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【書籍化】王宮の至宝と人質な私  作者: 岡達 英茉
第7章 わたしの居場所
68/72

7ー2

私は道の先にいる馬上の男を凝視しながらシアに言った。


「もたもた……?あの、馬鹿でもわかる様に説明して下さい。」

「陛下も君の事となると、思い切りが悪くて困るね。さっさと済ませてしまえば良いものを。」


曖昧なその説明の意図する物を読み解こうとすると、嫌な予感しかしなかった。

路地の先に近づくと、逆光が和らぎ、その先にいる人物の輪郭が確認出来た。狭い路地の先にいるにもかかわらず、威風堂々としたその姿。それが誰かが分かると私はあっ、と息を飲んだ。

レスター王が馬に跨り、私たちを待ち伏せしていたのだ。

なぜここに?!

幻覚でも見ているのではないかと、自分の目を疑ってしまう。彼はついさっきまで、メリディアン王女と資料館にいたではないか。


「君に話があるのは私ではなく、陛下だよ。さあ、足を。」


シアはレスター王が乗る馬の脇に屈むと、両手の平を組み合わせて上を向け、私を見た。

何をしているんだ。この人は。

私に足の踏み場を提供しているつもりだろうか?レスター王と乗馬しろ、と。


「シアさん、皆で王女様を置いて来たんですか。」

「王女様はいまごろ多分、仕立屋が寸法をはからせて頂いているよ。彼女には我が国からガルシアの美しい伝統衣装をお贈りする予定なんだ。最上級の絹と毛皮で仕立てた素晴らしい物だよ。お色や模様なんかをお選び頂くのに、結構な時間がかかるんじゃないかな。」


ということはどうやら私にはその贈り物は無いらしい。

うっすら羨ましいと感じている自分に、少し失望した。


「うわっ、何するんですかっ!?」


唐突に景色が上から下へと動く。

シアが私の膝下に屈むと、私の足をガシッと抱えてそのままレスター王の乗る鞍に持ち上げたのだ。


「もたもたしない!」


厳しく叱咤され、私は鞍によじ登った。

腰を落ち着ける間も無く、馬が動きだしたのでとにかく鞍に掴まる。後ろに乗るレスター王に首だけ向けながら問いかける。


「一人で街中をフラフラして大丈夫なの?」

「護衛たちは後ろから着いてきているよ。前を向いて。危ない。」


護衛?その存在を確かめようとするも、手元と前方を確認するのに精一杯で、辺りを見渡す余裕は無かった。馬は徐々にその速度をあげ、落ちる、ヤバい、と焦る私の心中を他所に僅かな後にはもう文字通り走っていた。馬の鞍というのは殺人的に表面がツルツルなので、あらゆる方向に滑り、いつ何時落馬するかもしれないほど体を揺さぶられた。

決して大きくないお菓子の街は馬で走るとすぐにその端に到達し、狭苦しく林立していた家並みが途切れると、畑が続く土の道へと出た。レスター王はそこでようやく馬の速度を緩めた。


「二人きりになりたかったんだ。もうすぐイリリアからメリディアン王女の迎えが来る前に。」


振り向く前に私は後ろからレスター王に抱きすくめられた。その勢いのまま、頬に彼のひんやりとした頬が当てられ、頬ずりをされた。レスター王が馬の手綱を放してしまっていやしないか慌てて確認しながら、一方で私はどうしたら良いのか困って固まった。


「好きだよ、セーラ。いや、こんな言葉じゃ足りない。愛している。」

「うん………。ありがとう。」

「ずっとこの気持ちを伝えたくて堪らなかった。何度でも言うよ。愛している。」


私の胴回りに巻き付けられたレスター王の腕は鋼の様に強くきつく、結構な息苦しさと痛みを覚えた。ばくばくと自分の心臓が暴れているのを感じる。どう対処するのが最善かが分からない。

だって私はレスター王を傷付けたくない。けれども………。


「セーラ、言って。私と、イライアスのどちらが好き?」


そう尋ねるレスター王のその声は泣き出しそうなほど辛そうだった。だがその質問は私にとっては意味をなさないのだ。なぜならレスター王とイライアスへの気持ちは、全く異質なものだから。比べ様がない。

