表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/72

6ー8

王宮内の一室に戻されると、王女は外套を脱ぎ捨て、部屋の奥にある暖炉の前まで行って両手を炎に向けてかざした。

暖かい茶を運んで来てくれた女官が退出すると、王女は小さな声で言った。


「ねえ、お兄様たちはどういうおつもりなのかしら?まさか又ガルシアと戦うなんて事はないわよね?」

「分かりません。デメルでの話し合いは順調にいっているとこちらの女官から噂を聞いていたのですが……。」

「女官の噂話はアテにならないわ。けれど、急に旅行が中止になったのを考えれば、進軍は不意打ちだったのでしょうね。」


暖炉の前で茶をすすっていると、失礼します、との掛け声と共に扉が開いた。現れたのは睫毛女官のキアだった。

日頃から非友好的な彼女の目つきは、今日更にその非友好度がグレードアップしており、もはや親の仇でも睨む様な顔になっていた。目が大きいから尚更分かりやすい。

ーーーあの長過ぎる睫毛は自分で邪魔じゃないんだろうか。


「陛下がお呼びですわ。広間までいらして下さい。」


ツン、と細い顎を逸らしながら踵を返すと、キアは私たちが茶器をテーブルに置くのも待たずに歩き始めた。慌てて私がついて行こうとすると、メリディアン王女に制止された。驚いて王女を振り返る。


「急いでやる必要などないわ。わたくしたちを案内するのはあの小リス女官の仕事よ。それがきちんと出来ないのであれば、女官として失格なだけ。わたくしたちが慌てて追う事で補う失敗ではないわ。」


悠然と茶を飲み干すと、王女はノンビリと扉へ向かった。やはり私みたいな小市民とは心構えが違うのだな、と感嘆しつつ、言い添えた。


「小リスって、可愛らしい愛称をお付けになりましたね。」

「あら、リスってお馬鹿なのよ。知らなかった?」


苦笑しながら部屋を出ると、廊下の先でキアが怖い顔をして私たちを待っていた。少しも急ぐ事無く姿勢良く王女が歩く。

するとキアは痺れをきらしたようだった。


「陛下はご多忙な方です。お待たせしては…」

「貴方にはわたくしたちが余程暇に見えるのかしら?」


流石にキアはグッと押し黙ってしまった。私は心の中で、まあ確かに暇なんだけど、と突っ込むのを忘れなかった。


広間にはシアとガルシアの軍服を着た白髪頭の男性、それに裾まである長衣を纏う中年の男性が居並び、奥の床が一段高くなった上には毛皮が敷かれた大きな椅子があり、レスター王が腕を組んで深く腰掛けていた。天井は八角形のドームが無数に組み合わさっており、やはり細密な彫刻がされていた。窓から暖かな強い陽光が差し込んでいる一方で、その場の空気は石の様に重い。


「折角楽しみにしていて下さった旅行を、すみません。まずはお詫びしましょう。」


レスター王が抑揚を欠く声で口火を切った。キアが聞いたら、陛下が謝る筋合いのものではない、とキレそうだ。

続けてシアが口を開いた。


「デメル地方に王都からイリリア兵が進駐してきているらしいのです。それほど大きな規模ではありませんが、かと言って看過はできません。兵たちを率いているのは、レイモンド王子とか。彼は何者ですか?」


あのレイモンド王子が?!

驚愕の情報に私と王女は息を飲んでから互いの顔を見た。


「陛下もご存知かとは思いますが、私や兄フィリップとは母が異なる第二王子です。剣も弓も苦手な絵に描いたような運動音痴な兄ですわ。どちらかというと詩を読んだり、草花を鑑賞するのを好みますの。加えて母親の実家は失脚して、更に婚約者にも死なれ、今では誰からも見向きなどされない立場にあります。あの兄が戦など、絶対に出来ませんわ。」


