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イージー・ラバー  作者: いちる
シガレット
16/23

身代わりの4本目 そのいち

月曜は憂鬱だ。


ブルー・マンデーなんて言葉があるくらいだもの、珍しいことじゃないわよね。

大好きな映画の心弾むようなサントラも、アラームだと知っていれば効果はない。


それでもスマフォをいじってアラームを止めてベッドから起き出す。

昨日の虚無感はどこかに行ってしまったようだけど、代わりに胃が少し痛んだ。晩ご飯抜いたのが悪かったのかしら?


とはいえそんなことで仕事を休むわけにもいかないので、手帳を見てスケジュールを確認。うん、今日は外出予定はなし。

それならスーツはベーシックなものでいいかと、クローゼットからダークグレーのスーツを選ぶ。


「なんか…まだ食欲ない、かも」


着替える前に朝ご飯が習慣なんだけれど、今日は胃が重たくて気が進まない。冷蔵庫に常備してある栄養補助ゼリーでいいか。


さて、じゃあメイクしますか。最近はBBクリームなんてのがあるから楽チンよね。

スーツが地味目の色だから、アイシャドウはパープルにして強調、チークとルージュはコーラルオレンジでナチュラルに。

いつも通りに髪を後ろでひとつにまとめてスーツを着れば、出社(せんとう)準備はカンペキだ。

玄関での忘れ物チェックも終えて、玄関にある全身鏡で身だしなみと笑顔もチェック。ビジネスモードへ切り替える。



会社までは電車で30分。

今日も電車は混んでいたけれど、なんだかいつも以上に疲れてしまった。胃が痛いせい?

それとも───…。


「オス、夏目」


デスクに座って始業時間までに今日の業務を整理しようとしていたら、向かいの席のヌシが来た。


「た、かはし。おはよう」


心臓がドキリとした。一瞬、タカハシかと思ってしまったからだ。

そんな私に気付くこともなく、高橋はデスクに鞄だけ置いてパソコンを立ち上げた後私の方に来た。

隅の席だから、ほんの2、3歩の距離だ。


「あのタバコ、どうだった?」


今度はギクリとした。だって、どう説明すればいい?

吸ったら高橋そっくりの男が出てきて1時間だけ恋人になってくれたよーとか、アタマおかしいでしょうよ。

それとも、高橋はそういうモノだって知っているの?


「どうって…なにが?」


探るために質問に質問で返すと、高橋は二カッと笑った。その頬にえくぼができる。


「あの土産のだよ。俺タバコ吸わないからさ、味とかよくわかんないんだよね。マズくなかった?」


なんだ、そういう意味か。


「うん、ありがとう」


内心ホッとしながら、表面上は笑顔で答える。

詳しく言わないのは、一応の保険だ。

もしも高橋が知っていたらと、そう思うと話せない。


「そっか。変なモンじゃなくてよかったよ」


対する高橋は無邪気そうに笑っている。これ以上突っ込む気はないみたいだ。


「あ、私、昨日の休出届け貰わないと」


いかにも今思い出した! って表情で言って席を立つ。

休出届けは部長に用紙を貰いに行って、手書きで書いてまた部長に提出しないといけない。さっき出社したのが見えたし。

逃げるが勝ちだ。高橋に突っ込まれないとも限らないし。



昨日の休出届けと報告書を提出して、英恵社長へのカタログの発送準備をして、その他にも細々としたデスクワークをこなせば、ランチタイムまであと少しだった。

さすがにちょっとお腹空いたかな。でも、まだ胃は痛い。


パーテーションで区切られた1畳ほどのスペースの給湯室で温かいほうじ茶を淹れていたら、後ろから声がした。


「あれ、コーヒー(いつもの)じゃないの?」


高橋だ。

ここのコーヒーは、誰か最初の人が複数人分一気にコーヒーメーカーで淹れておくシステムになっている。ヤツはおこぼれを狙ってきたんだろうけど、残念ながら今日はまだ誰も淹れてなかったらしい。


「今日は、ちょっとね」


急須から私用のマグカップにほうじ茶を注ぎながら言う。しまった、余っちゃった。


「俺もちょうだい」


淹れるのは面倒だと思ったんだろう。高橋用のマグカップが私のマグカップの隣に置かれたので、ついでに急須の残りを注ぐ。

私のより渋いだろうけど、そこは目を瞑ってほしい。


「はい、どうぞ」


マグカップを渡して、自分のを一口。

温かくておいしい。


「痛っ…」


空腹のせいが胃に染みて、思わず声が出た。

すぐに治まるかと思ったのに、ジクジクと広がるように痛い。


「おい、大丈夫か?」


「うん、…平気、大丈夫」


痛みを堪えながら笑う。


「真っ青な顔してるのに、大丈夫じゃないだろ」


流し台にマグカップを置いて、高橋が給湯室から出て行く。

すぐに戻って来たかと思ったら、部長も一緒だった。


「夏目君、大丈夫かね? 本当に顔色が悪いな。今日は帰った方がいいんじゃないのか?」


「いえ、あの…」


「俺これから外回りなんで、駅まで送って行きますよ。あ、それとも病院の方がいいか?」


部長の言葉に大丈夫ですと答えたかったのに、高橋がかぶさるように言うから言えなくなってしまった。


「病院に行くほどじゃないので…」


「じゃあ駅まで送るから。イイっすか、部長?」


「うん、頼むよ高橋君。夏目君、何か引き継ぎはあるかね?」


「今日は特にはありませんが…」


「じゃあ帰る準備して、5分後に駐車場のエレベーターのとこで」


トントン拍子に、私の意見を挟む間もなく話が進んでしまう。

高橋はさっさと荷物を持って駐車場に行っちゃうし、偶然給湯室に来た後輩のコが急須とマグカップを片付けてくれちゃうしで…。

お断り、できそうにない。



昼休憩まであと20分だけど、半休扱いにしてもらえるかなぁ…。

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