フルスイングで参ります
ミレーゼ様の逆鱗に触れる勇者があらわれます。
名前は、アンドレ……!
深く長い地下通路の先へ先へと誘われている現在。
素情が知れて以来、存在感の希薄さが際立つニリネが蝋燭で照らす道。
全く喋ろうとしない彼女は、どこを見ているとも知れない様子で。
ただただ、先導するピートに付き従い進みます。
ですがあまりにも道が長く続きますので、不安になってきたのですけれど……
「……あの、道は合っている、のですわよね……?」
「「…………」」
「あ、ねえしゃまー! ちょーちょ!」
「そうね、クレイ。蝶の透かしが素敵なランプですわ……で、ピート? 殿下?」
「「………………」」
「あの、その沈黙は一体……?」
……確かめるのも恐ろしいのですけれど。
えっと、その、まさか……道に迷ったなどということは……
「済まん、ミレーゼ」
「一体何に対する謝罪かしら、ピート」
「実はさっき、目的地うっかり通り過ぎたんだわ」
「仰って下さいまし! そういうことは早く仰って下さいまし!」
わたくし達は、慌てて道を引き返すこととなりました。
そうして暫く戻った先の、小さな脇道へ歩を進め。
歩くこと、3分ほどでしょうか?
わたくし達はピートと殿下の指す、『目的地』に到達致しましたの。
…………ですが何やら、とても見覚えのあるモノが。
錯覚でしょうか?
既視感を覚えずにはいられない、あの鳥の姿は……
黒い威容を誇る、鳥の姿をした魔物。
遥か昔に滅びたという、『黒歌鳥』。
我がエルレイク家の始祖に纏わる所縁から、エルレイク家代々の家紋に用いられている存在でもあります。
『黒歌鳥』といえばエルレイク家が連想される程、印象として根付いているのですけれど。
わたくしの目の前に現れた扉には、大胆な意匠で『黒歌鳥』のレリーフが彫り込まれておりました。
同一の方がデザインされたのではないかと思える程に、我が家の家紋に刻まれたモノとよく似た『黒歌鳥』が――
わたくし達の目の前に現れたモノ。
それは頑丈な作りの、金属製の扉で。
精々が1人通るにやっとの幅の、古びた扉。
このような地下……それも王宮の隠し通路の先ですのに手入れは欠かされていないのか、古びてはいても劣化した印象はありません。
むしろかなりの頻度で磨きあげられているらしく、錆の1つもない扉は、わたくし達の姿を映して炎の影を揺らめかせておりました。
「ねえしゃま、ぴかぴかー。きえいね!」
「とてもよく手入れがされておりますわね……大事にされている扉なのだと見ただけでわかります。ですが、このような場所ですのに……ピート、此方の扉は?」
「開けてみりゃわかるぜ」
「そうだね、開けてみたらどうだい?」
「………………」
わたくしに向けられる、同一の顔を持った殿方達の笑顔。
爽やかな、含みの一切が感じられない笑みなのですが……含みが感じられないという時点で不審に思ってしまうのは何故でしょう?
