身代わりの4本目 そのよん
「ナツメさん。貴女のお望みを叶えましょう」
タカハシの手が伸びて私の頬を親指の腹で拭った。
そこで初めて、自分が泣いていることに気が付く。ヒドイ顔になってないといいけど。
自分でも目元を拭っていたら、タカハシがとなりに座って振り返るようにしながら抱きしめてくれた。
かと思ったらそのままぐるりと引っ張られて、乗せられてしまう。
誰がどこにって、私がタカハシの膝の上に、だ。
あぁデジャヴ!
しかも今度は足開いてるし! タカハシを跨いでるし!
「ちょっ、なにしてるの!?」
ベタッとタカハシの胸に引っ付いた状態から脱出しようと腕を立ててもがいてみたけれど、タカハシの腕は弱まらない。
「甘えて下さい。僕じゃ、役不足かもしれませんが」
そう言われておでこにキスされてしまえば、もう力を抜くしかなかった。
渋々胸に頭をあずけると、優しく頭を撫でられる。上からはタカハシの声が聞こえる。
「ふふ、ナツメさんは可愛いですね」
けしてバカにされたわけではないけれど、笑われるとちょっと悔しい。言える立場じゃないから黙ってるけど。
けれど「甘えさせて」なんて言っておいて、いざそれが許されたら恥ずかしくなってしまった。
だって私、30代よ? それなりの歳の子どもがいてもおかしくない年齢よ?
…言ってて悲しくなってきたけど。
ていうか甘えるってなにすればいいの?
とりあえず、タカハシの膝の上に乗ったままで考える。
なにかしてほしいこと、したいこと…。
そのとき、ぐぅ、と私のお腹が鳴いた。なにもこんなときに鳴らなくてもいいのに! 絶対タカハシにも聞かれたし!
案の定、タカハシがクスクスと笑い出す。
うぅ、笑うなっ! 今日はほとんど食べてないんだから!
「お昼、まだだったのよ。一緒に食べる? 私作るから」
フツーに振舞うのは恥ずかしさを隠すためだ。胸から顔を上げてタカハシを見ると、もう笑ってはいなかった。まぁ、微笑んではいたけど。…ちょっとムカつくわ。
「はい。お手伝いさせて下さい」
するりと背中に回して捕まえられていた手が外される。
キッチンへと向かうためなんだけど、触れていた場所から急激に温度が冷めて行く。
あぁ、似てるな、と思った。
寒いのは、淋しいのと似てる。
週末に買い出しに行ったばかりだから、食材は充実していた。
だけど、タカハシには制限時間がある。そうなるとパパッと作れるものがいいんだけど、悩む。
だって、初めて作る相手よ? 見栄を張りたいじゃない。
あれ、そもそもタカハシってごはん食べられるの?
「なんにしよう…」
冷蔵庫を開けて中を見ていたら、横から手が伸びてきて瓶を取った。ちょっと前にエスニック料理にハマって輸入食品店で買ったナンプラーだ。
中身はあんまり減ってない。
「ナツメさんは、ナシゴレンはお好きですか?」
「ナシゴレン? うん、好きよ?」
ソレにハマってナンプラー買ったんだし。でも結局、数回しか作ってない。
仕方がないことだけど、お店で食べるのと比べちゃうとどうしても味が劣るのよね。
「では僕が作りましょう」
腕まくりをしてタカハシが言う。
え、作れるの?
「ナツメさんはその間にお着替えしてきて下さい。 あぁ、シャワーも浴びてきてはいかがですか?」
そう言いながら背中を押されて、キッチンを追い出される。
そういえば、まだブラウスにスーツのパンツのままだった。でもなぁ…。
どうしようかと悩んでいると、タカハシが私の目元を指で軽く拭った。
「お化粧をされているナツメさんも素敵ですが、僕は素顔のナツメさんも可愛くて好きです」
え、もしかしてパンダ目になってる? さっき泣いたから?
ウソ、早く言ってよ!
「シャワー浴びてきマス」
「どうぞごゆっくり」
これ以上顔を見られないように、そそくさとバスルームに逃げる。そんなにヒドイ顔になってる?
鏡で顔を確認すると、ラインがちょっとにじんでいたくらいで全然崩れていなかった。
ダマされた!
※「そんなことは言われなくてもわかっている!」と言われそうですが、良い子も悪い子も、胃の痛いときは、なるべく刺激物は摂らないようにしましょう。




