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【書籍化】王宮の至宝と人質な私  作者: 岡達 英茉
第1章 わたしの弟
6/72

1ー6

教会の学校で子どもたちに勉強を教えるのは、なかなか重労働だ。

可愛くも憎たらしい子どもたちは、常に教師を困らせようと粗い計画を立て、漏らさず実行してくれる。

それに基本的に立ちっぱなしで教鞭をとるので、仕事が終わる夕方には毎日心身共に疲れていた。


今晩の夕食は何だろう。

母さんは今頃台所に立っているんだろうな。明日は休日だ。今夜はのんびり過ごそう。

仕事の帰り道、そんな事を考えながら我が家の前まで辿り着くと、家の前に一台の馬車がとまっていた。

姉さんが来てるんだ!

私は急いで家に飛び込んだ。


姉のマーニーは三年前に、隣村の地主の長男に嫁いでいた。たまにこうして実家に遊びに来てくれるのが、母娘二人暮らしの母さんと私には堪らなく嬉しかった。


「お仕事お疲れ様!」


姉さんは珍しく居間で寛いでいた。

いつもは台所で家事を手伝うのに、珍しい。

それに日頃オシャレに余念がない姉さんにしては、少しだらしなく見える服を着ていた。

どうしたのだろう。

結婚して三年も経つと、やはり身だしなみには気を使わなくなるのだろうか。オシャレが無駄な労力にしか思えなくなる時がくるものなのかもしれない。

未婚の私には未知の世界だった。


母さんと三人で食卓につくと、姉さんは軽く咳払いをしてから聞いてきた。


「ねえ、セーラ。そろそろ新しい恋人は出来たの?」


美人で既婚の姉にこれを聞かれるのは結構切ないものがある。

私は二年前に付き合っていた男性と別れてから、長く交際相手がいなかった。

けれどおかしな見栄を張っても仕方が無い。

私が潔く首を横に振ると、姉さんは苦笑した。


「セーラももうすぐ25歳になっちゃうんだから。村の女の子はほとんどがハタチになったら結婚しているんだから、もう少し焦らなきゃ。」


焦っている。

これでも朝から晩まで焦りを感じている。

いや、夢の中でも焦っているから、休まる間なくちゃんと焦っている。

もう、どこの誰でも構わないから、私を目に留めてくれないかと、道端にハンカチを無意味にわざと落としたりもしている。拾い主と恋に落ちる展開を妄想しながら。

だがハンカチをいくら落としても、幸運だけは落ちていなかった。

刻々と平均初婚年齢を過ぎていく焦りのあまり、たまに村の前を走る馬車の前に飛び込もうかと本気で考える事もある。罪悪感から被害者に対して愛情を抱いてくれる可能性があるからだ。出会いが無ければ無理やり作るしかない。

ただし、一歩間違えればあの世行きになりかねない手段なので、まだ実行してみた事はなかった。勿論、手頃そうな馬車が通りはしないかと、道端で目を光らせていた事はある。

内気で気の弱い私には、果敢に飛び出す勇気がなかった。


「私も何とかしなきゃとは思っているよ。」

「そう?早く姉さんを安心させて。半年後にはセーラも叔母さんになっちゃうんだから。」


姉さんはそういいながらお腹に手を当て、微笑した。

叔母さん……?

私は言われた事が直ぐには理解出来なかった。

理解すると、あっと叫んだ

母さんが姉さんに代わって実に嬉しそうに報告してくれた。


「マーニーに赤ちゃんが出来たのよ。」


直ぐには信じられなかった。

というより実感がまるで湧かなかった。だが私はジワジワとこみ上げる喜びを感じながら、姉さんの肩を抱き締めた。


「おめでとう、姉さん!」


ありがとう、と言い返す姉さんの表情はほんの少しの照れも含んでいた。

私は新しい家族の誕生をとても嬉しく感じたが、何より、母さんが心底喜んでいるのを見るのが一番嬉しかった。

アルと父さんが姿を消してから、十年が経っていた。何が起きたのかすら理解出来ぬまま、家族を殆ど同時に二人も喪失した我が家は、長く覚めない悪夢の中を彷徨っていた。残されたホルガー家の中は、言葉すらでないほどの沈痛な暗澹とした空気が長らく支配していた。