両親が亡くなって以来、大人への不信感が順調に育ちつつあることは自覚していましたけれど……盟友と呼べるピートにまでこれほどの不信感を覚えた記憶はついぞありません。
いえ、今夜知ってしまった秘密の幾つかが、彼への不信感を増長させていてもおかしくはないのですけれど……それとはやはり別の領域で、彼らの笑顔にいぶかしんでしまう気持ちがあります。
「もう1度お聞きしますわ。あの扉の向こうには、何がありますの?」
「だから気になるなら開けてみろって」
「開ける前に確かめさせていただきたいので、尋ねているのですけれど」
「そこはほら、昔から論より証拠というし。ぜひ自分の目で確かめてもらいたいなぁと僕等は思っている訳なんだけどね?」
「……どうして、そのように執拗にわたくし自身の手で開けさせようとしていますの? 御2人とも、少々不審でしてよ?」
「ははっ 随分と疑り深いな? ミレーゼ」
「わたくしの身の上など、とうに御存知でしょう? 念には念を入れなくては、この世の中は渡って参れませんの。ピートだって理解されていますでしょうに」
「うわぁ……ピート、彼女は本当に8歳なのかな。実は20歳くらい年齢を誤魔化してたり……」
「現実から目を逸らすな、アルフレッド。ありのまま見てやれよ。こんな寸胴チビの28歳とか切なすぎんだろ」
「ピート、貴方はいま、わたくしのことをなんて……?」
「28歳だとしたら、って話だ! 28歳だとしたらって! お前は8歳だろ!? 年齢に対する適正身長なんだから怒んなよ!!」
「ピート? わたくしは誤魔化されませんわよ? ……謝罪で許していただきたいのであれば、わたくしにあの扉の中身を教えて下さいますでしょう?」
「今さりげなく扉の中身を明かした上で謝罪しろっつったよな?」
「貴方はわたくしの期待を裏切る方ではないと信じますわ、ピート」
「しかも脅しまで交えてきやがった……!」
勧めに従う前により情報を引き出そうと努めるわたくしと、真意を隠しているとしか思えない態度のピート達。
扉の存在もピート達のことも訝しがって不思議はないと思います。
どちらが我を押し切るか、という形で攻防戦の様相を呈していたのですけれど。
そんな最中、わたくし達の意図など意にも介さず、自由に動くのが幼子というもの。
「ここ、あけゆの? ねえしゃま、ぼきゅがあけたげりゅ!」
「「「!?」」」
とんだ伏兵が現れました……!
そんな……扉の正体と安全保障を確保する前に開けようだなんて!?
いえ、それ以前に!
安全の確保されていない場所に、わたくしより先にクレイを行かせる訳にはいきませんのに!
「くっ クレイ、ちょっ待っ……!」
他の御2方にとっても何かしら不都合があったのでしょうか。
それとも『わたくしに開けさせる』ということに固執する何かがあるのでしょうか。
わたくしだけでなく、殿方2名も慌ててクレイを引き留めようとしたのですけれど……
「きゃうっ」
……手遅れでした。
金属製の扉なので、見た目からして重いかと思われたのですけれど……そうではなかったようで。
幼い3歳児であるクレイの手でも、扉はあっさりと開いてしまったのです。
扉を開ける為にクレイがかけていた重みに従い、内開きに……
体重をかけていたクレイは部屋の中へと転び出ました。
そのまま躓いて、転んで、でんぐり返しに一回転して止まるクレイ。
無防備な弟の姿に、わたくしは心の臓が止まるかと思いました。
クレイが心配で、不安で、恐怖で。
「クレイ……っ!」
不安からでしょうか。
一瞬、弟の柔らかで無防備な身体に、鋭い刃が殺到する幻視を見ました。
錯覚だとわかっているのに、胸が苦しくて死んでしまいそう……。
ですが弟の身体に伸ばされたのは、鋭利な刃などではなく。
……わたくしの胴程にも野太い、圧倒的な重低音ボイスでした。
バスという音域そのままの声は、何故か受ける印象が黄色くて……
「きゃぁぁんっ❤ かぁーわぁーいーいーっ!!」
声を聞いた瞬間、あまりの衝撃で脳細胞が死んでしまうかと思われました。
ええ、あまりにも声の音域に不似合いな口調のせいですわね。
それとも視覚の暴力に目を傷めつけられた為でしょうか。
わたくしの目に映ったモノ。←生物と認識していない。
不遜にもわたくしの弟に手を伸ばしている、モノ。
何と言いましょうか……言い難いというよりも、目に映ったモノを視認したくないのですけれど。
見えている視覚情報が正しいのであれば、現れた男は…大男は、栗毛の巻き毛を綺麗に巻いて流し、橙色に薄紅のレースが付いたリボンを頭に飾っておいででした。
きっと身に纏っていらっしゃる衣装と共布で作られたリボンですわね。
だって、ほら、あんなに……巌のような屈強な筋肉の鎧の上に身につけられた…………エプロンドレス……と、同じ光を弾く素材のようです、もの……。し、シルクです、わねー……。
ドレスの袖口からちらりと、ヒュドラを模した図案の刺青らしき何かが微かに見えました。
推定年齢、42~58歳頃。
若くても30代ということはなさそうに思えるのですけれど。
濃いキャラメル色の口髭が、ふさふさと顔の下半分を覆っておいででした。
そして同じくらいに濃い紫のマスカラが、強烈に印象に残りました。
まあ、お化粧……お上手、です、わね…………っ?
