぎではありませんか?


 天井を覆う紋章の中に隠された、御先祖様の情報遺産。

 ですが求める物を得る為には、生き埋めの危険を冒して紋章の謎を解かねばならない……そうなのですけれど。


 正直を申しまして、御先祖様の残した脅迫ネタ帳(疑惑)の為に危険に身を曝す意欲が全くと言っていいほど湧いて参りません。

 ですが御先祖様が『エルレイク直系子孫にのみ解き明かせる』等と伝え遺したためでしょうか?

 ……わたくしと状況を理解していないクレイ以外の皆々様が、どうにもやる気に満ちておられるように見受けられるのですが……。


「ミレーゼ嬢、それであの天井見て何かわかったのかな?」

「今初めて存在に気付いたばかりですわよ。このような極僅かの時間で一体何を理解したと申せましょうか」

「そこは根性入れてよく観察してみろって。お前らにしかわかんねーんだから」

「そうは申されましても……」


 天井に大きく描き出された、『黒歌衆』の紋章。

 今夜初めて存在を知ったばかりの紋章を観察して、わたくしに細かな差異や違和感を見出せるのでしょうか。

 甚だしい疑問だと言わざるを得ません。


「まあ見てればそのうち何かわかるかもしれないし、わからなければ諦めれば良いんじゃないかな」

「んじゃ、わかるかわかんねぇかは一先ず置いて、ちょっくらじっくり眺めてみろよ」

「じっくり眺めるも何も……わたくしの小さな体では距離があって細部までよくよく見辛いのですけれど」

「あぁ……おいジャスティ、脚立とかあるか?」

「脚立かい。確か1つ上の階層(フロア)に行けば物置部屋に……」

「…………本気ですの?」


 恐ろしいことに、方々は本気でわたくしに謎を解き明かすよう迫るおつもりのようです。

 幼子に一体何を求めておいでなのでしょうか、恐ろしい……。

 脚立があったとしても、わたくしの低い背ではさしたる効果も望めないでしょうに。


 ……と、思ったのですけれど。

 まるで間を図ったかのように、声が聞こえました。

 ああでもないこうでもないと言い合う不毛な会話に、終止符を打つようにして。


「にゃーん」


 ……ここで、ですの?

 なんという時に、なんという声が……。

 最早音の連なりが聞こえた瞬間、嫌な予感が降り注ぎます。

 声はわたくし達の頭上から聞こえました。

 そう、頭上から(・・・・)

 ……そこには天井しかありませんのよ?


「あにゅ! わんわ、わんわーん! ねえしゃまぁ、わんわがいりゅよ!」

「く、クレイ……お姉様に現実を直視させようとするのはお止めなさい。今はまだ目を逸らしていたいのです。それからソレは明らかに『わんわん』とは別種の生命体だと思いますわ」

「諦めろ、ミレーゼ。逸らしたって現実は変わりようがねぇから」


 背後からわたくしの肩を叩いてくる、ピート。

 わたくしよりも大きな手を、振り払ってしまいたい。

 きっと身長の勝る殿方に険を含んだ眼差しを送ったのですが……

 ……振り仰いだ拍子に、視界に入ってしまいました。


 ――犬(?)が………………あら? 縮尺がおかしいですわね?

 いえ、それ以前に犬(?)の控えている場所が、明らかにおかしいのですけれど……。


 どこからどう見てもルッコラが『品種改良(つくりだ)した』という『犬(?)』と思しき、小さな生き物。

 謎めく生き物は……わたくし達の、頭上におりました。

 件の紋章が広がる天井に、犬のように『おすわり』の姿勢で……

 おかしいですわよね?

 どう考えても、おかしいですわよね?

 何故皆様、誰も驚きませんの……?


 皆様が平然と見上げる犬(?)は、天井こそが床だとばかりに平然と張り付いているのですけれど。

 万有引力はいつから天井に向かって働くようになりましたの?

 どうやって張り付いているのか、皆目見当が付きません……。


「……チッ。ルッコラの奴、余計な気ぃ回しやがって」

「どういうことですの、ピート……?」

「王宮に忍び込むっつって来たからな。アイツ、出がけに散々俺の心配してやがったし。護衛なんざいらねぇっつうのに」

「つまりあの犬(?)は、ルッコラが密かにピートにつけていた護衛……ということですのね」

「そういうこったろうよ」


 天井を歩いて付いてくる護衛とは……ええと、斬新ですわね?

 苦い顔をしているピートは、内密に護衛をつけられたことに不服を顕わにしながらも、天井に犬(?)がいることへの疑問はないようです。

 幼いクレイは何でもあるがままに受け入れて『そういうもの』と思いこむ年齢なので仕方ありませんが……

 異常な存在といえる大男(アンドレ)はともかく、ピートの半身といえる殿下も、常識人の様に見えたジャスティさんも、何故に犬(?)の異常を受け入れてしまっていますの?

