物は試しの二本目 そのご
エスコートされるがままに小道を通って寂れた通りに出る。
「真昼に幽霊を見たような顔してますよ」
微笑まれて、ちょんと鼻先を触られる。
声も顔もそっくりなのに、高橋じゃない仕草。
まだ肩を抱かれたままだったことに気付いて胸を押して突き放す。タカハシはよろけもしなかった。
「それは予期せぬときに現れるから?」
さっきは出てこなかったじゃない。
待っていたのを思い出して、ムッとした唇を作ると、そこにタカハシの指が伸びてきた。
「今、僕をお望みになられたでしょう?」
触れる指は温かい。
するりと唇を撫でられて、力が抜ける。
「あと54分あります。何でも、ナツメさんの思いのままに」
胸に手を当てて 、西洋の騎士のように一礼。
どこの女王様なのよ、私は?
「思いのままって…別に、何かして欲しいワケじゃないんだけど。これから買い物に行く予定だし」
「では、ご一緒させてください」
ニコニコ笑って手を繋がれる。
あったかい。けど、ちょっと待ってよ。
「ここら辺、会社の人も通るし、見られたら困る」
高橋本人に見られても困るけど、他の人に見られて新婚早々不倫してるなんて思われるのも困る。
「それなら心配ありません。僕はイージー・ラバーですから」
「それは他の人には伝わらないじゃない」
説明したって信用してもらえるかどうかもあやしいし。
っていうか、信用してもらえたとしても困るわ。だって高橋にそっくりってことは、つまり私が高橋のこと好きだってバレるじゃない。
「はい。でも、ナツメさん以外の人には、僕は人間として認識はされますがその記憶はすぐに薄れてしまうんです」
うん? どういうこと?
表情で物語っていたのか、タカハシが説明してくれる。
「ナツメさんは昨日電車に乗って帰宅されましたよね? 人はどのくらいいましたか?」
満員ではなかったけど、座れないくらいには混んでいたかな。うーん、多分…。
「その車輌だけなら30人くらい?」
「では、同じ車輌にいた人の顔を思い出せますか?」
首を横に振る。まず無理でしょ。
「それと同じように、人がいたという記憶は残っても僕の顔は思い出せなくなるんです。例えこの顔によく似た知り合いがいたとしても。詳しい説明は省略しますが、視覚的に錯覚が起きるよう、前頭葉にごく微量の電波を送って記憶が曖昧になるよう、イージー・ラバーは作られているんです」
「素敵仕様ね」
なんかもう、非日常に非科学的要素までプラスされてわけがわからない。
信じる信じないは私次第って?
「わかった。でも一応、手は離して。あまり引っ付かないで。スキンシップもなし」
「わかりました。ふふ、良いですね」
なんだか嬉しそうにタカハシが笑ってる。
こっちは、知り合いがいないか不安だっていうのに。
「初めてのデートですね」
「いやあの…」
ただの買い物なんだけど。
そう言おうと思っていたのに、タカハシの顔を見たら言えなくなった。
そんな心底幸せそうに笑わないでよ。
なんだか照れくさくなっちゃうでしょ。
「と、とりあえず、デパートに、行くから」
「はい」
人ひとりぶんの距離を空けて並んで歩く。
離した手が惜しく思えたのは、これもきっとイージー・ラバーの起こす錯覚だわ。
そうじゃなきゃほんとうに、初デートっぽくなっちゃうじゃない。




