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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
黒歌鳥の巣編
101/210

わたくしの背筋を這いあがる……怖気

ミレーゼ様の攻撃!




 分厚い筋肉が織成す天然の肉鎧を、目にも鮮やかに打撃力の高い色彩に彩られたフリルとレースで包み込み。クロコダイルも絞め殺せそうな太い腕で、わたくしの弟を遥か高い場所へと掲げる……屈強な殿方。

 視覚の暴りょ……いえ、淑女がそのような物言いをしてはなりませんわね。

 ですが言わせていただけるのでしたら……そう、それは物凄く心臓に悪い光景で。


「ね、ねえさま、ねえさまー! た……たすけて……」


 わたくしの頭部も握り潰してしまいそうな太い腕。

 持ち上げられた弟は、泣きそうな顔でわたくしに助けを求めております。

 何よりも弟の潤んだ瞳が、酷く胸に痛い。

 クレイの物言いは、いつもは舌っ足らずな言葉遣いですのに。

 ……舌の根の震えと裏返った声の為か、逆に鮮明に、正しい発音で聞こえる気が致します。

 なんて不憫なのでしょう……!

 一刻も早く助けだすことこそ、姉としてわたくしに求められる急務。

 わたくしは躊躇いませんでした。

 手に握った陶器の壷を、振り下ろすことに。


 ……1つだけ残念な点を挙げるとすれば、わたくしの細い腕にあまり力がないことでしょう。

 淑女の卵としては、望ましいことですけれど……。

 弟を守る姉として、今の立場で申しますと非常に残念なことです。

 腕力の関係上、周囲に散見する鈍器となりそうな物の殆どを、持ち上げられそうにないのですから……わたくしの身体能力を鑑みると、この抱えるようなサイズの壷が精一杯です。

 ああ、今だけ……今だけですわよ?

 今だけ、あの存在からして傍若無人なまでの兄の身体能力が羨ましくてなりません。

 人間性は全く尊敬差し上げておりませんけれど、弟を守る立場としては、どのような障害も物ともせず、立ちはだかる全てを薙ぎ倒す兄の戦闘能力がどうして我が身にないのかと……

 本気で考え始める前に正気に返りませ、わたくし。

 自分にないモノ、他人にあるモノを望んでもどうにもなりませんし意味などありようがありません。

 羨んでも無駄なのですから、人は自分自身の持ち得る限りで障害を乗り越えなければなりません。


 今のわたくしの場合は、目の前のこの大男のことですが。


「わたくしの弟を、解放なさい……!」


 踏み込む際の体重移動を利用し、遠心力も利用して。

 全力を込めたわたくしのフルスイング。

 ですが……


「あらぁん? やだぁ、こっちの子もかわゆぅい❤」


 野太くおぞましい声が、わたくしに向けられるのを感じました。

 たちまちわたくしの背筋を駆け巡ったモノは……悪寒でしょうか?

 一瞬にしてわたくしの肌には、鳥肌が立つ感触が……

 

 わたくしは既に壷を対象にぶつけるべく、体を動かしていました。

 この状態で慣性の法則に逆らい、体に無理な制動をかけられるほど、わたくしの身体能力は優れておりません。

 動きだしたら、止まるまで流れに従う他ないのです。


 ですが、大男は。

 アンドレと呼ばれた、控えめに見て変態的な大男は。

 黄色い声を上げた刹那、獲物にまさに襲いかからんとする野獣の如き姿を見せ……

 わたくしは電光石火という言葉に相応しい一瞬を垣間見ることとなりました。

 野生動物の如き、姿に見合わぬ俊敏さで。


 大男は最初にわたくしが手にしていた陶製の壷を大きな掌で受け止め、握り砕き。

 次いでクレイごと、反対側の手がわたくしを掬いあげるように動いて……


 わたくしは『成す術』を見出す猶予すら与えられることなく。

 刹那の間に、大男の屈強な肉鎧に暑苦しい圧迫を受けていたのです。


「やぁあん★ こっちの子もすーべーすーべぇ! ゆで卵の白身みたぁい!!」

「な……お、お放しなさいっ」

「いやよぉ? だってこんーなに可愛らしいのにぃ!」

「髭の感触が不快極まりないですわ……っ」


 心底不愉快だと言わざるを得ない感触がありました。

 弾力に富んだ筋肉に、無残にも挟まれたわたくしとクレイ。

 抜けだそうにも抜け出せません……!

