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イージー・ラバー  作者: いちる
シガレット
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状況把握の一本目 そのに

そんなわけで、見知らぬカップルの安全を慮って差し上げた優しい私は自宅最寄駅のコンビニのビニール袋をぶら下げてアパートに帰ってきた。

キィっと鳴るドアを閉めて玄関の電気を点ける。

ただいまのセリフはずいぶん前に言わなくなった。返事してくれる人いないし?

ってか、これでもし返事とかされたら恐怖だし。


まずはビニール袋の中身を冷蔵庫に入れる。

今日は自炊もしない。晩ご飯の代わりにちょっとお高いコンビニスウィーツ買ってきちゃったもんね。


戦闘服のパンツスーツはウォークインクローゼットのハンガーにかけて、メイクを落として、それからシャワーまでがワンセット。


愛用のマシュマロルームウェアを着ると、一息吐きながらリビングのソファに座る。もう完全にスイッチオフ。

カシッと音を立てて発泡酒の缶を開けて一口。うぅ、たまんない。


「はぁ~今週も頑張った、私!」


缶をひょいっと掲げて言う。言葉にするって、大事だと思うのよ。

さみしい? むなしい?

いみわかんない。あぁしあわせ。

それからこくこく~と缶の半分くらいを一気に飲むと、頬がほんのり火照ってきた。私、酔い始めるのは早いのよね。量はまあまあ飲めるのに。

ソファのアームレストにだらしなくもたれて、シガレットを取り出す為に近くの床に置いた通勤バッグを漁る。伸ばした私の手は、愛用のポーチの代わりに例のお土産を掴んだ。


「あー、タバコだっけ」


取り出してパッケージを見る。表には妖精らしきシルエットに所々にハートマークが飛ばされ、ファンシーな色と字体で商品名が綴られていた。


「イージー・ラバー?」


表記のままなら「easy lover」。和訳するんなら…「お手軽な恋人」?

そんなタバコ、見たことない。本当にタバコか? 大人のグッズとかじゃなく?

他の表記を見るけれど、文字は細かいし英語だかなんだか分からなくて解読不可能だった。仕方ないので開けてみる。

これで違うっぽければやめとけばいい。そんで、週明けに高橋に文句を言ってやればいい。


「まさか麻薬ってことはないよね…?」


若干不安になってくるけど、それも多分ないだろう。現に、箱の中からのぞいているのは見慣れた形状のモノ。

カプセルやキャンディでもないし、液状でもジェル状でも粉末でもなかった。

フツーのタバコ。

匂いはなんか独特だけど。いろんなスパイスが混じったような中に、バニラ系の甘ったるい感じ。


そりゃそうだよね。今の空港のセキュリティは相当だし。うん、タバコだよ。


自分に言い聞かせて、その先っぽにライターで火を点ける。ジジッと微かに音がする。

少し吸って火がちゃんと点いたのを確認して煙を吐き出す。うん、大丈夫そうだ。

匂いは甘い感じだったけど、味は思いの外ライトだった。ほんのりと舌に残る。


「なーんだ。もっと濃いのが好きなんだけどな」


呟きながらまた一息吸う。

ん? あれ?

なんか味濃くなった?


甘い香りが口の中に広がる。

いやもうなんか甘ったるいくらい。

え、なにこれ。


「あっまぁ」


思わず言うと、ぷわ、と煙が私の周りを舞った。

煙も甘い。

駅前のシュークリーム屋よりも濃ゆい。

匂いだけで太りそう。というかそれも通り越して酔いそうだ。


「なにこれ、全然違うじゃない。少しは似たの選んできなさいよ」


ポロリと愚痴が零れ、そのあとは止まらなくなった。


「既婚者が優しくすんな」


「鈍感すぎでしょ、わざとかこら」


「変なとこで無駄に記憶力いいし」


「お土産とか、いらんとこ律義だし」


「てゆうか気遣いの意味履き違えてるんじゃないの」


「結婚するんならするって言いなさいよ」


「ちょっとえくぼがかわいいからって調子にのんなよこら」


「はっきりしっかりした態度取りなさいよ、勘違いするでしょーが」


「意識しちゃうとね、ちっこいミスしちゃうのよ」


「最近モヤモヤしてよく寝れないのもあんたのせいよ」


「睡眠不足はねぇ、頭働かなくなるし、お肌にだって悪いんだから。責任取りなさいよー」


「高橋のばーかっ!」


罵詈雑言(ひとりごと)多過ぎだよ私。

まぁ実はもう一缶空けちゃったしね。愚痴りつつインターバル代わりにチビチビ飲んでたから。

それでもまだまだ飲み足りない。


「もーっ! 酒持って来なさい、高橋!」


空の缶を振り上げた私は、もう完全なる酔っぱらいだ。

叫んだところで高橋はいないし、お酒だって出てくるはずがない。


「はい、どうぞ」


そう、ありえない。


けれども声に振り返ると、私の手から空の缶を取り、新しく冷えた発泡酒を手渡す高橋がそこにいた。

ぽかんと呆気に取られた私を見て、高橋は笑った。


頬にはやっぱりえくぼができて、私はやっぱりときめいた。


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