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イージー・ラバー  作者: いちる
シガレット
20/23

身代わりの4本目 そのご

悔しいのでしっかりシャワーを浴びた。お肌への保水ケアもバッチリ整えて出てくると、ダイニングへのドアを開けた途端に鼻をくすぐるスパイシーな匂い。

キッチンに立つタカハシはグラスにミネラルウォーターを注いでいた。


「出られましたね。丁度出来たところですよ」


手を取られてテーブルまで行くと、イスを引かれる。促されて座ると注いだばかりのグラスを渡された。冷たくておいしい。入浴後の水分補給は大事よね。


「さぁ、どうぞ」


グラスをテーブルに置いたタイミングで出されたのは、目玉焼きの乗ったナシゴレンのプレート。横には生野菜のサラダが添えられている。


「おいしそう」


だけど、プレートはひとつしかない。スプーンもひとつ。

タカハシの分は?


「僕はもうあまり時間がありません。どうぞ召し上がれ。熱いので、気を付けて下さいね?」


時間。


その言葉を聞くと心臓がチクリとする。

そうだ、タカハシには制限時間があるのに。


「食べて下さい、ナツメさん。味を見て頂かないと、帰れません」


慰めるように頭を撫でてタカハシが言うから、私は手を合わせた。せっかく作ってもらったのに、こんな表情で食べたら失礼よね。


「いただきます」


向かいの席に座ったタカハシに笑って言う。

そう誰かに対して言ったのも、食事を作ってもらうのも、久しぶりだった。

じんわりと心が温かくなる。あ、ヤバイ、また涙腺緩みそう…。


まぎらわそうとスプーンを持って食べ始める。目玉焼きを崩すと、トロッと黄身がとろけた。うわ、たまらない!

パクリと一口頬張ると、香辛料とエビの旨味が口の中に広がる。本格的! これ、ほんとうに家にある材料で作ったの?


「おいしい!」


私が食べるのを見ていたタカハシにそう言うと、にっこりと微笑みが返ってきた。


「辛くはありませんか? なるべく辛味は抑えたつもりなんですが」


「うん、大丈夫」


確かにお店で食べるのより全然辛くない。

普段ならそれもまた良いと思うけど、今日は胃が痛いから、辛いと食べられなかったかも。今はもう痛くないけどね。

もしかして、わざわざ味を変えてくれたの?


もうひとさじ救ってパクリ。ほんとうにおいしい。レシピ教えてくれないかしら?


「食事中にすみませんが、そろそろ時間です。食べたら少し寝て休んで下さいね」


食べるのに夢中になっていたら、タカハシが席を立った。テーブルに両手を付いて屈んで、私のおでこにキスをする。


「行かないで」


唇を離したタカハシを見上げると、困ったような笑顔だった。世の男性が嫌いな重いセリフ。私らしくない。


「誓約は絶対なんです。でも、ナツメさんが僕をお望みならもう一度呼んで下さい。例え一瞬後でも、僕はお側に参ります」


約束しましょう、ともう一度おでこにキスされて、瞬きしたらタカハシはいなかった。


昨日と同じように、虚無感が胸の中で暴れてる。でも、昨日とは違う。


止まっていたスプーンを動かしてナシゴレンを食べる。

私のために辛さを抑えて、私のために作ってくれた、私のためのもの。そう思ったら、昨日みたいに食欲がなくなることはなかった。

ゆっくりと味わってお皿をからっぽにして、グラスの水を飲み干して、手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


タカハシには言えなかったけど、キッチリとご挨拶。うん、満腹。満足。


シンクでお皿を洗いながら、ここにタカハシが立ってたんだよなぁなんて考えて、ひとり切なくなる。

それでも、家に帰ってきたときとは比べものにならないくらい気分が上昇していた。


『例え一瞬後でも、僕はお側に参ります』


勝手に脳内でリフレインされるセリフが胸を更に苦しくさせる。


次の約束って、すごい。



それだけで、切なさすら愛おしく感じるんだから。

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