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6ー5

私はシアが話す内容に横から逐一補足を付けたり、注釈を入れたりしたので、終いにはとうとう柔和が売りのシアすら不快そうな表情を露わにしていた。だが、いくら迷惑そうにされても、キースの命がかかっているのだ。貝になっているわけにはいかない。

シアの話に区切りがつくと、私はイリリアでの夜会の夜にキースが犯した殺人についても話した。彼が自分の正体をイリリア側に露見させまい、ともがいた事を知って欲しかったからだ。

私とシアの報告合戦が終わると、レスター王は長い事景色を見つめていた。

私は徐々に不安を覚え始めた。思い返せば、キースから話を聞き出せば彼の処遇について一考しても良い、とは言われたが、レスター王はキースを助けるとは一度も言わなかったではないか。

マズイ。私の早とちりだっただろうか。


「陛下………。」

「セーラにイリリアの王宮は似合わない。あそこは堅苦しく華やかで、虚飾に塗り固められて肩肘を張って生きていかなければならない。」


なぜそんな話になるのか心の中で首を捻りつつも、私はレスター王に同調した。特段あの魑魅魍魎蠢く王宮に住み着きたいとは思っていない。向こうもお断りだろう。


「あの、キースは…」

「………あれは有能だが闇の左手には向いていない事は良く分かった。」


あれ、とはキースの事だろう。レスター王の表情が曇り出している。

風向きがヤバい気がする。闇の手足ならば本来、瀕死のイライアスなど放置して帰国すべきだったのだろう。イライアスのもとを離れなかったキースを許す気はやはり無いのだろうか?

何か足しになる事を言わなければ。何でも良いから………!


「ア、アルは私が助かったのが嬉しく無いの!?キースがいなければ、だって、ここでペチャクチャ喋っている私もいなかったんだよ!」


レスター王の淡い目が少し驚いた様に景色から私へと動いた。

ここぞとばかりに更にもう一押しをする。


「私が大事だとか言っていた割に、全く気持ちが伝わらないよ!」


キース一人ぐらい、戦争に勝ったんだから助けてくれたって良いじゃないか。するとレスター王の右手が私の腰にまわされ、急に彼に引き寄せられた。その勢いのままその悩ましい秀麗な顔が近づき、唇が私の唇にぶつかる。

違う、違う、こういう事を望んでの発言じゃないんだけど………!!ちょっとちょっと!

レスター王は次第についばむ様に私の唇を食み始めた。

流石におとなしくしていられず、胸を押し返そうと腕を突っ張ったが、硬い胸板はビクともしない。

ううっ、力の差が恨めしい……。

かわりに口の中に舌が滑りこんできて、息ばかりか心臓が止まりそうになった。

嘘っ、こんなキス、どこで覚えたの!?

もうアルは別れた時のあの15歳の彼ではないのに、咄嗟にそんな事を思った。

落ち着け私。前にもアルとキスした事があるじゃないーーーそう言い聞かせるには到底無理がある、子どもの時分のキスとはまるで違う、熱く濃厚なキス。いつの間にか頭を抑えられ、私は全く抵抗が出来なかった。そもそも馬上だから逃げ場が無いのだ。

口内を暖かい舌が動き回り、それは歯が触れ合う程に深く押し付けられ、次第に呼吸さえも奪い去ってしまう程の激しいものへと変わった。

混乱して彷徨わせる私の視界の端に、シアの姿が映る。

まだいたのか。

こんな惨事を至近距離で観察されているのがいたたまれない。

あのヨーデル村での子どもの頃、普通は弟と何歳までキスをするものなのか、などと呑気に思案した私が、跡形無く吹いて飛ばされていく気がした。漸く解放された時、私たちはお互い息が上がっていた。真近で十年振りに見る淡過ぎる程に淡い青い瞳は、あの頃とは違い、はっきりと私を困らせる感情を映し出していた。再びレスター王の顔が近づいて来て、私は首を振った。


「陛下、やめましょう。こういうのは、良くありません!」

「なぜ。」

「なぜって、何で!……だってこういうのは、恋人同士専用でしょ!それに、あなた弟だし。王様だし。」

「弟じゃない。確かにそうだね、私は王だ。ここは私の国なんだから、こんな事で文句は言わせないよ。」


そんな横暴な。

あまりに開き直った態度に、目を剥くしかない。

私の後をついて回っていた幼いアルが、遠過ぎてもう見えない。…………いつかのアンリ=グリーンみたいに。いや、アンリ=グリーンこそが遠過ぎて、最早何が何だか分からない。