ぎしり、と。
重い音を立ててわたくしの身体が固まってしまったかのような錯覚。
わたくしの目の前で、幼い弟に……守るべき弟に差伸べられる、むくつけき…………
「!? !!? ……っ??!」
「ミレーゼ、ミレーゼ嬢、落ち着いて」
「声忘れてんぞ、お前……」
「ぴっぴぴぴ、ピート!? あ、あ、あああアレはなんですの!?」
「動揺してる。思いっきり動揺してるんだけど、彼女……」
「いや、つかさ? ミレーゼ、その手に持った物騒なもんを一先ず下せ。話はそれからだ」
「うわ……ソレで一体何をするつもりなのかな、ミレーゼ嬢!?」
「なにって……あら? まあ、わたくしったら」
まあ、いつの間に……
わたくしの手には、いつの間にか白磁の壺が握られておりました。
この部屋の入り口脇に、どうやら飾られていた物のようです。
こちらの壺は手入れがされていなかったのか、埃が積っていたようで手が黒く染まっています。
気付きませんでしたけれど、どうやら無意識に握りしめていたようですわね? わたくしは一体、この壷をどうするつもりだったのか……
「き、危険! 危険だ……! アンドレ、その子から手を離せ!」
「あらん? あら、殿下ぁ❤ いらっしゃいませー」
「ふ、ふぇ……っ!? おばけ!」
「挨拶は良いから、その子を離すんだ! 早くぅ……っ!」
「えぇー……こんなに可愛らしいのにぃ」
「壷で脳天を叩き割られたくなかったら、早く!!」
……殿下はわたくしのことを何と思っていらっしゃるのかしら?
わたくしの方にちらちらと警戒したような視線を向けつつ、慌てた様子で……いえ、取り乱した様子でむくつけき大男に取りすがっておいでです。
わたくしの可愛い弟は、お、大男の武骨で分厚い腕の中に……!?
か、可哀想なわたくしのクレイが……っ!!
いきなりの展開にクレイも混乱しているのか、不安と怯えを顔に滲ませて……半分泣きそうなお顔に!
……以前であれば既に泣いている頃合いですが、成長したと喜ぶ気にはなれません。
は、早く弟を救出しなくては……っ
「み、ミレーゼ、落ち着け! 落ち着けー!」
「アンドレ、アンドレ……! 良いからとっととそこのちびっ子離せってば! 人形とかぬいぐるみじゃないんだぞ!?」
「えぇ……やあーよ! こんなに可愛いのよ!?」
「永遠に可愛くない身体にされる前に、早く!!」
そのまま大男からわたくしの大切な弟を無事奪還していただければ、わたくしも文句はございません。
ええ、本当に、弟さえ返していただければ文句はありませんのよ?
……弟を、無事に取り戻していただけるのなら、ですけれど。
「……」
「ひ、ひぃ……っミレーゼ嬢の顔が能面の如く!」
「あー……悪ぃ、そういや俺、用事あったんだったわー(棒読み)」
「待って! 逃げるのは狡いだろー!?」
「やめろ、その手を離せ。腕を掴むな」
「一蓮托生、死ぬ時は共倒れだって前に言ったよな!?」
「こんな時にその言葉を適用すんじゃねーよ!!」
わたくしの亡くなったお父様の、2倍はありそうな体躯……。
あのように体格の無駄過ぎる程に優れた殿方から、わたくしのようなか弱く幼い子女が弟を取り戻すのは骨が折れそうですもの。
勿論、折るのはわたくしの骨ではございませんが。
「どなたかは存じませんけれど……わたくしの弟を直ぐ様にお放しなさい!」
「ね、ねぇしゃまぁー! やぁー! ここ、やぁ! こ、こわぃー!! おばけ、おばけー!」
「あらぁん? やぁだー! こっちの子もかーわぁいー!!」
「弟を放していただけないようでしたら……わたくしにも考えがありますわよ!?」
全身の毛が逆立ちそうな苛立ちを込めて、精一杯に睨み上げます。
誰かを睨むなど淑女にあるまじき行為ですが、わたくしのたった唯一守るべき弟を奪われては、そんなことも申していられません。
弟の為とあれば、淑女らしくない振舞いだろうと何でしても……!
