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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
黒歌鳥の巣編
105/210

ご先祖様の負の遺産疑惑が濃厚です



 ――『黒選歌集』。

 今まで全く聞いたことのない言葉ですけれど……字面的に、我が家の御先祖様が何やら関与していそうな気がするのは気のせいでしょうか。

 気のせいだと、思いたいのですけれど……。


「『黒選歌集』ってのはな」

「あ、お待ちになって。まだわたくし、心の準備が……」

「待たねーよ」


 わたくしの心情を慮っては下さいませんの……?

 恨めしげに見上げるわたくしを意にも介しては下さらないまま、ピートは滔々と御先祖様の関与疑惑濃厚な謎の歌集について語り出しました。

 ……名前が出た以上避けて通れるとは思っていませんでしたが。

 せめて、心の準備を待っていただきたかったものですわ。


「『黒選歌集』――それは、エルレイクの始祖サージェス・エルレイクが残したとされる叡智の書……らしい」

「……随分と曖昧な表現ですのね」


 叡智とはどういう意味ですの、どういう……。

 叡智という言葉の意味を御存知ですの?

 御先祖様が残した書だとしても、あまりの胡散臭さに半眼でピートを見据えてしまいます。これがある程度の信頼性を確信しているピートだからこそ鼻で笑いはしませんが、他の相手でしたら蔑みの眼差しで見ているところですわよ。


「信じてねぇな?」

「信じるとお思いですの?」

「――『黒選歌集』は初代エルレイクが残した叡智の書……と言われちゃいるが、この場の誰も実態を見たことがねぇ。信じねぇと言われりゃそれまでだ」

「……そのような得体の知れないモノが、どうして必要だと仰いますの?」

「聞いて驚け」


 ピートは驚けと仰って、胸を張り、わたくしを見下ろされました。

 心なしか、眇められた眼差しが険を含んでいらっしゃいません?


「誰も実態を知らねぇがな……? 『黒選歌集』は情報収集と予測に長けた初代エルレイクが残した予言の書とも……いざという時に周辺諸国一切合財を追い詰め脅迫する為に残された『弱み・黒歴史・脅迫ネタ集』とも言われてるんだよ! 軽く千年は効力のあるすっげぇ強力なヤツだってな! ……本当に碌でもねぇな、お前の先祖」

「勝手に予測を語って勝手に我が家の祖先を白眼視するのは止めていただけません? わたくしの関与しないことで白い目を向けられる謂れはありませんわよ!」

「けど初代エルレイクだぞ!? 一切直接戦闘には関わらず、他人に任せて自分じゃちっとも戦わなかったくせに戦場で最も恐れられたなんつぅ逸話の残ってるサージェス・エルレイクだぞ!? 現代にまで続くエルレイク侯爵家の礎を築いた男だぞ! 如何にも尤もらしくありそうな話じゃねーか!!」

「ピート、貴方……我がエルレイク家の祖先をなんだと思っていらっしゃいますの?」

「お前とアロイヒとクレイの御先祖様だと思ってるよ!!」

「それはその通りなのですけれど、そのお言葉の真意を教えていただきましょうか」

「そこは黙秘一択だ!」

「いっそ清々しいまでに言い切りますわね……」

「とにかく、俺の目的は知ってんだろ? 国のどん底にも程がある底辺で這い(つくば)る社会的弱者のガキ共の社会的地位の向上だ」

「あんまりにも限定的過ぎる薄汚い職業選択の幅をクリーンな方向に刷新したいってことも忘れられないね。出来れば、その為の職業訓練所的な教養を磨く学舎も欲しい」

「言っていることは立派ですわ。ですがピート、第5王子殿下? その為に何故、脅迫ネタ帳疑惑の濃い謎の書を求められるのです……?」


 第5王子殿下の置かれた立場が難しいものであることも、第5王子殿下のお名前で表立って孤児の救済等の耳目を集めることも出来ないということは伺いましたけれど……浮浪児童達の地位向上という輝かしい成果を得る為に、一体何をなさるおつもりなのでしょう。

 子供達の未来を救済する足掛かりとして、貴族からの援助を……というのが現在のピート達の方針だったのではないのでしょうか。

 だからこそ、わたくしという『一般的な貴族への繋ぎ』という役割を担う盟友を求めたのではありませんでしたかしら。

 ……第5王子殿下が表立って動けない以上、全く関与しない方向から援助を勝ち取る必要がありますものね。

 