 取り乱さないお2方に、不安を覚えます。

 かくいうわたくしも、取り乱してはおりませんが……動揺を顕わにしないまでも、内心では渦巻く疑問に衝撃を受けていますのに。


「ねぇしゃま、ちっちゃいわんわねぇ」

「ええ、小さ……本当に小さいですわね」


 やはりこの目で見ても、縮尺がおかしいような……。

 目測で把握した大きさが確かなのでしたら、これが目の錯覚ではないのでしたら……天井にいる犬(?)は全長7cm程の大きさに見えるのですけれど。

 それも子犬などではありません。

 成犬(?)のようにしか見えない姿形で、大きさがおかしいのです。


「ピート、アレでも犬……と?」

「俺に聞くな。俺はもう、ああいうもんだと諦めた」

「まだ試合放棄には早すぎましてよ……!?」

「にゃー」

「……っ! い、いつの間に背後に!?」


 あっと声を上げ、驚く時間すらありませんでした。

 いつの間にか天井に居た筈の犬(?)は、わたくしの背後に……

 ……移動が迅速過ぎません? 瞬時という言葉を目の当たりにしたような気がします。

 そうしてわたくしに抵抗する猶予すら与えず。

 犬(?)はわたくしの後ろ襟に飛びつき、襟を咥えて駆けあがったのです。

 う、動きが反則的過ぎますわ……! 

 どのように動けば、自分より遙かに大きなわたくしを連れて天井まで駆け上がることができますの!?

 犬(?)の筋肉量と、単純な瞬発力で出来ることだとは思えません。

 間近に見て確証を得ましたけれど、この犬(?)の大きさは尻尾までを加えて7~10cm程度しかありません。

 だと、言いますのに……。


 今わたくしは、部屋の天井にいます。

 天井に張り付いた犬(?)に服を咥えられ、吊下げられたかのようなあり様で。

 ……地に足がつかないという言葉を、体現しております。


 ですがそれよりも何よりも、最も重要なことがあります。


「しゅっ……淑女のスカートの中を見るとは何事ですのー!! 見上げないで下さいませ! 此方を見てはなりません……!」


 素足と下着を、見られてしまいました……っ

 実弟であるクレイであっても、このはしたなさを享受する訳には参りません……が、未だ幼い弟に責任はありません。

 弟のことは大目に見るとして、も……わたくしの叫びを耳に受け、慌てて目線を逸らし、背を向けた殿方たち。

 彼らにまで容赦する必要はありませんわよね?

 わたくしよりも年長の、体もしっかりした方々ですものね?

 格上の相手に遠慮していては、満足に世渡りもできませんもの。

 かくなる上は……余計な物を目にした記憶が抹消されるまで、殿方達の脳を削るしかありませんわね。

 余計なことをして下さった犬(?)の責任も追及せねばなりません。

 ……被造物(ペット)の責任は、造物主(かいぬし)に取ってもらうべきですわよね。

 次に会った時には……覚悟をしておいでなさい、ルッコラ。




 ……と、このようにわたくし自身の名誉を賭けた決意を固めていたのですけれど。

 この恥辱を晴らさねば、わたくしの名誉は地に落ちたも同然。

 あ、涙が……。

 常よりも潤んでいることは間違いないと、わたくしは瞬きを繰り返して涙腺が緩むのを堪えようと致しました。

 遠くを見るのも効果的かもしれないと、視線を彷徨わせます。

 そうして羞恥から目線を彷徨わせていたわたくしは、意図せずして余計な物を発見してしまったのです。


「こ、これは……」

「なんだ、ミレーゼ! なんか見つけたのか!?」

「……どうやら、そのようですわ」

「え、マジで?」

「御自身で尋ねておいて、あまりな物言いではありません!?」

「悪ぃ。……で?」

「…………」

「何見つけたんだよ、ミレーゼ」


 わたくしの心情としては、黙っていたいものなのですが……。

 ですがここで黙秘を貫いたところで、ピート達は引き下がっては下さいませんでしょうね。

 黙っていたところで、ピート自身によって改めて確認を取られるだけです。

 わたくしのような専門的知識を持たない幼女に発見できたモノが、彼らに見つけられないとは思えませんもの。

 だからわたくしは、観念して告げることに致しました。


「……どうやら見つけてしまったようです。我がエルレイクの始祖……『黒歌鳥』サージェス・エルレイクの隠した、『暗号 (らしきもの)』を………………」


 エルレイク家の者として今よりも幼少の頃より教育を受けてきたわたくしには、わかります。

 この特殊な……暗号。

 独特の法則性を持ったそれがサージェス・エルレイク独自のモノであると、判別の付かないエルレイクの者はいないでしょう。

 今は懐かしき生まれ育った城館にて、目にしてきたモノ。

 御先祖様の痕跡ともいえる暗号は、紋章の線にこそ隠されていたのです。





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