 怯えて泣き出しそうなクレイを目線で宥めながら、わたくしは大男相手には埒が明かないと判断致しました。

 屈強な殿方であることは確かですが……どうやら聴覚機能や脳細胞まで筋力に恵まれた体格に即したモノをお持ちのようですから。

 どうにもわたくしの言葉はお耳に届き辛い様子のようです。

 こんなに間近から強い調子で告げていますのに。

 ですからわたくしは、矛先を変えることにしたのです。

 言葉の通じない方には、何を申しましても無駄にしかなりませんもの。


「……ピート?」

「来たぞ静かな口調が……!」

「わたくし、いま、弟ともどもとても不便な思いをさせていただいていますのよ……? どうにかして下さいますわよね」

「うああぁ……」

「どうにか、して下さい、 ま す わ よ ね ……?」

「………………アンドレ、いい加減に解放しねーか。交渉相手を……やっと現れた『継承者』を粗挽きハンバーグにでもするつもりか?」

「失礼ね! ピートちゃんったらあたしの腕力操作は完璧よ!?」

「だったらいい加減に放してやれってんだろ!」


 アンドレ氏を鋭く睨み上げるピートと、険のある狂犬じみた眼差しで見下ろすアンドレ氏。

 ……わたくし共を間に挟んで、睨みあいは止めていただけません?

 改善の兆しが薄い現状に、心なしか頭痛がしてきたような気がします。


 わたくしと弟は太い筋肉に拘束を受け、囚われの身。

 初めて受ける屈辱に顔を青褪めさせて状況の回復を願うばかり。

 結局わたくし達が再び自由を得たのは、新たな闖入者の存在が場に介入するのを待たねばなりませんでした。


 そう、わたくし達は未だ扉を開けてすぐの場所。

 部屋の入り口近くに(たむろ)しているような状況だったのですけれど。

 どうやら部屋のお国は更に何処(いずこ)かへと繋がる扉があったようで……

 そちらの方から、混沌とした状況にそぐわぬ淡々とした声がかけられたのです。


「――アンドレ、そこの姉弟はエルレイクの直系ですよ」


 分厚い筋肉に阻まれて、わたくしには新たな闖入者の姿を窺うことが出来ません。

 ですが聞こえてきた声の様子から、現れた方が若い女性だということが察せられました。

 ……ええ、察するに20歳前後という頃合いの声だと思うのですけれど。

 少しばかり掠れ気味の、ハスキーな音域はアルト。

 若々しさの中に、大人っぽい余裕が感じられます。

 わたくしの自由を阻む大男にしてみれば、親子のような年頃でしょうに。


「え?」

 

 声の威力か、言葉の力か。

 何が影響したのかは存じません。

 ですが声が聞こえ、意味を成した言葉が聞こえてきた直後……

 変態大男(アンドレ)の動きが、硬直したように停止致しました。


「エルレイクの方に、そんなこと、して良いのかなぁ……?」

「え、え、え……うそぉぉおおおんっ!?」


 ……金切り声に近い不快な叫びが、背後からわたくしの耳を貫きました。

 き、急な大声は止めていただけませんか?

 どうやら『エルレイク』の名に反応したらしき、むくつけき大男。

 この方にとって、我がエルレイク家は一体どんな因縁があるというのでしょう。

 深く知りたくもありませんが身の安全上、切り札とも成り得る情報があるのでしたら知っておくべきかもしれません。

 硬直した大男の腕に依然として囚われたまま、切実に考えさせられる事案の発生です。


「あ、そう言やぁ良かったのか」

「盲点だったね?」

「納得もできたところで、さあアンドレ? その手を放しなさい」

「う、うぅ……きゃわゆいのにぃ」

「未練がましいぞ、アンドレ!」


 そうして、わたくしとクレイは。


「ね、ねーしゃま!」

「よしよし、クレイ……怖かったでしょう? すぐに助け出すことはおろか、どうすることも出来なかった腑甲斐無い姉様を許して!」

「わぁぁん、ねえしゃまぁ!」


 ようやった筋肉大男の胸から解放され、あまりの安堵から互いに縋り合うようにして無事を喜び合ったのです。

 わたくし達の喜びによる身の寄せ合いは、ピートが声をかけてくるまで続きました。


「……おい、物凄ぇ感動の対面してっとこ、悪ぃんだけどな?」

「こんな出入り口近くの場所じゃなんですし、奥の応接間まで行こうか」


 ピートの声に続けて聞こえたのは、先ほど大男(アンドレ)を諌めて下さった方の声。

 わたくしとクレイにとっては恩人ともいえる方のお声です。

 ええ、並々ならぬ恩があるといっても過言ではないでしょう。

 何しろ、他のどなたもわたくし達を助けては下さらなかったのですから。

 ……ええ、根に持っていますわよ?

 ピートと殿下が忘れた頃に、何がしかの報復を考えようと思います。




ミレーゼ様は反撃を受けた!

ミレーゼ様とクレイちゃまの心に5,000の精神的ダメージ!

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