「ピート……脅迫で得た援助は、長く続きませんわよ?」

「んなこたぁわかってんだよ。無理やり縛り付けたって、隙を見りゃ繋いだ鎖ごと引き千切られるに決まってっからな」

「では何故、脅迫ネタ帳(疑惑)と思しき書をお求めに……?」

「まあ何かの餌になりゃとも思うがな……形振り構っていられねぇ奴はな、使えそうなモノは片っ端から乱用していくっきゃねえんだよ」

「何が功を奏すかわからない世界だからねぇ……それで有効活用できるモノが少しでもあれば御の字、かな。(ミレーゼ)というエルレイクの血筋が側にいて、場所は王宮。状況的に好機が揃ったところで、使えそうな『黒選歌集(モノ)』を思い出したから手を伸ばしてみた……というところだよね? ピート」

「……したり顔で仰いますけれど、ピートも、殿下も。覚悟して下さいませね? エルレイクの血筋は、生半可な思いつきで気まぐれに扱えるものではないと思い知らせて差し上げてもよろしいのですわよ……? お兄様が、ですが」

「そこで自分じゃなくって兄貴(アロイヒ)の名前を出すのは脅迫か、おい」

「動かし難いという意味ではお兄様は我がエルレイク家でも群を抜いていますもの。そういった意味では、兄はとてもエルレイクの者らしいと言えるのではないかしら」


 笑顔で見つめ合う、ピートとわたくし。

 ただ(わたくし)が笑顔という点のみを鑑みて、自身もにこにこと機嫌良く笑うクレイ。

 ……このままでは埒が明きませんわね。


「――はい、そこな坊やもお嬢様も」


 頃合いを見計らっていたのでしょうか。

 わたくし達が膠着した時機を待って声を上げたのは、ジャスティと仰る……敬称は様でよろしいのでしょうか。

 わたくし達の注意を引くように手を打ち、ジャスティ様は生温い微笑みをわたくし達に注ぎました。


「時にはぶつかり合って喧嘩するのも青春だよね。うん、わかる。わかるけど……このままじゃあ夜が明けてしまうね?」

「「「…………」」」

「それじゃあ本当に埒が明かないし、そもそも本当に実在するのかも怪しい書を巡って喧嘩をするなんて不毛じゃないか」

「それは……そうですけれど」

「……わかっちゃいる」

「そうだね。じゃあここは仲良く状況を進める意味も込めて――まずは『黒選歌集』の実在を確かめてみようか。それから中を見て、改めて使えるのか使えないのか、使うのか使わないのか決めるのも良いんじゃないかい? まずは論点に置くモノの価値(おもみ)を確かめてみないことには、論を重ねるにも無意味だろう?」


 ……何と言いましょうか。

 生温い眼差しは何とも言えないモノがあるのですけれど……

 何とも言い難い感情を抜きにしても、思います。

 この方……大人ですわね。


 実際に、ジャスティ様という方は不思議な方でした。

 効率性の置き方に、言葉の重み。

 そして不思議と言葉から感じられる信頼性。

 無条件にとはいきませんけれど、そう(・・)在るというだけで不思議な頼りがいを感じてしまいます。

 これが、包容力というものでしょうか。

 何だか久々に、『大人らしい』大人を前にしたような気が致します。

 両親の亡き後、いっそ不思議なくらい……目の前にするのは気の抜けない、ともすれば此方が油断すれば不利を被る可能性を持った方ばかりでしたから。


 積極性は、ありません。

 積極的にわたくしの未来に関わろうという意思が感じられず、一歩引いたところから観察しながら……惑った瞬間にのみ、手を差し出す。

 良い意味でも悪い意味でも、わたくしの将来を左右させようとはしない、傍観者めいた位置にいらっしゃるように感じられます。

 一歩を引いた立ち位置だから、でしょうか。

 頼らせていただけるほど近くにはいらっしゃらないのに、気を抜いてしまいそうになります。


 ですが実際に気を緩めそうになった瞬間に、ジャスティ様はきっと距離を開けてわたくしが寄り掛かれないようになさるのでしょう。

 何もなさらず、無言のままにわたくしが緩みそうになるのを封じられる気が致します。

 未だ出会ったばかりの方なのに、わたくしにそう(・・)と思わせる不思議な存在感。

 本当に、ジャスティ様は不思議な方のようでした。


 そしてわたくしも、一瞬でも気を緩めそうになった瞬間に気付くのです。

 ああ、そういえばこの方は隠密業に従事する方。

 これがこの方の手ではないかしら……?と。

 思った瞬間に、きっとわたくしはこの方に気を許せずに己が神経を引き締め直すことでしょう。

 いえ、今まさに一瞬緩みかけた気を引き締めたばかりなのですけれど。


 これはやはり包容力というものでしょうか。

 無条件に頼りたくなるような『大人』を感じては、未だ幼い『子供』のわたくしは無意識に甘えそうになってしまう。

 いくら『幼子(おさなご)』とはいえど、記憶に覚えている限り家族……身内を除いて他の方に甘えたことなど皆無と言っていい程にありませんのに。

 わたくしに無意識に甘えたくさせるなど、本当に不思議な……父性?でしょうか?