随分な言い草に一同は一時的に言葉を失っていた。レスター王は腕を組み直して言った。


「それを判断するのは我々です。ですが、闇の左手と全く同じ様な事を仰る。」


それまで口をつぐんでいた白髪頭の男性が、厳格な口調で私たちに話し掛けてきた。


「イリリアにはこちらの王宮に説明の使者を寄越すよう、催促してあります。事情が分かるまでは、王宮から一歩もお出にはならないで下さい。」


私と王女にとって、レイモンド王子への好感度が最早下がる余地が無いほどに下がった瞬間だった。





キースは地下牢を放たれ、王宮の最奥にある太く丸い石造りの塔に幽閉されていた。やや灰色がかった白い石造りの丸い塔は、小さな窓が僅かにあるだけで高く聳え、ややもすれば冷たい印象を与えた。だが幽閉といっても、その塔は元来貴人用の監獄に使われている場所で、中に踏み入れると調度品の類は不足なくしつらえてあり、外観とかなりの差があった。キースが入れられているのは二間続きの部屋で、なかなか豪勢な家具が揃っていた。

見張り番の兵に頼んで鍵を開けて貰い、私が訪ねると彼は紫色の厚手の絨毯の上に仰向けになり、腹筋運動をしていた。

上半身は何も身につけておらず、床につけた足は僅かも浮く事が無く、見事な速さで彼は起き上がったり、寝たりを繰り返して居た。


「キースさん、傷はもう大丈夫なんですか?」

「見ての通りだ。」

「………腹筋、凄いですねえ。」

「外に出られない分、こうでもしなきゃ、身体がなまるからな。」

「レイモンド王子の件、聞きました?」


漸くキースは動きを止めて、私を見た。立ち上がると木の机に置かれているタオルを手に取り、汗が流れる顔や上半身を拭く。僅かに汗の臭いがする。

椅子の背に掛けてあった白いシャツを取ると、キースは乱雑にそれを羽織った。暑いのかボタンは留めず、そのまま椅子に腰掛ける。

向かいの空いている席を指して私に勧めてくれた。


「聞いたよ。シアにもしつこく聞かれたしな。」

「王女様は、レイモンド王子には戦なんて出来無いだろう、と仰ってたんです。」


キースは軽く笑った。


「キースさんはどう思われます?」

「あんた、なんでそんな事俺に聞くんだ?」

「だって、キースさんは何でも知ってるじゃないですか。キースさんに不可能な事はないんじゃないかってくらい。」


私が力一杯主張すると、彼は呆れた眼差しを寄越した。


「あんた、俺を何だと……。」

「闇の左手で首席で頭も腕も良くて、モテるんですよね?無敵の男性です。」

「無敵のはずがこんな所で捕まっていてすまないな。」


折角褒めたつもりなのに、嫌味を返されてしまった。男性の心を掴むには、持ち上げるのが一番だと耳にした事があるが、なかなか実践は難しいようだ。でもここでへこたれてはいけない。何しろ相手はキースなのだから。


「なあ、あんた、俺が怖く無いのか?」

「怖いって何がです?こんな所に捕まっているのですから、何も怖くありません。」

「不気味だとか、若しくは俺を恨む気持ちは無いのか?」

「不気味?変な人だとは思いますよ。変過ぎて恨む気持ちも霞むというか………。」


キースの人となりについて私が思案に暮れていると、彼は机の上に頬杖をついた。私の表情を覗き込む様に鋭い焦げ茶の目で見つめてくる。


「あんた、無防備だって言われた事ないか?」

「ほら!!キースさんは何でも知ってるじゃないですか。」

「言われたんだろ。差し詰め陛下に言われたか。」

「何でそれを……じゃなくて、良いですか、き、キースさん。質問しているのは私ですよ。」

「そのセリフはシアの真似か?あの男の口癖じゃないか。」


もう、キースには完敗するしかなかった。なんでもばれてしまう様だ。恥ずかしいので本題に戻る事にした。


「とにかく、キースさんの考えを知りたいんです。」

「…………意義を見出すとするなら、二つ可能性があるな。一つは、単純にガルシアに交渉上の揺さぶりをかける為に掻き集めた兵をデメルまで進めた。実力は不要だから、万一危険があってもどうでも良い王子を頭にした訳だ。二つ目。フィリップの具合が相当悪いケースだ。万一に備えて、補欠王子のレイモンドに実績を作らせる為に、進軍させた。この場合は面倒な事になるな。講和会議が頓挫するだろう。」


良くもそこまで推察できるものだ。

改めてキースに脱帽した。

しかし第二のケースはぜひとも避けてほしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