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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
黒歌鳥の巣編
102/210

し、就任阻止は不可能ですの……?



 わたくしとクレイが通されたのは、奥にある応接間らしき場所。

 このような薄暗い地下深くにある、明らかに王家の暗部的な場所であるにも関わらず、置かれているソファは一級品のようです。

 今は失われた実家の家具に通じる居心地の良さです。

 あまりの快適な感触に、無意識に気を抜いてしまいそうになりますわ。

 気を引き締め直したわたくしの前に、ことりと音を立てて置かれる白いカップ。

 弟の前にも同様にカップを置いて、その方は微笑まれました。


「どうぞ。もう夜も遅いからホットミルクですけどね」

「ありがとうございます。いただきますわ」

「ありあとー」


 こくこくと無邪気に飲み干すクレイを、わたくしは止めませんでした。

 わざわざこのような場所まで連れてきたくらいですもの。

 危害を加えるつもりでしたら、こんな機密情報の塊のような場所まで連れて来て下さる筈がありませんわよね?

 何よりエルレイクの名に敬意を払って下さっているようですもの。

 ……敢えてわざわざ連れて来ておいて、害をなすおつもりでしたら心底お怨み申し上げますわ。


「さて、お嬢様にお坊ちゃま?」


 わたくし達の対面に座し、窺うような目を向けてこられる方。

 先ほど、わたくし達を助けて下さった恩人の方。

 そのお姿は……わたくしの予想に反したものでした。

 中性的と申しましょうか。

 お声の様子から、若々しくも成熟しはじめた妙齢の女性を予想していましたのよ?

 口調も柔らかでいらっしゃったので、そう、女性らしい方なのでしょうと。

 ですのに、目の前にいらっしゃる方はきりりと凛々しい……男装をなさっておいでです。

 軍服の様なぴしりとしたお衣装に、腰には細みの片手剣。

 袖口や襟に用いられたフリルやリボンタイも装飾は控えめで、まさしく男性的なお姿という他ありません。

 顔は優しげですけれど……女性特有のまろやかさとでも言うのでしょうか?

 女性の柔らかな部分を削ぎ落としたかのようです。

 アンリの男装とは、また幾分(おもむき)の違うものと言えましょう。

 同じ男装でも、何かが……どこかが違う。

 具体的に『なにが』とは申し上げにくい微妙な差異。

 何が違うのでしょうか……男性になりきり、成り変わることを前提としたアンリの『擬態』と、男性のような衣装を好まれる男装『主義』の違い……なのでしょうか?

 人生経験の浅いわたくしには、何がどう違うとは明確な言葉にし辛いものを感じます。

 ですがやはり、何かが違うのです。

 同じ男装の、妙齢の女性でもこうも印象に差異が出るものなのでしょうか。

 

「さて、初っ端からあんなむさ苦しい上におぞましいブツの洗礼を受けて大変でしたね」

「ええ、思い出したくもありませんわ……」

「お、おびゃけー……!」

 