 

 わたくしは気付いていなかったのですけれど。

 後々になって自身の感情の動きを分析して、改めて戸惑ったのですけれど。

 女性だと思うのですが……わたくしはジャスティ様に不思議な父性のようなものを感じ取っていたように思えます。

 例えば父……いいえ、まるで兄のような。

 ……実際に、わたくしの実の兄であるアロイヒお兄様とは別ですが。

 似ているなどとは、全くと言っていいほど思えない筈なのですが。

 まるで『理想の兄像』を前にしたかのような、不可思議な気持ちを覚えたのです。

 だからといって「まるでお兄様みたい! お兄様になっていただきたい!」考えるような甘い思考回路は持ち合わせておりませんけれど。

 無条件に幼子から好かれそうな、ジャスティ様。

 いってみれば『年上として憧れる対象』になりやすそうな方。

 ……今までそのような方にお会いしたことはありませんでしたけれど。

 年下に好かれやすそうな方って、本当にいますのね。



 何だか毒気を抜かれてしまいました。

 いえ、もしかしたら初対面の相手に気を緩めかけるという失態に、目を逸らしたくなっただけなのかもしれません。

 わたくしは不毛な言い争いから目を背け、渋々譲歩するという態で敢えて大男(アンドレ)に目を向けました。


「それで? ご意見をいただいた通り、まずは見聞してみてもよろしいでしょう。皆様は実態を御存知ないとのことですが……ではその『黒選歌集』とはどちらに収められておりますの?」


 呆れを込めた眼差しで、じっとりと眺めやってみます。

 わたくしの眼差しを受けて、大男(アンドレ)は肩を竦め……ジャスティ様と視線を交わし合うと、ただ無言で太い指を上に向けられました。

 ……上?


 大男(アンドレ)の腸詰肉のように太い指が差した先。

 当然ながら天井がある場所ですわね。

 どういった意味があるのかと上を見上げれば……


「……あれ、ですの?」

「あれだねぇ」

「アレよぉん?」


 天井に大きく広がる、鮮やかな彩色。

 アンドレが指示した先には天井全体に広がる……我がエルレイク家のモノに似た、紋章。

 ……先ほど目にしたばかりのモノです。


 不吉を招く歌声を持つとされる、『黒歌鳥』。

 我が家の家紋を飾るのと、よく似た同じ魔物。

 ……始祖サージェス・エルレイクを象徴する魔物。


 堂々と黒い魔物が配された、『黒歌衆』の紋章。

 大胆に踊るような筆致を持って、不吉な紋章が刻み込まれていました。


「あの紋章が、ですの……?」

「正確には、あの紋章に隠されているらしいよ。エルレイクの直系子孫にしか正確な隠し場所は解き明かせないし、正規の手続きを無視したら天井全体が崩れて……この階層(フロア)ごと生き埋めになるらしい」

「頑張ってねぇん❤ アタシは新しい頭領様をお連れして一足先に安全地帯まで非難させてもらうわぁん」

「そのような勝手を許しは致しませんわ! まかり間違っても貴方に大事な弟はお任せ致しませんからね!?」


 ……御先祖様が何をどう考えていらっしゃったのかは、存じませんけれど。

 何とも傍迷惑な遺産を遺して下さいましたわね……。

 わたくしは先祖に初めて、ええ初めてですわよ?

 初めて、怨嗟の意味を込めた呻きを漏らしそうになってしまいました。





 ミレーゼ様ご自身は気付いていませんが、年下に好かれやすいジャスティの兄系包容力の他にミレーゼ様がうっかり懐きそうになった要因があります。

 ジャスティさんはアロイヒ兄様と全く似ていません。

 似てはいませんが……多感な十代という時代を同じ生活環境、近い立ち位置、で濃い関わりを持って生活した為か、どうやら雰囲気だか癖だか何だかにアロイヒと重なるモノがあったようです。

 同じ成育環境で育って似る部分ってありますよね?

 それでなくともミレーゼ様とアロイヒは15歳差。

 ミレーゼ様の覚えているアロイヒは生育しきった姿なので、成長段階で同じ環境に居たジャスティさんに無意識に近い物を感じてもおかしくはないでしょう。

 ミレーゼ様が無条件に甘えられる相手は、身内だけですが……。

 理性では認めたくなく、到底甘えたいと思える相手ではなくっても、無意識にアロイヒに甘えている部分もあると思います。

 殺意とか暴力衝動とかも、向ける側にとってはある種の甘えデスヨネー。

 なのでどうやらミレーゼ様、ジャスティさんにアロイヒと似た匂いを感じ取って、うっかり気を許しそうになった模様です。




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