勘違いからの三本目 そのさん
今回も、なんとか間に合いましたー。
火が点いたのとほぼ同時に、後ろから抱きしめられていた。甘い匂いと優しい腕が私を包む。
「ナツメさん」
タカハシの声が耳の側で聞こえる。
お腹の前に回された両腕を掴むと、ぎゅっと抱きしめてくれた。安心して肩の力が抜ける。
前を見ればさっきの人はすぐ近くまで来ていた。やっぱり若い男性だった。その背中になにか乗せて…眠った子ども?
…あ、あれ? パパですか?
え?
それって…。
勝手に犯罪者だと思って、勝手に狙われたと思って、勝手に怖がって…。
つまりは私の勘違いからタカハシを呼び出しちゃった!?
羞恥で顔がどんどん赤くなっていく。
暗くてよかった。
だって、恥ずかしすぎるでしょう!
「ごめん! あの、呼び出しておいてなんなんだけど、その…勘違い、だったみたい」
親子が通り過ぎるのを待ってから、タカハシに突っ込まれる前に口を開く。これで先に突っ込まれたら、恥ずかしすぎて死んでしまいそう。
「ほんとうに、ごめん」
振り向くと、笑っているタカハシと目が合った。
バカにするようなものではなくて、気が抜けたようなそんな様子で。
「もう、怖くありませんか?」
「だ、大丈夫」
まだ心臓はギクシャクとぎこちない動きをしていたけれども頷く。そうしたら、優しく頭を撫でられた。あ、ちょっとほっとする。
「お送りします。この道は少し暗いですから」
昨日は背中に添えられた手が、今日は私の右手を掴む。
いや、違う。掴むじゃなくて、手を繋ぐ、だ。
いつの間にか日は完全に落ちて、辺りは真っ暗だった。街灯はあるけれどひとつひとつが遠いせいか道は暗い。
ここを駅までひとりで行くのは、今のメンタルではとてもじゃないけど無理だ。
「お願いします…」
並んで歩けば、コンビニまではすぐだった。ここを曲がってからの駅までの道は、さっきより少し細くなる。更に暗く感じる。
ちょっと怖い。
「さっきのことですが」
繋いだ手が少し引かれて近寄る。私の横を、自転車がすり抜けていった。
「嬉しかったです。僕を頼ってくれて」
近付いた距離のままでタカハシを見上げると、穏やかな言葉どおりの表情をしていた。
「あれは、頼ったというか、他に方法が思い付かなかったからというか、偶然というか…」
可愛げがないとは自分でも思うけど、勘違いさせておくのは憚られて告げる。だってすでに勘違いで呼び出してしまっているのに、更に勘違いさせて、しかもそんな風に喜ばれると心苦しい。
そもそもはじめの選択肢にはタカハシはなかった。偶然触れたからだったのに。
「それでも構いません。結果的にはそうなります」
「結果論ってヤツならね」
過程をまるっと無視すれば、そういうことにはなるけれども。
でも、違うでしょうよ。
『タカハシを頼って呼んだ』のと、『他の選択肢を選べなくてタカハシを呼んだ』ではさ。
「ナツメさんに、なにもなくてよかったです」
小さくない違いについて考えていたら、繋いだ手の親指が私の指を撫でた。
なんだか甘やかされている気分で居心地が悪い。
「なにもおきてないんだから、あるはずないじゃない」
手を引いてみるけれど、逃げる直前に捕まって指を絡められてしまった。恋人つなぎだ。
「それも結果論ですよ」
きゅっと繋いだ手に力を込められて、私は抵抗するのをやめた。少しだけ握り返せば、力が優しい程度に緩められる。
「さっきはなにもしなかったけれど、実はなにか考えていたかもしれません」
子連れでそれはないでしょう。
そう口を挟もうとして、繋いだ手とは反対の指が口に当てられて言葉を飲み込む。
「それ以外に危険がなかったとも言えませんよ。さっきの自転車が引ったくりになったかもしれない。次に通る車が貴女を誘拐するかもしれない」
物騒なこと言わないでよ。ひとりで夜道歩けなくなったらどうしてくれるのよ。
車が私たちを追い越すように通過して、ライトにタカハシの顔が照らされる。
「もっと早くお側に行けなくてすみません」
誓約がもどかしい、とタカハシが呟く。
どんな誓約かは知らないけど、火が点いたのとほぼ同時に現れたじゃない。タカハシに非なんてひとつもないでしょうよ。
タカハシが屈んで、私のオデコにオデコをくっ付ける。
「ナツメさんをひとりで不安にさせて、すみません」
別に、ひとりでだって平気なのに。さっきのはそりゃ怖かったけど、でも対処はできたはずだもの。
あーもうだめだわ。この歳になると、涙腺が緩んじゃってすぐ涙が出てくるんだから。
「必ず守りますから、僕を頼ってくださいね」
そんな優しくしないでよ。
そう言いたかったけど、声を出したら涙声になっていそうで、頷くだけにする。
泣いていること、どうかタカハシが気付きませんように。
それから、もうひとつ。
タカハシに愛されたいって、思ったことも。