答えが出せなくて、わたしの喉は痺れたみたいに動かない。

レスター王は私の答えを待つ事なく、私の顔を起こす様にするりと手を私の首から顎へ滑らせた。

もしやまたキスをしようとしてるのだろうか。

私の予感通りにレスター王は唇を軽く私の唇に押し当てた。

レスター王の熱っぽい眼差しとは対照的に、私は頬に当たる彼の革の手袋が冷たい、とかちゃんと手綱を握っているのだろうか、といった事ばかりに気がいってしまう。

自分のどこか冷めた気持ちにどうしても気づかされてしまうのだ。

そんな私の反応を読んだのか、レスター王は私を見下ろしながら寂寥感溢れる表情を浮かべた。


「理不尽だな。私の気持ちは変わってないのに、セーラの心はすっかり別の所に持って行かれてしまったなんて。」

「レスター王。これだけは信じて。私、アルに本当に会いたかったんだよ。だからこそ、ヨーデル村から王都まで出てきたんだよ。」

「………イライアスに惹かれたから出たんじゃないの?あの男は作り物の様に容姿が端麗だからね。イリリアの王宮で行われた剣術大会で、女たちが魂を吸いとられたみたいな顔で奴を見ていたのを、よく覚えているよ。」

「違うよ!私は…」

「セーラも所詮その辺の女たちと変わらないんだね。いや、それ以上に愚かだよ。絆された挙句、己の目的の為に若い女性を騙して見殺しにした男の過去を知らされても、それを直視しようとしない。現実から逃げているだけだ。」


レスター王から投げ付けられる言葉は、真っ直ぐに私の胸に突き刺さる。腰に回された彼の左腕はまるで腕の肉に食い込む様な勢いで私を抱き寄せている為、痛みしか分からない。


「イライアスが嫌いなの……?」

「嫌いなんてもんじゃない。私を天空宮に連れ帰り、セーラを妻にし、その気持ちまで奪ったのだから。」


殺しても殺し足りないよ。

私を覗き込みながらそう囁く淡い青色の瞳には、仄暗い感情が宿っていた。

イライアスが責められるのを聞くのは、とても辛い。

私の頭の後ろにレスター王の手が回され、ぎゅっと彼に押し付けられた。鼻が、顔面全体がレスター王の外套にぶつかり、微かに甘い香水の香りがした。


「セーラ。君を離したくない。誰よりも大切にする。私は君を裏切ったりはしない。だから…………僕の側にいてよ。」


僕……。かつてのアルの口調での懇願は、私の胸を激しく揺さぶった。脳裏には、アルが我が家から大軍に連れ去られたあの日の光景が広がるーーーあの時感じた深い悲しみと後悔と懺悔ーーーもしかして私は今、それに報いなければならないのだろうか?

レスター王に対する気持ちと、彼からの深い愛情が交錯し、私の感情は千々に乱れた。

嵐の様な感情に突き動かされそうになりながらも、私の胸の奥深くには流されずにいた事実があった。私は、両親にこれ以上心配を掛けてはならない。それに彼等の無事を確認しなければならない。

私は深く息を吸い込み、呼吸を整えて気分を落ち着かせた。


「レスター王。貴方がイリリアをイライアスを憎む気持ちは尤もだと思うよ。ただ、これだけは知って欲しい。イライアスは五年前、何を置いても、人質の王子たちの為に兵を挙げたんだということを。」


レスター王は黙っていた。

私は続けた。言うべき事があり、言うべき時があるのだとすれば、きっと今しかない。


「貴方が国政に忙殺されても、私は貴方の事を考えているよ。貴方がおじいちゃんになっても、私は貴方を忘れないよ。貴方が他に大事な人を見つけても、私にとって貴方は変わらず大事な人だよ。貴方が遠くヨーデル村から離れて、もうあの小さな家を、夕方の煮炊きの匂いを、土埃の小道を歩いて一緒に運んだカゴの重さを思い出せなくなってしまっても、私は覚えているよ。決して忘れないよ。あの森で貴方が初めて私を見た、あの宝石の様な美しい瞳を、私はおばあちゃんになっても絶対にはっきりと思い出せる。だから安心して良いんだよ………。」


レスター王は両手で私をかき抱いた。

彼は何も言い返してこなかったが、その呼吸が震え、乱れ、やがて鼻をすする音が間近に聞こえた。彼は泣いていた。

私はレスター王を慰める様に彼の背に両腕を回して、そっと抱き締めた。

彼は嗚咽交じりに繰り返した。

君が好きなんだ、と。

私はうん、うん、と只管繰り返した。

恐らくもう人前で涙を見せる事は許されないのであろうレスター王は、そうして気持ちの動揺が収まるまで、長いこと私の髪に顔を埋めていた。

どのくらいそうしていただろうか。

私の身体に回されていた腕の力が徐々に緩み、ゆっくりと解かれた。


「セーラ。一度だけ、今だけで良いから、言ってよ。私が一番好きだと。」


私は彼の赤く充血した目を見つめながら言った。


「アルーーーレスター。世界で一番、好きだよ。貴方は私が助けた、私の宝物だよ。今までも、これからも貴方は私の誇りだよ。」




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