勘違いからの三本目 そのいち
日曜、つまりは本日の午後から、私が契約を結んだホテル内のサロン・ド・テの開店記念パーティがある。
パーティとは言っても株主とか提携企業を招いたプレオープンみたいなもので、私自身は着飾って楽しめる訳ではなく、パーティが始まる前の午前中から店内で準備をお手伝いしたり、ギリギリまで出てくる問題を片付けたり、今更ながらの変更に慌てつつも表面上はにっこり余裕の笑みで対応したり───つまりは裏方として参加した。
当然服装はいつものパンツスーツ。
カラーはブラックとシンプルだけど、ハレの日だから普段のよりお高い良いものにする。中はレーヨンの上品なドレープの白シャツで、イヤリングとネックレスは真珠。
裏方なんだから、目立たないように尚且つキッチリと見えるように。
だけれど営業ウーマンの小さな遊びゴコロとして指先を飾っているのは、吉住さんが昨日描いてくれた紅葉のネイル。
といっても、紅葉が描いてあるのは左手の薬指だけ。それ以外はシンプルにしてもらうのがマイルール。
クリアのジェルネイルの中に浮かぶような紅葉は、S字を描いて塗られたゴールドのラインとラメのおかげで水の中を漂うように見えてとても風流だ。
このサロン・ド・テ、和モダンとクラシック・フランスの融合がテーマだったからそれにとても合っていた。
準備中は忙しくて誰も気にも留めていなかったけど、パーティが始まってしばらくした頃。ホテルのオーナーと夫人に連れられて御招待客の皆様へ御挨拶に伺っているときに夫人がそれに気付いた。
「あら。夏目さんのネイル、紅葉なのね。素敵だわ」
「本当ね。キレイだわ」
ちょうど周りにいらした夫人の御友人だという女性が夫人に相槌を打つ。見たことのある顔だと思ったら、有名な着物メーカーの女社長様でしたよ。
「ありがとうございます。お店の雰囲気に合わせて描いてもらったんです。入り口の生け花には劣りますが」
そうそう、お店に入ってすぐにある生け花が偶然紅葉だったのよ。夫人の作品だわ、多分。
「あら、生け花が紅葉になるって知ってらしたの?」
「いえ。まったくの偶然です。朝こちらに着いて、ビックリしました」
「そうよねぇ。今朝自宅の庭から切ってきたんだものねぇ」
少しオーバー気味にリアクションを取ると、夫人がころころと笑い出した。
良い歳の重ね方をされたとでも言うのか、夫人はいつも上品で優しげで大和撫子を体現したかのような方だ。有名な花嫁学校の御卒業生ってウワサは聞いたけど。
「夏目さんに担当になって頂けて良かったわ。うふふ、また次の機会も宜しくお願いしますね」
「勿論です。こちらこそ、宜しくお願い致します」
夫人の笑顔に釣られて私も微笑む。夫人といると和むわー。仕事としての緊張感は忘れないけど。
良い仕事は次に繋がる。しばらくは時間が開くだろうけど、こうして地道に顧客を掴むことは大事なことだ。
「あら、随分お気に入りじゃない」
夫人に話しかけたのは女社長様。親しげな私たちに興味を持ったようだった。
「えぇ。夏目さんは、とっても有能な方よ。英恵も相談に乗って頂いたら? 次の出店、決めたんでしょう?」
「そうねぇ…」
少し悩むような、けれどけして嫌そうではない顔の女社長様になるべく有能そう且つ優しく見えるように微笑む。ハナエ社長ね、覚えておかなくちゃ。
少し話を聞いてみたところ、なんでも英恵社長、次に展開予定の新店舗の内装を考え中とのことで。
まずは英恵社長宛にウチのカタログをお送りすることになった。名刺交換もしたし、御縁があれば御声を掛けて頂けるでしょう。
良い仕事はこんな風に、新たな顧客を得る機会にも繋がるのだ。ま、うまくいくケースなんてけして多くはないけれどね。
パーティはそのあとつつがなく進み、日が沈む前にお開きとなった。
一応私も招待客だからと後片付けはやんわりと断られてしまったので、もう仕事は終了だ。さて帰ろう。
お土産にと御招待客に配っていたサロン・ド・テ自慢のチョコレートも頂けて気分はホクホクだ。
御抹茶に合うチョコレートってどんなのかしら?
我が家に御抹茶はないんけど、緑茶じゃダメ?
最近執筆が進まず、ストック分がなくなってしまいました。
次回更新が遅れるかもしれません。




