眠るまでの5本目 そのいち
後片付けを終えてベッドに入る。
眠くなんてない。だけど、少し寝ましょうとタカハシに言われたから。
ただ体を休ませるために目を閉じる。
膝を折り曲げて、丸まるのは小さなときからのクセだ。
シャワーを浴びてしばらく経つから、体はすっかり冷えてしまった。毛布に包まっても足先が冷たい。年々冷え症がひどくなってる気がするのよね。
寝心地が悪く感じて、寝返りを打つ。左にごろり。右にごろり。一向に眠気はやってこない。
うーダメだ、なんにもしてないのって性分に合わない。せめて眠くなるまで何かしていようかしら?
目を開けて上半身を起こすと、ベッドサイドのチェストに目が行く。正確にはその上に置いたカレンダーの丸印に。
それは今日から4日後の金曜で、私の筆跡で『メモリアル休暇』と書いてある。
メモリアル休暇っていうのは、「どうしても休みたい大事な日ってあるよね、それが週末とは限らないよね、じゃあ年に1日だけお休みあげるよ、誕生日とか特別な日に使ってね」という会社からの温情だ。人によっては結婚記念日とか、子どもの誕生日なんかで申請している人もいる。私は今まで自分の誕生日以外で使ったことはないけれど。
つまりこの金曜は、私の誕生日である。ちなみに35歳の。…ついにアラフォー突入かぁ。
用事なんて特にないけれど、図らずとも3連休になってしまった。うぅむ、なにしよう?
旅行とか? 温泉? 女ひとりってどうなの?
でも、一人旅も楽しそうかも。検索してみようかしら?
スマフォは…と、リビングか。そういえば帰ってからまだ見てないや。
リビングに行ってバッグからスマフォを出してロックを外す。あれ、メール来てる。
ソファに座ってメールボックスを開く。
送り主は…高橋だ。
『自宅に着いたら一度連絡ください。もし悪化していたら、迷わず呼べよ』
本文だけ読めばドキッとしそうだけど、ここで『呼べよ』と頼る先が高橋だと解釈してはいけない。なぜなら本文の最後に付いている絵文字が救急車だから。
つまりは『救急車を呼べよ』と言っているワケだ。
…ほんとうに、思わせぶり。
『薬で楽になったので心配も救急車もご無用です。今から寝てゆっくり休んだら明日は出社できそう』
イラッとしたので返信はシンプルにした。
普段から絵文字もほとんど使わないし、体調不良だと思ってるならこれくらいでも大丈夫でしょ。
もしも返事が来たとしても、今から寝ることになっているから返信する気はない。無視よ、無視。
せっかくのんびり休もうと思ってるのに、余計なストレスを与えないでほしいわ。まったく。
高橋のことは頭の中から追い払って、スマフォで旅行サイトを検索しながら片方の手でバッグの中にあるはずのシガレットポーチを探す。
イライラは溜め込まない内に消化するに限るもの。
サイト内を適当に見ていたら、『特別な一日を!』と見出しがあった。タップすると、ページが飛ばされる。
その先にあったのは、夢と魔法のテーマパークとそのホテルのページ。
おー室内豪華。わ、アメニティ可愛い過ぎでしょう! 口コミは…ほぼ満点だわーさすがです。
お値段的にはアリかな。でもひとりで泊まるのはハードル高過ぎかしら?
こういうのって、女友達同士とか家族とかでもモチロンいいけど、やっぱり恋人と行くべきよね。
いくつになっても、たとえアラフォーでも、憧れるのは自由だもの。
…うん?
「恋人…?」
それって、イージー・ラバーもアリ?
口から漏れた呟きは自分自身への質問だった。
それならふたりだし、恋人同士に見えるし。それで泊まるならハードルなんてなくなっちゃうわよね?
それにこんな急な話でも、タカハシは予定の調整をする必要もない。
それでも一度呼んで確認する?
そういえばあとどれだけ呼び出せるの?
その思考に不安になって、ポーチから出しかけていたシガレットを放り出して、テーブルの上にあったイージー・ラバーを取る。焦りながらそっとボックスの中の包み紙を剥がして開くと、数本減ってスキマの空いたシガレットが並んでいた。
残りは16本。
あとたった16時間。
すべて吸い終わったら、もうタカハシには会えなくなる?
もう一度手に入れようにも、旅行のお土産だからどこに売っているのかもわからない。
もしも手に入ったとして、それはタカハシなの?
一度芽生えてしまった不安は増すばかりだ。
そしてそれを解消しようにも、私にはわからないことが多過ぎる。
イージー・ラバーのボックスを見る。
二度と会えなくなるとしたら、ここで呼ぶのってもったいないかもしれない。
だけど、不安なままでいるのはイヤだ。なんの覚悟もなしで最後が来たら、耐えられない。
全部疑問に答えてもらって、そこから決めよう。




