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2ー3

やたらに幅の広い寝台に身体を横たえ、寝付けないので寝返りを何度も打ちながら、私はアルの事を考えた。

アルに会ったら、何て言おう。アルに会えると思うと、緊張で胸がドキドキした。

別れた時が15歳だったから、もうすっかり大人になっている事だろう。アルも私が分かるだろうか?

アルは、今も私が彼を売ったと考えているのだろうか。


柔らかな枕から、微かに羽毛のにおいがする。疲れた頭を受け止めてくれる、その柔らかさと高さが心地良い。漸く眠りにつけそうだった矢先、部屋の扉がノックされた。

タイミングが悪いな、やっと寝れそうなところだったのにとムッとしつつ扉を開けると、イライアスがいた。

まだ騎士の軍服を着用したままなところを見ると、どうやら王宮から今帰宅したばかりらしい。それにしても、朝昼晩いつ見ても、嫌味なほど端正な顔立ちをしている。混じり気のない黄金の髪は、髪の毛に劣等感を抱く私にとっては視界に入るだけで妬ましい。

神様は本当に不公平だ。


「お休みでしたか?明日、王子様にお会いできる事になりましたので、その心積もりでいて下さい。」


明日!

眠気も一気に吹き飛んだ。こんなに直ぐに会わせて貰えるとは思っていなかった。

いよいよ十年ぶりに弟に会える………!


「分かりました。ありがとうごさいます!」

「何か不自由はありませんか?要り用な物がありましたら、遠慮無く侍女たちに言いつけて下さい。」


私が丁重に礼を言うと、イライアスは満足そうに一度頷き、長いマントを翻して私に背中を向け立ち去りかけた。しかし彼は急にぴたりと立ち止まり、私の方を振り返った。


「そう、大事な事を伝え忘れるところでした。貴方はこの度私と結婚しましたから。……ではお休みなさい。」


はい、お休みなさい、と私もいいかけハッとした。今、驚愕の一言を言われた気がする。再び立ち去りかけたイライアスを慌てて追いかける。


「結婚!?あの、何の話でしょうか。」

「先ほど教会にも立ち寄って来たのです。貴方は私の妻として王宮に上がる方が良いでしょう。色々と考えた結果なのです。」


い、色々と!?一体何を考えたのか、いの字も思いつかない。


「な、何を言っているのか全く理解出来ないんですけど…。」

「貴方は当面この家に滞在しますし、貴方の安全を考慮したつもりです。いずれにしても私も他人と同じ家に暮らすつもりはありませんから。」


私もアカの他人と結婚するつもりは無いんですけど!


「結婚って……聞いてません!何なのか全く分からないんですけど…」

「そうでしょうね。貴方の心中はお察ししますよ。」


私は唖然としてイライアスを見上げた。

なぜ彼はこんなに冷静なんだろう。

もしや都の金持ちの間では、村娘を攫って困らせるお遊びでも流行っているのだろうか。趣味が悪い。


「だって、私はただ弟と父に会いに来ただけのはずではありませんか。」

「繰り返しますが、貴方の為なのですよ。ショアフィールド家の妻になった貴方には、流石に王子様も無体な真似はなさらないでしょうから。」


無体な真似?

アルが私に?

………アルはやはり私を大層恨んでいるのだろうか。私はキースが言っていた事を思い出した。

そう考えると急にアルに会うのが恐ろしく感じられたが、それでも私は彼に会わねばならない。覚悟は出来ている。


「………む、無体な真似なら甘んじて受けますから!結婚っておかしいでしょう!?」

「そんな自虐的な事を受け入れるより、私との結婚を甘んじて受ければ良いではありませんか。」

「そういう問題じゃなく……。で、でも私も家族も何の署名もしていないのに、どうやって……?」

「我が家には昔から目をかけている教会がありましてね。たいした話ではありません。」


つまり教会と結託したのか!

悪どい金持ちの手本みたいな男だ。

だがなぜこんな事をする。

………やはりこれは遊ばれているんだろうか。

とはいえ田舎娘をわざとからかっているのかと思ったが、緑の瞳は冷静そのものだったし、少しも笑っていない。

居心地悪く感じながらも、全部冗談ですよね、と尋ねた。

だがやはりイライアスの表情はいっそ冷たさを感じられるほどに、冷静沈着だった。


「私は冗談で結婚などしません。……貴方にとっても良い話ではありませんか。それともヨーデル村に意中の人でも?」


私にはアンリがいる!

