状況把握の一本目 そのさん
やっとイージー・ラバー(人バージョン)の登場です。
って、ときめいてる場合じゃないでしょ私!?
なんで高橋が家にいるわけ!?
「いやいやいや! ありえない。うん、そんなはずがない」
とりあえず目を閉じて前に向き直り、目の前の混乱の元を遮断する。
渡された缶はキンと冷えてるのが分かるけど、だってどう考えたっておかしいでしょ。
ここは私の家で、一人で帰ってきたし、すぐに鍵だって閉めたし、もちろん部屋の中には誰もいなかったし、スペアキーは実家にしかないし、6階のココじゃベランダからの侵入もできないし、それからそれから…、とにかく無理! 不可能!
そもそもヤツは新婚ホヤホヤなんだから、こんなとこに来るはずがない!
ほんの数秒で出た結論に後押しされるように、勢いをつけて振り返りながら目を開く。
と。
そこに高橋はいなかった。
ほらね?
勝ち誇った笑みを浮かべながらソファに体を沈めて、発泡酒を一口。
あぁ、冷えてておいしい。
それからタバコへと顔を向けて、動きが止まる。高橋が、そこにいた。
何時の間に移動したのか、高橋は缶を渡したのとは逆の手を恭しく取って今にもそこに口付けようとしていた。
手を引いて離れようとしたのに、バランスが崩れて体がそっちに傾く。私の意思じゃない、高橋がソファに片膝を乗せたせいだ。
それでも少し体勢がズレて、高橋の動きが止まる。
なにしてんのよ!
ていうか、あれ、なんか違和感。
こっちの手には…。
「初めまして、僕のpacar」
「ぱ、ぱちゃー?」
突然の知らない響きに繰り返すと、高橋がさっきの煙並みに甘ったるい笑顔になった。
「はい。pacar、恋人です」
ぱちゃーるって恋人って意味なのか。
え、何語?
「なんとお呼びすれば宜しいですか、愛しい人」
いいいいい、愛しい人ぉ!?
高橋が芝居がかった言葉でそう言って、唖然とした(そう、けっしてときめいたワケじゃない!)私の手に唇が落ちる。
っぎゃー!!
まってなにこれわけわかんない!?
「おおお、お呼びすればって、いつもみたいに呼べばいいでしょーがっ!? てゆーかコイビトってあんた何言ってんの!?」
慌てた私が振りほどこうと手をぶんぶん振ると、繋がったままだった高橋の手も一緒に揺れた。
ちょっと離してって! 楽しそうにしてないでよ!
「はっ、早く帰りなさいよ! 可愛い奥さんが待ってんでしょーがっ!? タチの悪い冗談やめてよ!」
「冗談?」
さっきまで私に任せてぶんぶん振られっぱなしだった高橋の手に急に力が込もって動かせなくなる。
痛くないけど、完全に主導権(この場合手動権かしら?)が取られてしまった。
「冗談ではありません。貴女が呼んだんです。僕に口付けて、僕を望んだから」
固く握っていた指を解かれて、人差し指と中指が引っ付くように優しく導かれる。
それは私がタバコを吸うときの手の形だった。
あぁ、そうだ。さっき感じた違和感はコレだ。
高橋が少し伸びたネイルの先に口付ける。
それを見て今度こそときめきながら、私はありえない結論を口にした。
「…イージー・ラバー?」
えくぼを浮かべて微笑む。
だけどその顔は、高橋に似て非なる人だった。