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イージー・ラバー  作者: いちる
シガレット
14/23

勘違いからの三本目 そのさん

今回も、なんとか間に合いましたー。

火が点いたのとほぼ同時に、後ろから抱きしめられていた。甘い匂いと優しい腕が私を包む。


「ナツメさん」


タカハシの声が耳の側で聞こえる。

お腹の前に回された両腕を掴むと、ぎゅっと抱きしめてくれた。安心して肩の力が抜ける。


前を見ればさっきの人はすぐ近くまで来ていた。やっぱり若い男性だった。その背中になにか乗せて…眠った子ども?

…あ、あれ? パパですか?

え?

それって…。

勝手に犯罪者だと思って、勝手に狙われたと思って、勝手に怖がって…。

つまりは私の勘違いからタカハシを呼び出しちゃった!?


羞恥で顔がどんどん赤くなっていく。

暗くてよかった。

だって、恥ずかしすぎるでしょう!


「ごめん! あの、呼び出しておいてなんなんだけど、その…勘違い、だったみたい」


親子が通り過ぎるのを待ってから、タカハシに突っ込まれる前に口を開く。これで先に突っ込まれたら、恥ずかしすぎて死んでしまいそう。


「ほんとうに、ごめん」


振り向くと、笑っているタカハシと目が合った。

バカにするようなものではなくて、気が抜けたようなそんな様子で。


「もう、怖くありませんか?」


「だ、大丈夫」


まだ心臓はギクシャクとぎこちない動きをしていたけれども頷く。そうしたら、優しく頭を撫でられた。あ、ちょっとほっとする。


「お送りします。この道は少し暗いですから」


昨日は背中に添えられた手が、今日は私の右手を掴む。

いや、違う。掴むじゃなくて、手を繋ぐ、だ。


いつの間にか日は完全に落ちて、辺りは真っ暗だった。街灯はあるけれどひとつひとつが遠いせいか道は暗い。

ここを駅までひとりで行くのは、今のメンタルではとてもじゃないけど無理だ。


「お願いします…」



並んで歩けば、コンビニまではすぐだった。ここを曲がってからの駅までの道は、さっきより少し細くなる。更に暗く感じる。

ちょっと怖い。


「さっきのことですが」


繋いだ手が少し引かれて近寄る。私の横を、自転車がすり抜けていった。


「嬉しかったです。僕を頼ってくれて」


近付いた距離のままでタカハシを見上げると、穏やかな言葉どおりの表情をしていた。


「あれは、頼ったというか、他に方法が思い付かなかったからというか、偶然というか…」


可愛げがないとは自分でも思うけど、勘違いさせておくのは憚られて告げる。だってすでに勘違いで呼び出してしまっているのに、更に勘違いさせて、しかもそんな風に喜ばれると心苦しい。

そもそもはじめの選択肢にはタカハシはなかった。偶然触れたからだったのに。


「それでも構いません。結果的にはそうなります」


「結果論ってヤツならね」


過程をまるっと無視すれば、そういうことにはなるけれども。

でも、違うでしょうよ。

『タカハシを頼って呼んだ』のと、『他の選択肢を選べなくてタカハシを呼んだ』ではさ。


「ナツメさんに、なにもなくてよかったです」


小さくない違いについて考えていたら、繋いだ手の親指が私の指を撫でた。

なんだか甘やかされている気分で居心地が悪い。


「なにもおきてないんだから、あるはずないじゃない」


手を引いてみるけれど、逃げる直前に捕まって指を絡められてしまった。恋人つなぎだ。


「それも結果論ですよ」


きゅっと繋いだ手に力を込められて、私は抵抗するのをやめた。少しだけ握り返せば、力が優しい程度に緩められる。


「さっきはなにもしなかったけれど、実はなにか考えていたかもしれません」


子連れでそれはないでしょう。

そう口を挟もうとして、繋いだ手とは反対の指が口に当てられて言葉を飲み込む。


「それ以外に危険がなかったとも言えませんよ。さっきの自転車が引ったくりになったかもしれない。次に通る車が貴女を誘拐するかもしれない」


物騒なこと言わないでよ。ひとりで夜道歩けなくなったらどうしてくれるのよ。

車が私たちを追い越すように通過して、ライトにタカハシの顔が照らされる。


「もっと早くお側に行けなくてすみません」


誓約がもどかしい、とタカハシが呟く。

どんな誓約かは知らないけど、火が点いたのとほぼ同時に現れたじゃない。タカハシに非なんてひとつもないでしょうよ。

タカハシが屈んで、私のオデコにオデコをくっ付ける。


「ナツメさんをひとりで不安にさせて、すみません」


別に、ひとりでだって平気なのに。さっきのはそりゃ怖かったけど、でも対処はできたはずだもの。

あーもうだめだわ。この歳になると、涙腺が緩んじゃってすぐ涙が出てくるんだから。


「必ず守りますから、僕を頼ってくださいね」


そんな優しくしないでよ。

そう言いたかったけど、声を出したら涙声になっていそうで、頷くだけにする。

泣いていること、どうかタカハシが気付きませんように。

それから、もうひとつ。


タカハシに愛されたいって、思ったことも。

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