 トラウマになってしまったのでしょうか……

 クレイがぶるぶると震えながら、わたくしに縋りついてきます。

 気持はよくわかりましたので、わたくしは弟をそっと抱き寄せました。

 わたくし達に困ったような眼差しを向ける、男装の麗人。

 ……どちらかから「ひどぉぉおい! ジャスちゃんったら!!」という野太いお声が聞こえてきたような気が致しましたが…………気のせいですわね。

 わたくしは何やら聞こえてきたナニかの声を黙殺することに致しました。

 ええ、ええ……目の前の方の左隣に腰かけた、見上げるほど巨大な物体などわたくしの目の錯覚でしょう。きっと。


「さ、てと……変態巨漢(アンドレ)のせいで色々な判断材料や情報が吹っ飛んでいるかもしれませんが。初めていらしたエルレイクの方々は此方が()か、おわかりですか?」

「……何ですの?」

「隠すことでもないのでお教えしますが、此処は王家直属の暗b……」

「隠して下さいませ。表だって公表できないような団体でしたら隠して下さいませ」


 あまりにもさらっとお聞きになるので、出方を窺う意味も込めて質問を返しただけでしたのに……

 予想以上にあっさりと秘密を暴露しようとされて驚く以外にどうしろというのでしょう。

 ……一応、現時点である程度の予測は立っているのですけれど。

 答えが答えだけに、口封じに消されないか恐ろしくてなりません。


 まさか。

 ええ、まさかですけれど。

 此処が、何百年も前から人知れず存在を口にされながらも、どなたも実存を確認したことのない、王家直属の暗部……『黒歌衆』の拠点だなどと、仰いませんわよね――!?


 ……存在は噂の段階に過ぎないとされておりますけれど、名称(おなまえ)が名称なだけに、我がエルレイク家始祖との繋がりが暗喩されているようで寒気が止まらないのですけれど。

 御先祖様、まさか関わりなど……ありませんわよね?

 まことしやかに囁かれる噂の通り、創設に関与など……しておりませんわよね?


 恐る恐ると、目の前の方を窺うわたくし。

 ですがわたくしの微かな希望は、あっさりと打ち砕かれました。

 ええ、それはにっこりと楽しそうな微笑みで仰られたのです。


「此処は建国以来、王家直属の隠密組織『黒歌衆』の本拠地として機能してきた場所です」

「忍んで下さいませ! 隠密でしたら、機密情報をあっさりと口になさらないで下さいませ……!!」


 あ、あっさりにも程があります。

 こんなに自然に半ば伝説と化した組織の存在を肯定されてわたくしはどうしたらよろしいのです!? 

 しかも、此処が本拠地だなどと……


「ふふ。どうせ隠すだけ無駄になるので先に言うだけです。もう子供は寝る時間をとっくに過ぎているので単刀直入に本題からお聞きしますが、ミレーゼ様、クレイ様」

「あい!」

「な、なんですの……?」

「この本拠地を閉ざす『黒歌鳥の扉』……先に潜られたのは、どちらのエルレイク様ですか?」


 ……黒歌鳥の扉。

 わたくしの記憶に該当するモノは、1つだけ。

 先ほど、クレイが開けてしまった……地下通路から繋がる扉のこと、ですわよね……?

 あの扉がそう(・・)だとするのでしたら、先に潜ったのはクレイなのですけれど。


「ミレーゼだ! 姉の方が先に潜った!」

「そうだね、うん! 彼女が先だ」


 ……何故、貴方がたが、それほど必死に情報を改竄しようとなさいますの?

 ピートと殿下は弾かれたように、先に扉を潜ったのはわたくしだと口になさいます。

 わたくしの方へも意味ありげな目配せが何度も送られ、何やら含むところがある様子が見受けられ……というよりも、いっそ不審ですわね。

 御2人の主張に怪しさが先に立ち、わたくしはむしろ警戒心を高めました。

 もしかすると、わたくしも口添えした方がよろしかったのかもしれませんが……


「あらぁぁん? 嘘はだぁめよう?」


 ……わたくしが何かを言うまでもなく、ピートと殿下の敵は他にいらっしゃったようです。

 わたくしは、存在すら認識したくない相手なのですけれど。


「あ・た・しぃ、ちゃあんと見てたんだからぁ。そっちの食べちゃいたい❤くらいきゃわいらしぃ坊やよねえ。先に部屋に入ったのはぁ❤」

「ぴぃぃいいいいっ ねえしゃまぁー!」

「た、食べないで下さいませ!!」

「やぁねえ、本気にしちゃってかぁーわいー❤ 比喩よぉ、ひ・ゆ❤」


 背筋を本気で怖気(おぞけ)というものが駆け巡りました。

 と、鳥肌が立ってしまいますわ……!