胸を張ってそう答えたかったが、何を隠そうまだ本人に会った事すらない。でもそれはイライアスが邪魔したからだ。

私は曖昧に誤魔化した。


「まあ、そんな感じです…」

「見え透いた嘘を。………崖っぷちのホルガー家の崖っぷちの赤毛娘と呼ばれているそうではありませんか。」


だれに!?

そんな源氏名は幸いにもいまだ耳にした事が無いんですけど………!

しかもうちは崖に建ってなどいない。つまりその崖っぷちのホルガー家とは、経済的な意味で揶揄されているのだろうか。


「貴方もそろそろ良い年でしょう。」


この男、どうやらお綺麗なのは見てくれだけの様だ。口ぶりだけは丁寧だが、発言の内容が率直過ぎやしないか。

キースが補佐官とやらをやっているだけある。お互い気が合う事だろう。

イライアスはまるで結婚してやるんだから感謝しろとでもいいたげだ。確かに年齢的にヤバイのは自覚してるし、出会いに飢えて来た。誰とでも良いから結婚したい、などと思った事もある。だがしかし、目の前の男はあまりに規格外過ぎる。………でも待てよ。

人を崖っぷち呼ばわりしているけれど、イライアスは明らかに私より年上に見える。

つまりは、彼だって年齢的に崖っぷちじゃないか。なんだか不公平な言いがかりをつけられている気がする。

もしやイライアスこそが、結婚に焦っているんじゃないだろうか。

外見が秀麗過ぎて、逆に世の女性たちが近づいて来ないのかもしれない。余りにもつり合わない事が明白な男性とは、普通交際したいとは考えないものだ。

社会的地位も経済力もある様だが、差し詰め性格に拭い難い問題があるのだろう。例えば口が悪い、とか。補佐官の人格が異常だ、とか。

それだ。

そうに違いない。

この外観金ピカ騎士は、アルに会わせるのを口実に、一応男爵令嬢である私に目を付けて、社会的体裁の為に結婚を目論んだのでは無いだろうか。

だって、アルがどれほど私に対して恨みを募らせていようと、イライアスには関係がないではないか。

そう思うと問い詰めずにはいられなかった。


「イライアスさんはおいくつなんですか?私より崖っぷ…年上かと。」

「私は30です。」


ええっ!と咄嗟に叫んでしまった。

五つも年上だとは思っていなかった。

肌が女性バリに綺麗だから、若く見えるのだろう。

………おじさんじゃないか。

狼狽えながらイライアスを見上げていると、無表情だった彼は徐々に口角を上げ、不敵な笑みを浮かべて腕を組んだ。そのまま私に数歩分近付き、詰め寄ってきた。


「貴方は考えている事が顔に実に良く出ますね。別に女性に不自由をしている訳ではありません。ただ、以前振った女性に殺されそうになりましてね。以来、女性とは一夜限りにしています。」

「ははは。それはそれは………。」


振った女に殺されそうになった?

大変な修羅場じゃないか。

それにたった今結婚したらしいと知らされた男に、一夜限りという単語を言われるのは、なぜか後頭部を殴られる様な衝撃があった。


「とにかく、今すぐの離婚には応じませんから。貴方も離婚歴を作り上げてヨーデル村に戻る勇気などないでしょう?崖っぷちどころか断崖から落下するに等しいでしょう。」

「離婚って……!結婚だって私が預かり知らない所でされてたのに。こんなの、無効にして下さい!」

「もう私たちは正式な夫婦ですよ。そんなにお嫌なのでしたら、少なくとも全て終わってから離婚を視野にいれましょう。」


私を説き伏せる様な口調でそう言うイライアスの緑の瞳は、場違いなほど美しく輝いていた。

いつかヨーデル村にお帰ししますよ………あの発言は言葉のまま理解すべきだったというのか……!?

私の運命の相手となる予定だったアンリ=グリーンの姿が勢い良く私から遠ざかって行く。その距離たるや、霞んで最早姿形すら見えない。いや、最初から見えてもいなかったけど。


「疲れたでしょう。明日は王宮に行くのですから、もうお休みなさい。」


どこか軽い足取りで立ち去って行くイライアスは、私の部屋は貴方の部屋の隣ですから安心して下さい、と真意不明な発言を残して、宣言通り隣室に消えて行った。

とんでもない所に来てしまった。

ふと視線を感じてバッと首を横に向けると、なんとキースが薄暗い廊下の先に立っていた。何時の間に。

長い廊下を照らすのは所々に置かれた蝋燭だけなので、ハッキリとは表情が見えないが、眼光鋭く私を睨んでいる事だけは分かった。

いきなり剣を抜いてこちらに駆けて来ても不自然ではない。そんな張り詰めた空気を感じた。

私は急いで自室に戻った。



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