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没落メルトダウン  作者: 小林晴幸
漂浪編
1/210

お兄様は失踪なさいました

思い立って書きました。

着地点は決まっていません。


他のお話を書いている合間の、息抜きです。

不定期更新になると思います。


「お兄様は失踪なさいました」


 繰り返します。


「お兄様は失踪なさいました(爵位を叙爵されたまま)」


「お兄様は失踪なさいました(官位を賜ったまま)」


「お兄様は失踪なさいました(我が家に残された金品を根こそぎ持って)」


 我が家は没落しました。



 エルレイク侯爵の妹ミレーゼ(8歳)。

 それがわたくしの名前。

 いいえ、それともただのミレーゼと名乗った方がいいのでしょうか…

 我が家の根腐れ阿呆の馬鹿兄アロイヒが、いなくなってしまったのですもの。

 問題という全ての問題を、後に残したまま。


 痛む頭を指で揉み解しながら、私は3歳になる弟クレイに言い聞かせました。

 その幼い脳髄に、情報を刷り込むようにしながら。


「いいですか、お兄様は失踪なさいました」

「あう、にーしゃまはしっそーしゃいた」

「我が家に、お金はありません」

「うちにおあねはりーましぇん」

「誰かにお兄様やおうちのことを尋ねられたら、そう言うのですよ、クレイ」

「あい!」


 無邪気に問題を分かっていない弟の、キラキラした顔がとても目に染みました。



 あれは、我が家が押しも押されぬ大身貴族であった頃のこと。

 具体的に言うと、4日前。

 父と母が馬車の事故で命を落としました。

 人間、誰しも親との死別は避け得ぬもの。

 しかしわたくしと弟にとっては早すぎるそれに、わたくしは弟を抱いて呆然とするのみ。

 我に返った頃には、運命の決定を受け取るのみとなっていました。

 元より女子の身。

 更にいうとわたくしはかなりの若輩で。

 元々口を挟む余地も権利も与えてはもらえていなかったのですが。

 突然のことに呆然とし、口を挟む努力すら出来ず。

 気付けば、翌日には15歳離れた兄が父の後を継ぎ、侯爵位に叙されていました。

 我が国の法律では、貴族位以上にある者は後継者が爵位を引き継がねば埋葬は出来ません。

 それまでは遺体に爵位が残されたままとなり、埋葬してしまうと爵位を「天に帰した」という扱いになってしまうのです。

 誰がこんな面倒な法を整備したのかは知りませんけれど。

 馬車の事故で損傷の激しかった両親を早く天に返すため、兄は駆け足で爵位を継ぎました。

 今にして思えば、それが口惜しくてなりません。


「ふぅ…思えばお父様達が生きている内に、お兄様を廃嫡して下さっていれば……」

「はぃじゃっくー?」

「いいえ、クレイ。廃嫡、ですよ」

「?」


 それから、3日。

 没落した我が家が結果として残されているのは何故ですの?


 考えるまでもありません。

 いいえ、頭が痛くて考えるのを避けようとしていましたが…

 我が身と、弟に関わる重大事。

 考えないでいることなどできません。


 我が家に負債の類はなかったはずですが…

 何故、叙爵を受けて3日で家も財産も家臣たちも失っているのでしょう…?

 こうも早く家を傾けられると、兄に何をどうやったのか問い詰めたくなります。

 失踪して、おりませぬが。

 もしも再び(まみ)えることが叶うのであれば、その時は問い詰めてみたいものです。

 疑問が解消したら、崖からでも突き落としましょう。

 大丈夫、あの兄は真性の阿呆ですもの。

 そのくらいじゃ死にません。

 死ねばいいのに…。


 今現在、屋敷は完全に差し押さえ状態。

 今日の夕方には証文を持ってやってくる者に引き渡さねばなりません。

 両親の形見の宝石類も、残された僅かなお金も。

 全て兄が持ち逃げしました。

 残されたのは幼いわたくしと弟だけ…

 ………碌な未来が予想できませぬ。


「思い出って、儚いものでしたのね…何も残っていませんわ。物質的に」

「ねぇしゃま、ぼくのもきゅばは?」

「クレイ、貴方の木馬はアンティークショップに売られてしまいましたのよ」

「けんも、まんちょも、るびぃたちも?」

「そうね、貴方の模造剣は好事家に取られてしまいました…3世紀前の物だったから。

マントは禁猟になってしまった珍しい動物の毛皮で……やはり売られてしまいましたの。

ルビーは良い()でしたわね………今はきっと、新しいご主人様のところですわ」

「なんで? なんでぇ!」

「それは…我が家に、お金がないからです」

「うぇぇ…ん」

「泣いてはいけません。私達2人、強く生きるのです…」


 お兄様、幼い弟妹を平然と置いていくなんて…貴方は鬼ですか?

 ああ、いいえ、阿呆でしたね…。

 せめて生きる算段を立てられるだけの何かを残しておくか、一緒につれていくとか…

 ああ、でも兄は阿呆です。

 ついて行っても、やはり碌な結果にはならないでしょう。

 ここはいっそ発想を転換し、兄と縁切りが成立したものとして納得すべきでしょうか。


「クレイ、今後はお姉さまと二人、助け合って生きましょうね」

「あい」


 こっくりと頷く愛らしい弟だけが、残されたわたくしの家族。

 今後はこの子を心の支えにやっていき………いけるでしょうか。



 

 刻々と迫る、残りの刻限。

 わたくしは何も分かっていない弟の手を引き、今後を考えます。

 このまま此処に残っていても、どうにもなりませぬ。

 大人には抵抗の出来ない、子供の身。

 身なりも見栄えもそれなりの、育ちのよい貴族の子供。

 …売り飛ばされる未来が、目に見えるようです。






侯爵家メンバー

 父母:死去

 兄:アロイヒ(23)

    手の施しようがない阿呆(妹談)。

    15年にわたる一人っ子人生により、長男の意識が薄い。

    おそらく彼が世話しなくとも、家人が何とかしていた弊害。

 主人公:ミレーゼ(8)

    阿呆で自由な兄を反面教師に育った賢い幼女。

    年齢のわりに賢すぎてうっすら周囲に引かれている。

 弟:クレイ(3)

    まだまだ世の中のことが良く分からない年齢。

    生活時間帯の合わない兄が兄弟だと若干理解していない。


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