表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/72

6ー7

少しでもメリディアン王女に喜んで欲しい。そんな考えから、何処か行きたい所は無いかと王女に尋ねてみると、私の期待に反して彼女は怪訝な顔をした。

王女は私が差し出すレスター王から借りた本を、さも胡散臭そうに見ていた。

やっぱり何処かに出かけたい心境にはなれないのだろうか?でも、でも……だからと言って王宮に籠っていては、余計精神衛生上悪い気がするんだけど。

王女は両手を腰に当てた。


「ねえ、聞きたかったのだけれど、レスター王はセーラを姉としてなんて見ていないのではなくて?」


唐突な追及にギクリとした。幾らか後ろめたい気分になりながら私は答えた。


「そ、そうですかね?でも、王様ですから………どう思われても何とも…」

「否定しないのね。だいたいそんな本、一体いつ貰ったの?わたくしが知らない間に。」

「貰ったんじゃなく、借りているんです。」

「そんなのはどちらでも結構よ!」


結構じゃない。

借りるのと貰うのとでは天と地ほども違う。その違いは強調したい。

そもそも、レスター王が私の寝室まで直接来たなんて、口が裂けても言えない。私は苦し紛れに思いついた嘘を話した。


「レスター王が、塞ぎ込みがちな王女様を元気付けようとなさってご提案されたのですよ。」


口からのでまかせであったが、意外にも王女はトゲトゲしい雰囲気を少し和らげた。まあ、確かに全くの嘘とも限らない。レスター王も少しは王女の為を考えての提案だろう。

王女は本を私から受け取ると、眺め始めた。


顔を寄せ合い、本を覗き込んでどちらに行こうか二人で話し合うのは楽しい作業だった。私は友達との旅行計画をするのに似た高揚感を味わった。

ああでも無い、こうでも無い、と行き先を二転三転させた挙句、私たちは「お菓子の街」との異名を持つ、カラフルな建物がひしめく小さな街に案内して貰おう、と結論を下した。







私とメリディアン王女がガルシア王国に来てから、早くも半月余りが経っていた。

短く刈られた芝を切り裂く様に長方形が水を湛え、幾筋もの噴水となり、軽やかな水音をたてる。

ゆっくりと池の脇を歩きながら、メリディアン王女が口を開いた。


「ガルシア王宮の庭園も綺麗ね。この国の様式というのは、一見シンプルなのに良く見ると細部まで手がこんでいるわ。」


確かに、壁紙かと思いきや壁一面に細かな彫刻がされていたり、あちこちの天井や梁、柱には細密な彫刻がされているのだった。噴水の周りを取り囲む様に配置されている花壇も、隙間無く唐草模様が彫られた熟練の技が光る代物だった。

私たちはガルシアに来て以来、庭園の散策をしたり縫い物をしたりして日々を過ごしていた。長年敵対はしていても、実際はイリリアに興味を持っている女官も多く、しばしば私たちはそんな女官たちからイリリアの話をしてくれないかとも頼まれ、一部の女官たちとは大分打ち解ける事が出来た。

睫毛女官がその中にいなかったのは言うまでも無い。

またそんな女官たちから私たちはレスター王の話を良く聞いた。彼女たちが王の話題を持ち出す時、たいてい彼女たちはとても嬉しそうで、彼がこちらで好意を抱かれているのだろう、と察せられて私もあたたかい気持ちになった。

最初はレスター王にどうやら良い感情を抱いていなかったメリディアン王女も、そんな女官たちの話を繰り返し聞く内に、あまり非難がましい事を口にはしなくなっていった。

寧ろ、レスター王は食事の最中さえ書類や資料に目を通すのに忙しく、始終働く仕事の虫なのだと聞かされて、尊敬の念に近いものを持ち始めたようだった。在りし日の自分の姿と比べていたのかも知れない。

季節は冬に向かっており、ガルシア特有の厳しい寒さが日に日に増していた。メリディアン王女も毛皮がふんだんに使われた衣服を纏うようになり、気づけば私たちはこちらの生活にも慣れてきていた。

鈍色の雲が空を重たく覆い、雪でも降り出しそうな天候に急かされ、私たちは早目に散策を切り上げる事にした。引き返そうと庭園を横切り始めると、その先に王宮の棟と棟を繋ぐテラスを数人の文官らしき男性たちと歩いているレスター王を発見した。時を同じくして彼もこちらに気づき、一人でテラスを下りこちらへ近づいて来た。


