物は試しの二本目 そのなな
今回、話の都合上短めです。
そのあと、私とタカハシはデパートを出て、アパートまでの帰り道にあるスーパーに寄って、クリーニング屋でスーツを引き取って帰った。
結構な荷物だけれど、スーパーのビニール袋もスーツもタカハシが持ってしまったので私の両手は空っぽだ。肩にかけたショルダーバッグだけ。
別にいつも持っているから平気なのに。
「荷物、ありがとう」
何故か入ろうとしないタカハシに、玄関のドアの前で荷物を受け取って言う。
「どういたしまして」
「入らない、の?」
誘ってる訳じゃない。でも、じゃなきゃどこに行くっていうのよ?
「もう時間切れなんです」
首を振りながらそう言われて、タカハシがイージー・ラバーだったことを思い出す。
1時間だっけ。
すごく長いように思えたのに、まだそれだけしか経っていないの?
タカハシは微笑んで、それに、と続けた。
私の両頬をその手が包む。近付く顔に、纏う甘い雰囲気。
その先なんて、予想するまでもない。
「今日は初めてのデートですから」
目を閉じると、バード・キスがひとつだけ降ってきた。
「それじゃあ、また」
今の言い方、高橋に似てる。
目を開けると、タカハシはいなかった。
夕方の冷たい風が顔を撫でる。
頬の温もりも、唇の感触も、風に全てさらわれてしまった。
家に入ってリビングの時計を見ると、まだ3時前だった。
荷物を片付けて、明日の準備をして、手の込んだ自炊をして、それでもまだまだ寝るには早かったので、お風呂にお湯を張ってゆっくりと入る。
バスタブに体を沈めて、ぼんやりと一日のことを思い返す。
充実した一日だった。
時間的にはいつもより短い外出だったのに、記憶に残っている出来事が多い。
デートとか、久しぶりだ。
唇に指で触れる。
キスを思い出すと、今側にいないことにチクリと胸が痛くなって、同時に顔がニヤけそうになる。
切ないのに嬉しいなんて、まるで片想い中みたいだ。




