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イージー・ラバー  作者: いちる
シガレット
15/23

勘違いからの三本目 そのよん

帰りの駅、乗る路線のホームは混んでいた。

ちょうど帰宅ラッシュにはまってしまったみたいだ。

日曜なのにスーツ姿のサラリーマンもけっこういる。休日出勤、お仲間ですね。


座るのなんてはじめからあきらめてるけど、せめてあんまりツラくない場所を確保したい。まぁこれもほとんど期待なんてしてないけれど。


滑り込む電車の中はこれまた混んでいた。うん、もみくちゃ決定だわ。スーツ皺にならないといいな。結構高いやつなんだからね。


開くドアの中に人混みと共に流されていこうとしたら、タカハシに引っ張られた。

ちょっと強引にサラリーマンのスキマに入り込んで、ドア付近の比較的空いている場所へと押し込まれる。


「すみません、辛くないですか?」


私の両側に手を付いて、タカハシが申し訳なさそうに言う。混んでいるんだから仕方ないけど、タカハシの胸に顔を埋めているような体勢だ。甘い匂いにクラクラしそう。


「へ、平気」


答えたけど、俯いたままだったから聞こえたかどうかはわからない。顔を上げられない。ヤバい。ドキドキする。


それでも、いつもの帰りと比べればかなり快適だった。

チカンって言うにはビミョーだけど、ずっと体を密着させてくるヤツとか、明らかに髪の匂い嗅いでるオッサンとかいるもの。30歳過ぎたら減ったけどね。


「苦しかったら言ってくださいね」


まさに今、胸が苦しいです。

ドキドキしてるのと、そういう対象として見られることが少なくなったって事実を思い出して。

そんなこと、伝えないけどね。



40分ほど揺られて、自宅最寄りの駅で降りる。終点のこの駅まで車内はずっと混んでいて、結局タカハシは最後まであの姿勢をキープした。紳士だ。


と、改札を抜けたところでタカハシが立ち止まった。人の流れの邪魔にならないよう隅に寄る。


「すみません、時間切れです。ほんとうはご自宅までお送りしたかったんですが…」


あぁ、1時間経ったのか。じゃあここでお別れなんだ。


「大丈夫だから。ありがとう」


心配そうな顔のタカハシに笑顔を見せる。

でもタカハシの表情はそのまんま。心配性?


「不安なときは、いつでも呼んでくださいね。すぐに来ます」


この会話、付き合いたての若いカップルみたい。傍目では砂を吐きたくなるようなセリフも、自分(ヒロイン)にとっては胸キュンになる。

…私にとっては、嬉しさ4割、恥ずかしさ6割だけどね。


「うん、わかった。大丈夫だから」


甘い雰囲気を壊そうと早口で言えば、タカハシはちょっと不満げだった。

いや、うん、理解したってば。


「では、お気を付けて」


近付いてくる気配に、さすがに往来でキスは無理だと俯けば、唇は頭のてっぺんに降りてきた。


「…もう少し、僕に甘えてください」


顔を上げると、もうタカハシはいなかった。

途端に胸の中がひやっとした。

海外旅行中とか、知らない土地で道がわからなくなったときに似ている。

だけどここは自宅最寄りの駅で、私にとってはほぼ毎日使ってる場所なんだからそんなはずがないのに。


「…帰ろう」


つい独り言が出る。

うん、帰ろう。帰って寝よう。



なんだか胸に穴が開いたみたいな虚無感のせいで、晩ご飯も食べられそうになかった。

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