いざという時の思い切りの良さは、兄を手本に今ばかりは見習いましょう。
わたくしは、弟を取り返すために大きく手を振りかぶりました。
【バスという音域そのままの声は、~】という文章を書くまでは、こんな色々な意味で濃いキャラクターを出すつもりは無かったのですが……
それじゃあどんな台詞がかけられたのか、と。
考えた瞬間、小林の手が考えるよりも先にあの第一声をタイプしておりやした……。
アンドレ、誕生の瞬間でございます。
新キャラ:アンドレ(48)
濃い栗毛の屈強な体躯を誇る大男。
身長2m40cm
大きな体も小器用に操るオネエな大男。
とにかく大男。リンゴだって指で粉砕☆
今後あまり活躍の予定はないが、初対面の第一印象でミレーゼ様からは敬遠され気味。
特技は新鮮フルーツのフレッシュジュース作り☆
趣味はテディベアの作成。
アンドレ:顔面は彫りの深いダンディ顔。
……に対して、少年少女の反応は?
フィニア・フィニー(以下フィ)
「……あの格好はないわー」
ミモザ(以下ミ)
「色々と酷いよな。濃ゆ過ぎだろ、存在全部が」
ルッコラ(以下犬男)
「ヤツに最も似合うのはフリルでもレースでもなくって……」
ピート(以下P)
「半裸だろ」
「「「ああ、納得」」」(フィ/ミ/犬男)
「アレだよね。裸の上半身に黒いレザーベルトと金属板を組み合わせた部分鎧だろ」(ミ)
「それから……そう、パワーアックスとラウンドシールド」(フィ)
「どこの蛮族……いや盗賊かなってヴィジュアルが凄く似合うね」(犬男)
「そうそう、それから毛皮も欠かせないんじゃない? 熊か猪だよね」(フィ)
「お前ら、ノリノリだな……」(P)
「だっていかにもそんな感じの顔じゃない」(フィ)
「まさに」(ミ)
「んっもぉう! ちょっと黙って聞いてたら、おチビちゃん達ひどいんじゃなあい!?」(アンドレ以下アン)
「「「「おわぁっ出たー!!」」」」(少年少女全員)
「ちょっと何よぉ、その反応!」(アン)
「煩ぇ、3歳児にお化け認定されたオッサンが!」(P)
「驚かせないでくれる!? あんた、下手なドッキリより吃驚すんだから」(ミ)
「ひ、酷いわぁ……さっきから蛮族だの盗賊だの言われるし。あたしこれでも、昔は騎士団の一員として国防の為に戦ってたんですからね!?」(アン)
「「「騎士……?」」」(フィ/ミ/犬男)
「そうよぉ、騎士。白銀のフルプレートアーマーにタワーシールド、バトルアックスがあたしのトレードマークだったんだから☆」(アン)
「それでも斧かよ」(P)
「やっぱりね、似合うし」(ミ)
「フルプレートアーマーも……似合わなくはない、かな」(犬男)
「それより私、このオッサンの巨体を支えきれた馬がいるのかどうか気になるんだけど……」(フィ)
「あ、あら馬くらいいたわよ!?」(アン)
「おい待てオッサン、嘘つくな。今一瞬、声が裏返っただろ」
「う、う、煩いわね。いたことはいたんだからいたといったらいたのよ」(アン)
「……ちなみに品種は?」(犬男)
「うぐっ 痛いとこを突くわね……岩黄竜種よ」(アン)
「希少種じゃねーか! 滅茶苦茶たっかい高級馬じゃねえか!!」(P)
「それ確か、地竜の小型亜種と掛け合わせた血筋の竜馬だよね。一般的な名馬30頭分の価値があるとかいう……」(フィ)
「それくらいしかあたしの悩殺ボディ☆を支えきれる馬がいなかったんだからしょうがないじゃないのよー! あたしを乗せきれない馬が多すぎるのがいけないんだわ!」(アン)
「…………オッサン」(P)
「……このオッサンを馬に乗せようってのがそもそも無茶だったんじゃない?」(フィ)
「客観的に見て、それこそ熊だろ、熊。熊に乗せろよ」(ミ)
「うん、今後は大人しく熊に乗っといた方が良いと思うよ」(犬男)
それどこの金太郎だよ。