「庭園を散歩されていたのですか。いよいよ明日は旅行ですね。晴れると良いのですが。」


お菓子の街へ出かけるのは明日だった。

王女は和かにお辞儀をしながら答えた。


「はい。陛下のお心遣い、感謝致しますわ。とても楽しみにしております。」

「少しでも王女様のお気持ちを慰められたら私の本望です。」

「………まあ…。」


王女は目を大きく開けて、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「今日は天候が崩れそうですね。どうかお風邪など召されません様に。」


重い空に視線を走らせ、優雅な笑みを浮かべて軽く会釈をしてからレスター王は元居たテラスへ戻って行った。王女はどこか放心した様に離れて行くその後ろ姿を眺めていた。


「王女様?」

「ねえ、レスター王は神々しいくらい美しいわね。わたくしあんなに綺麗な男性は初めてよ。見ているだけで何て言うか………。」


王女は感慨深そうに小さく息を吐き、胸元に手を当てていた。

ーーーまさか?

何と無くそれは王女がイリリアでの政治学の先生を見つめる表情に似ていた。とりあえず確かめる様に聞いてみた。


「そうですかね?フィリップ殿下や政治学の先生も同じくらい…」

「全然違うわ!こんなに胸が高まらないもの。」


胸が高なっちゃうのか。

いつまでもレスター王のいる方向を眺めている王女をみながら、はたと気付いた。これは………、もしや無自覚な恋の始まりなのでは……?

私の複雑な心境を他所に、王女は未だレスター王の姿を目で追っていた。


「王女様。中に入りましょう。冷えてきました。ね?」


王女は私と寄り添う様に歩き出した。明日の話をする王女のお喋りに適当な相槌を打ち、私は話半分に聞きながら別の事で頭が一杯だった。

メリディアン王女とレスター王。

どちらも私が大好きな人たちだ。

二人とも幸せになって欲しい。けれど、二人は敵対する国同士の王と王女なのだ。それを考えると複雑だ。

…………いや、そうではない。私が素直に喜べない、この妙な気持ちの正体は、幼稚な嫉妬に近い様な気がする。親しい人間をどちらも奪われてしまうのではないか、という。

そう分かると、落ち着かなかった。

そもそもレスター王が私に向ける気持ちには、変化が無く、それでいて私にはその気持ちに応える事は到底出来ないのも事実だった。それなのに、私は彼が誰か別の女性と幸せになるのを応援出来ない………。

私はなんてさもしい人間なんだろう。









出発の朝はとても早く目が覚めた。

準備した王女の荷物が手抜かり無く、王宮から運び出され、馬車に詰め込まれるのをこの目で確認する。自分の身支度はそこそこに、王女が寒さで体調を崩す事が無いよう、しっかりと彼女に厚手の衣服を着込ませた。冬場に赤ん坊と散歩に出掛ける母親の気分が何故か少し分かる気がした。

笑顔で私たちを見送りにきた懇意の女官たちが、王宮正面脇にある馬車留めに集まる。


「楽しんでいらして下さいね!」


彼女たちに手を振り、私と王女は馬車に乗り込んだ。縦に連なる馬車と、護衛のガルシアの騎士たちが今しも目的地へ向けて動きだそうとしたその時。

王宮からシアと数人の騎士がこちら目指して走って来て、私たちの進路に立ちはだかった。

そのまま彼は隊列の先頭にいた騎士に何やら短く話し掛け、ゆっくりと私たちが乗る馬車の方へ歩いて来た。その表情はいつもより堅い。

私と王女はわけがわからず、顔を見合わせた。

シアは素早く馬車の窓を数回ノックすると、外から扉を開けた。どうしたのか、と私が口を開く前に彼は話し出した。


「残念ですが今日の旅行は中止です。お二人共、馬車から降りて王宮内にお戻りを。」

「どういう事ですか?」


シアの強張った表情と声色から、何か只事ならぬ事態が起きたのでは、と焦らされる。

彼は下からその黒い瞳を私に向けたまま答えた。


「イリリア王国軍の一部が、デメル地方に再び集結しているのだよ。」

「どうして……。だって今、講和会議の途中なんですよね?」

「真意は不明だ。それが明らかになるまで、我らの手の内でつつがなく過ごして貰おう。」










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