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イージー・ラバー  作者: いちる
シガレット
10/23

物は試しの二本目 そのろく

駅前のデパートで、私はタカハシを連れていつもは行かないお店に入ることにした。

ひとりのときは遠慮するちょっとお高いブランド店も入っちゃおう。店員さんに話しかけられても、ひとりじゃないと心強いし。


「あ、これ可愛い」


シフォンのブラウスはリボン型のタイが甘過ぎない可愛さで着回しやすそう。

…ちょっとお値段は可愛くないけど。仕事用には無理だわ。

そっと元の位置に戻して視線を上げると、マネキンが着ているワンピースドレスが目に留まった。

光沢のあるサテン生地で、マーメイドラインが大人っぽい。そこはいいんだけど…。

バスト部分がかなり広く開いている。谷間見えちゃうって。むしろ屈んだりしたら見えちゃうって。


「わぁ…」


呟きだったはずなのに、店員さんがすかさず近付いてきた。ひぇ、地獄耳っ。


「いかがですか~? 今週入ったばかりの新作なんですよ~。結婚式やちょっとしたパーティなどにもご利用頂けますよ~」


独特のイントネーションでのセールストークが続く。いえあの今のはいいね!的な呟きではなくてですね。

ていうかいつも思うけど、ちょっとしたパーティっていつのことよ? 少なくとも仕事のパーティでは無理だわ。露出激し過ぎるもの。


「よろしければご試着してみてください~。このドレス、着たときのラインがかなり可愛らしいんですよ~」


口調は丁寧で柔らかいのに、有無を言わせない強さがある。あぁ捕まっちゃった。

助けを求めてタカハシを見ると、店員さんの攻撃対象がタカハシに移ってしまった。


「お連れ様は、どのお色がお似合いになると思いますか~?」


全色腕にかけて、じゃあこちらへ、と試着室へ促されながら聞かれる。

これでつい流されてフラッとついて行ってしまえば、ご試着コースまっしぐら。

「この色かな」でも「わからない」でも、答えたら「じゃあ試しに」って言われて結局連れて行かれてしまうだろう。キッパリ断らない限り、試着は免れない。相当なワザだわ。


これは試着せずには帰れなさそう…。え、下着ってどうしたらいいの? 無しでいいの?


「ありがとうございます。でも、今日はそのドレスは着せられませんね」


キッパリ断れない性格の私は諦めてお姉さんについて行こうとしていたのに、その言葉にタカハシの顔を見る。

手が伸びてきて、乱れを直すようにタートルネックを触られた。


「せっかくタートル(これ)着ているのに、見られちゃいますよ?」


仕草は内緒話をするように、けれど確実にお姉さんにも届くだろう大きさで言われる。


「な、なに言って…!?」


いやいやいや、なんも無いでしょ!? え、それとも寝てる内にキスマーク付けられちゃったの!?

その場で確認するわけにもいかずにわたわた慌てる。恥ずかしくて顔が熱い。


「そうなんですか~? ではまたご都合がよろしいときにお試しくださいね~」


絶対に聞こえなかったはずはないのに、営業スマイルを崩さないままお姉さんが言って、一礼してからドレスを戻しに行った。さすが接客業、スルースキル高いわ。


「じゃあ行きましょうか」


お姉さんがいない隙にと、肩を抱かれてお店を出る。ちょ、スキンシップなしって言ったでしょ!



十分お店から離れたところで、しっかりと肩を抱いていた手から力が抜かれた。


「強引な方でしたね。大丈夫ですか、ナツメさん?」


笑顔のタカハシには悪びれた様子は全くない。むしろ労られている。

けれども、だ。


その腕から抜け出し、私はタカハシをジロリと見上げた。


「なんであんなこと言うのよ」


勘違いされちゃったじゃない。恥ずかしくてあのお店もう行けないでしょうが。

そもそも初めて行ったんだけど。私には敷居が高かったんだけど。


「すみません、イヤだったんです」


困ったように眉を下げて、イタズラを白状する子どもみたいにタカハシが言う。なんだか垂れた耳と尻尾の幻覚が見えそうだわ。


「僕もまだ見ていないのに、他の人に見せるなんて」


言いながら、タカハシの目が一瞬私の胸元を見た。ちょ、セクハラ!


「て、店員さんだし、女性でしょ」


「店内には男性もいましたよ。なにかの拍子に見られてしまうかもしれません」


「考え過ぎでしょ」


確かにあのドレスはポロリの危険性有りだけど、試着するんならその辺はちゃんと考えて行動するわ。とりあえず、カーテンは絶対開けないし。


「でも、ナツメさんだって、ご試着は嫌だったのでしょう?」


首を傾げられる。確かに試着はしたくないって思ってたけど。

他にも手はあったでしょうよ。


「でもキッパリ断るとか…」


「お断りするの、ナツメさんは苦手でしょう?」


私の言葉に被さるように言われる。


「なんでわかるの」


苦手というか、なんか気まずくなりそうで怖いというか、とりあえず相手も私も不快じゃないように終われたらベストかなとは思ってるけど。


「わかりますよ。ほんの短い時間でも、一緒にいたら気付けます」


そこで一旦区切って、タカハシが笑顔を浮かべる。優しくて甘い。


「愛しい人のことですから」


言われて顔がまた熱くなる。

なんでこんな甘いセリフばっかりなの。心臓に悪いわ。


「そっ、そういうの、やめて…」


強く言ったつもりだったのに、失敗した。

これじゃ恥ずかしがってるみたいだ。可愛らしいのなんて、私のキャラじゃない。


「ふふ、ナツメさんは可愛いですね」


「だからやめてってば!」


だーっ! ここ、デパートよ!? しかも土曜の! 周りにどんだけ人いると思ってるのよ!?

チラチラと向けられる視線に耐えかねて、私は早足で歩き出した。とにかくこの場から離れたい。


「ほら、行くわよ」


「はい」


すぐに追い付いたタカハシは、私の左側にぴったりと寄り添った。背に触れる手は人混みからさりげなく私を守っている。

あぁもう、私の顔色を伺うような顔しちゃって。ほんとうに犬みたい。



しょうがないから、素直に守られてあげますよ。

今だけ、だからね?

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