とりわけ田舎の生活は男手が不可欠なので、それを失った私達のそれからの生活は本当に困難を極めた。

ただし経済面では困窮する事は無かった。

アルを追いかけたきり、忽然と消えてしまった父さんは、元々たいした稼ぎ手ではなかったからだ。

寧ろ父さんが行方不明になってから、なぜかうちには多額のお金が定期的に送られてくる様になった。初めは父さんが送ったのかと思ったが、余りに大金な上に毎月届くので、流石にそんな事を父さんができるはずがない、と私達は不気味に感じたものだった。

だが切羽詰まれば、正体不明なお金でも手元にあれば手を出してしまうのが人というもの。いつしか私達はそのお金で生計を立てる様になっていた。

お陰で私は一応満足な教育を受け、教師の仕事についているし、姉は近隣では有名な地主の長男に嫁いだ。伯母の長年に渡る援助も少なくなかったが、やはりそれだけではやっていけなかった。

家族を二人も唐突に失い、女手一つで私と姉さんを育てた母さんの苦労は相当なものだったろう。

しかし今、孫の顔が見られる喜びで、ホルガー家は久々に明るい雰囲気に包まれていた。


食後、食器を洗っていると姉さんが私に声をかけてきた。


「ねえセーラ。……もしかして、まだアルの事が忘れられないの?」


ギクリとした。

私はアルの話題を出されるのが嫌いだった。いつまでも癒えない傷をこじ開けられる様な痛みがあった。


「セーラはアルと仲が良かったもんね。……でも、もうそろそろ忘れて良い人を本気で探さなきゃ。」


またその話か……!

些か食傷気味になりつつも、姉さんが本気で私を心配してくれているのは知っているので、嫌な顔は出来ない。


「あのね、うちの村で教師をやっているアンリっていう素敵な男性がいるの。……会ってみる気はない?」


姉さん。

そんな良い話があったなら、もっと早くしてよ。私の小さな胸は期待に膨らんだ。


「どうしようかな……。」


少しは悩んでみせないと、がっついていると思われても良くない。一応私は小首を傾げて、考えているフリをしてみせた。


「何悩んでるのよ。そんな余裕ある歳じゃないでしょ。もっとがっつきなさい。」


正面きってもっともな事を言われてしまい、私は傾けていた首を元に戻した。

姉妹間に下手な小芝居は不要か。


「わ、分かってるよ。じゃあアンリさんに会わせて。」

「じゃあ、明日また来るから、その時にアンリも連れてくるわね!爽やかなとても良い人なのよ。」


持つべきものは、金持ちに嫁いだ社交的な姉だ。姉は結婚して三年の間に、近隣の村の上流階級の中で広い人脈を築き上げていた。

ヨーデル村の貧困層である我が家にとって、村の地主に嫁ぐというのは、夢みたいな玉の輿だった。

かつて、行方不明になる前、父さんはうちが貴族だと主張していたが、何もかも失った今、そんな矜恃はとうに持ち合わせていない。


二年振りに私にも春がくるかもしれない!

私はまだ見ぬアンリに、速くも勝手に運命を感じ始めていた。

姉は食後のお茶を一緒に飲み、ひとときの団欒を楽しんだ後、住んでいる家に帰るべく、私と母さんに別れを告げた。


「良い?明日のお昼にアンリ=グリーンさんを連れて来るから、ちゃんとお化粧しておきなさいよ。二人で湖にでも行ってくるといいわ!」


別れ際、姉さんはデートコースの提案までしてくれた。

グリーンさんというのか………。

セーラ=グリーン。

なかなか良い響きだ。私は自分が近い将来、もしかしたらセーラ=グリーンになるかもしれないという、心地良い空想に暫くひたっていた。

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