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6ー13

見せたいものがある、そう言われてレスター王に連れられて行ったのは、王宮の中で最も大きな中庭を見下ろすバルコニーだった。白がかった緑色の葉を広げる低木と、寂しい冬の花壇が並ぶだけの中庭の隣には、広く石畳みが一面に敷かれた広場があり、ガルシアの近衛兵が整列していた。ガルシアの近衛兵とは、こちらの王宮や王族を警備する兵たちの事であった。

何気無く見下ろしたその広場の端に、見覚えある人物がいた。


「キース!?」


整然と並ぶ近衛兵に向かい合う格好で、キースが立っていたのだ。

なぜあんな所に?

いつの間にあの塔の牢を出ていたのだろう?

隣に立つレスター王を、問う様に見ると彼は一度軽く頷いた。


「彼はあの緩い監視態勢に従順に従い、不審な動きは一度も見せなかった。彼に危険は無いと判断して、監獄からは出す事にしたよ。」

「それじゃ、わざと手薄な環境に置いてキースを試していたの?」


私が驚いて尋ねるとレスター王は無言で私の肩に腕を回した。


「彼を助ける口実を作るためだよ。セーラを悲しませたくなかったから。」

「あ、ありがとう……。」


キースを悪の道に引きずりこまなくて、本当に良かった。回された暖かな腕にドキドキしながら眼下を見下ろす。

キースは左右にゆっくりと歩きながら、並ぶ近衛兵たちに何やら説明をしていた。簡単な白いシャツの上に防具を着けただけであったが、その腰にはどこで調達してきたのか、立派な剣がさされていた。


「キースを近衛兵に?」

「近衛兵にするわけじゃない。彼に近衛兵に剣の訓練をしてもらう。あの腕は眠らせておくには勿体無いからね。………それにあの傷の治りには心底驚いた。同じ人間とは思えない。」

「そうだね。多分キースは人間じゃないよ。」


レスター王は乾いた声で笑った。

キースの掛け声に合わせて、近衛兵たちが一斉に剣を抜き、キースの手本に続けて前方に振ったり、突き出したりを繰り返していた。

ーーーキースがガルシアで新しい道を模索しはじめている。

キースがレスター王からの許しを貰えた様に感じられて、喜びがジワジワと胸に広がっていく。

ふとキースが私とレスター王の存在に気が付いたのか、顔を上げてこちらを見た。

私は嬉しくなり、にっこり笑って手を振ってみせた。

キースも手を振りかえしてくれれば良いのに、との私の期待に反して、彼は素早く踵を揃えて敬礼をした。


多忙なレスター王がバルコニーを去ってしまった後も、私はキースや近衛兵を見物していた。

偉丈夫な近衛兵たちが日の光に白銀煌めく剣を、一糸乱れず操る様は、実に見応えがあり飽きなかった。

近衛兵を見ていると、宮廷騎士団の軍服に身を包んだイライアスを思い出した。胸の奥がずん、と重くなる。

彼は今頃、何をしているのだろう………?

こんな所にいたの、と澄んだ声が背後からして振り返ると、メリディアン王女がバルコニーに出てきた。王女は毛皮の外套を前でぎゅっと合わせると、手すりに近寄り下に視線を投げた。


「………何あれ。イライアスの前の補佐官はあそこで何をしているの?」

「近衛兵の訓練だそうです。」


ふうん、と呟くと王女は私を意味深な目で見た。


「彼、そう言えばセーラを逃がすためにわたくしのお腹を殴ったのよね。………あれ気絶するほど痛かったわ。」

「す、すみません!デメルの川の上で、ですよね?わ、私も殴られました。」

「ねえ、闇の左手って何?」


マズい。

いつかは必ず聞かれるだろうとは思っていたが。

私はキースの正体について、王女には殆ど説明をしてこなかったのだ。それはイライアスの立場が悪くなる事を恐れたというのと、イリリアとガルシアの関係をこれ以上拗らせたくない、という理由からだった。

王女は腕を組みながら私の周囲を練り歩き、何やら少し考え込む仕草を見せた。


「ええと、……、メリディアン様。世の中には知らない方が幸せな事もあります。」


王女は歩みを止め、私をひたと見据えた。


「そうね。言いたくないのなら良いわ。だいたい想像がつくけれど。わたくし、キースをみた事も黙っておくわ。あの夜、ガルシアの兵がセーラを助けに来たのよ。わたくしが知っているのはそれだけだわ。」

「メリディアン様……。」


ほっと胸を撫で下ろしながら、王女に対する感謝で胸がいっぱいになった。

私は何度も彼女に礼を言った。

王女はたいしたことではない、と首を左右に振りながら、感慨深気に私に言った。


「セーラは知り過ぎたのよねえ。」


私はそれには答えず、ぼんやりとキースの動きを目で追いかけていた。こうして上から全体を見ていると、素人目にも彼の身のこなし方の違いが良くわかった。それは現場にいる近衛兵たちも同じなのか、彼等がキースを見る目つきも次第に真剣な物に変わっていった。


「ねえセーラ。お前がイリリアには帰らないっていう噂を聞いたのだけれど…」

「下々の女官たちからですか?」


私がからかうと、王女は桃色の頬をぷっと膨らませた。


「ほ、本当だったら大変だと思ったのよ。」

「一緒には帰れません。残念ですけど。」

「なぜ!まさか弟の国に残るというの?」


王女は俄かに取り乱しながら、私の両腕を掴んだ。激しく瞬きをする青い目は動揺して私をうつしていた。


「イリリアが嫌いになってしまったの?!セーラに酷い事を強制したから……。それにイライアスはどうなるの?捨てるの?」

「捨てるのではなく、捨てられたんですよ。ここ大事なとこですから………。そもそも王女様の方こそガルシアに嫁ぐなどと仰っているではありませんか。私を捨てるのですか。」

「だ、だって知っていて?!今、周辺諸国の王や王子には、ロクなのがいないのよ。歳が離れ過ぎたり容姿に耐え難い個性がある夫は避けたいじゃないの。………でもセーラがレスター王と相思相愛なら、わたくし邪魔をしたくないわ………。」


だから、レスター王は弟なんだよ。なぜ誰も彼もが私たちをそんな目で見るのだ!ーーーー公衆の面前でベタベタし過ぎたからだ!


「私は王女様を無事お見送りしたら、両親のもとに帰りますからご心配なさらないで下さい。このままでは田舎の母が心労で倒れちゃいます。」


そう言うと王女はそっと目を伏せた。自分の親を思い出したのだろうか。彼女は可愛らしく小さな溜息を吐くと言った。


「小さい頃は、皆仲が良かったのよ。フィリップお兄様とレイモンドお兄様も、良く一緒に遊んだわ。フィリップお兄様はわたくしの自慢だったわ。お優しくて、お綺麗で。でも年頃になって、急に皆の関係が変わってしまったのよ。」


王家の兄弟姉妹の関係は周りを巻き込むから一筋縄ではいかないのだろう。私は王女の背中を押しながら答えた。


「フィリップ殿下も、レイモンド殿下も、皆さん王女様の事を絶対に心配されてますよ。王女様の様に。さあ、寒いですから中に入りましょう。」


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