 この方でしたら本気で弟を頭からバリバリと食べてしまいそうで……わたくしとクレイは本能的な恐怖から、ひしと身を寄せ合いました。

 ……話が通じないからでしょうか。

 この方、どうにも苦手です。


 わたくしとクレイが怯えているのを見て、大男をお盆で遠ざけながら男装の麗人は仰いました。


「――それでは、先に扉を潜ったのはクレイ様。それに相違ありませんね?」


 証人(アンドレ)がいては誤魔化しきれるはずもなく、ピートと殿下は渋々と頷きを返し……何故かわたくしに、窺うような上目を送ってきます。

 どういう意味ですの……?

 真意の掴めない殿方に眉を寄せながらも、わたくしもまた頷きを返します。

 3人分の肯定を受け取り、男装の麗人は深く頷かれました。


「それではクレイ様。偉大なる我らが『黒歌衆』の創設者にして初代頭領、『黒歌鳥』サージェス・エルレイク様の遺された掟に従い、我らはクレイ様に絶対の忠誠を誓いましょう。


――当代頭領への就任、おめでとうございます」


「………………は?」

「あう?」


 くりっと首を傾げる弟を、思わず見下ろして。

 ですが弟を見つめながらも、わたくしには展開が謎めいて感じられ、男装の麗人が何と口にしたのか頭で理解することが出来ずにおりました。

 クレイが、何に、就任すると……?

 他にも言及すべき、見過ごすべきではない点があったように思いますけれど……今、全ては頭から消し飛んでしまったような心地が致します。

 ええ、ええ……創設に関与どころか我が家の始祖その人本人がそもそも創設者であったとか、最初の頭目であっただとか、そのようなことは既に瑣末事です。

 それよりもなお、過ごさざる自体が目の前にあるのですもの。

 

「あの……クレイが、何と仰いましたの?」

「今代の頭領へ就任していただく、と」

「何故ですの!」

「それが掟……我が『黒歌衆』数百年の歴史で連綿と受け継がれ、破ることは王家からの主命といえ御断りしてきた鉄則故です」

「……王家直属の暗部ですのに、王家の命を突っぱねてまで、何を守っていらっしゃいますの」

「なに、簡単なことです。我が黒歌衆の代々の頭領はエルレイク直系のお血筋の方のみ。その決まりを今でも順守しているんですよ」

「……なんですって?」

「正確に申しますと頭領の座が空位の場合、最初に『黒歌鳥の扉』を潜ったエルレイクの方が次の頭領になる。そういう掟です」

「わたくし、そのような掟は存じませんわよ? 我が家でも耳にした覚えは……いえ、このような機密でしたら秘されていて当然かもしれませんけれど」

「ちなみにエルレイクの方々にも極秘の情報です」

「は、はめられましたわー!? 先祖代々、初代に陥れられている状況ですわよね!?」

「どんな状況下であれ、扉を最初に潜ったエルレイクの方が頭領。数百年の間、ずっと守り続けられてきた掟です。……時代によっては、頭領の空位が数十年……いえ、百年以上続いた時もあるそうですよ」

「そこにまんまと可愛こちゃん達が来ちゃったのよー❤ 先代がお亡くなりになってから、11年。あたしも寂しかったわぁ★」

「な、なんということ……」


 頭の中で整理のつかない情報に翻弄されながらも、幾らか理解できた事柄がありました。

 我が家が代々、影で密やかに担ってきた役目などは、この際どうでもよろしいのですけれど……何故、そこに無垢で幼いクレイが捕えられねばなりませんの!?

 わたくしは事の元凶を定め、忌々しさを隠さぬ視線で見据えました。


 …………ピート、殿下。

 本当にお怨み申し上げますわよ……?

 




前回登場した色気たっぷり魅惑的なアルトヴォイスの君。

お名前はジャスティさん23歳。

詳しい人物説明は次回。


そして、以前の後書きでやったクイズのお答えは……

 a.御先祖様の傍迷惑な遺産  でした~!!


クレイちゃまに「ジョブチェンジしますか?」の通知がきております……。

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