今更彼の名を掘り起こしている自分の迷走ぶりが、困惑の程を露呈している。


「陛下。ここは衆目がございます。夜までお待ち下さいませ。」


見兼ねた様にシアがやっと横槍を入れてくれ、レスター王は私に回していた手を離した。

助かった。ありがたい事だ。もう少しタイミングが早ければもっと感謝したところだ。

………だけど、夜まで待てって、なんだ。夜には何かが解禁になるみたいな言い回しは誤解の元だからやめてくれないか。


「セーラ。私が悪人だと思う?」

「思いません。……キースも何の罪もない人の命を奪っています。これは、私の自分勝手な汚れた正義ですから。」

「そうだね。」


あっさりと肯定するとレスター王は難しい顔をして再び街並みに目を戻した。

汚い正義………。

何故かイライアスを思い出した。彼にとっての五年前の事件もまさにそうだったのではないだろうか。

そう思っていると、レスター王が口を開いた。


「シア。闇の左手を手厚く介抱してやれ。」


私はパッと顔をあげ、レスター王を見た。


「じゃあ、キースを…」

「これは助けるという宣言ではないよ。だがイリリアの話を知る貴重な男を斬り捨てるのは、勿体無い。そう思うからだ。」


思わず笑みがこぼれた。

釣られたのか、レスター王も綻ぶ様に微笑み、私たち二人は意味不明に笑みを交わして見つめ合っていた。






ガルシアの王宮に戻ると、女官たちが控え室に使っている部屋でちょっとした騒ぎが起きていた。その奥にある食堂で夕食を取り始めていたメリディアン王女のもとに向かいながら、私は横目で遠巻きに女官たちを眺めた。

十人ほどの若い女官たちが集い、二派に分かれて言い争いをしている様だった。躾の行き届いた女官であっても、やはり十代の女の子がこれだけ集まれば、言い争いの一つや二つ起こるものなのだろう。流石若いだけあって、争いに熱中しているのか、私が近くにいる事に気づかない様子で、互いに睨み合う彼女たちが口走る中に、メリディアン王女の名があった。

どうやら私たちについて揉めているらしい。

咄嗟に柱の陰に身を潜ませて盗み聞きしてしまう。


「敗戦国であるイリリアの王女などに、そこまで親切にしてやる事はないわ。お前たち、売国奴よ。」


鋭い口調で際どい内容を言ったのは、あの睫毛女官だった。

出会った当初から、親しみは感じられなかったが、そこまでイリリア人を恨んでいるとは思わなかった。


「でもメリディアン王女様はイリリアの王族なのに、お高く気取って無いし、気さくに話して下さる感じの良い方だわ。」

「もう懐柔されたの?馬鹿ね。」


ガルシアの人々は私たちを厚遇してくれてはいたが、やはり長年の敵国であったイリリア人にはどうしても思う事があるのだろう。表面上親切な女官が多かったが、数歩下がって打ち解けてはくれないよそよそしさは拭えない気がしていたが、それは私の気のせいではなかったらしい。

立ち聞きした事を後悔してももう遅い。

少し小太りの女官が諌める様に口を開いた。


「メリディアン王女様はレスター様の恩人である、セーラ様をイリリア軍から逃がして下さったお方よ?毛嫌いするのは筋が違うわ。」


すると睫毛女官が顔を赤くして噛み付いた。


「何言ってるのよ!セーラ様の方こそ、何をお考えなのか疑わしいものだわ。イリリアの宮廷騎士団長の妻なのよ?本当はイリリアの闇の手足なのかも知れないわ!」


浴びせられる疑惑と敵意に、身体が冷えていく気がした。私はシアに疑われてはいたが、まさか女官にも不審人物のレッテルを貼られていたとは………。

女官たちはざわつき、動揺しだした。睫毛女官は自分が皆に与えた動揺に満足した風情で、腕を組んでドヤ顔を披露していた。

ところが風向きが急に変わった。小太りの女官が口の端を意地悪く上げ、睫毛女官に言い返してたのだ。


「キアったらお前、セーラ様にレスター様が奪われるかも知れないからって、逆恨みしているんでしょう?」

「違うわよ!そんなんじゃない!あの赤毛ーーー、セーラ様は絶対レスター様の寝首をかきに来たイリリアの闇の右手よ!」


あまりの誤解にこちらの頭が真っ白になった。

寝首?どこからそうなるんだ。しかも、右手と決めつけられている動機が不明過ぎる。

だいたいイリリアには闇のなんちゃらなんて名称の間諜は、存在しないと思う。私は少なくとも知らない。


「赤毛って言った!?許されないわよ!キア、お前シア様の妹だからって、デカい顔し過ぎよ!」

「顔が大きいのはあんたでしょ!」


呆れるほど次元の低い応酬が起き、睫毛女官と小太り女官の間で遂に掴み合いが始まった。周囲の女官たちは慌てて二人に割って入り、互いを引き離して宥め始めた。

いつまでも柱の陰に隠れているのも情けない。放置すればあらぬ疑惑が余計に膨張しかねない。

私は意を決して女官たちの前に出て行った。

私の登場に気づいた女官たちはハッと息を飲んでから、水を打ったように静まり返った。

多くの女官たちは気まずそうに目を逸らしながら膝を曲げて私に挨拶をしたが、睫毛女官と小太り女官は真っ直ぐに私を見ていた。

………何て言おう。

どうしたら誤解を解けるのだろうか?

思いつくのは何故か単純な言葉だけであった。


「不愉快な思いをさせてごめんなさいね。でも、私は貴方たちが疑っている様な人間ではありませんから、安心して下さい。」


女官たちはただ黙っていた。

だが暫くすると、一人の女官が一念発起した様に顔を上げた。


「あのう、セーラ様はイリリアの宮廷騎士団長と強制結婚させられたというのは本当ですか?愛人を沢山囲う女泣かせの方で、挙句に人質として前線に連れ出されたとも聞いています。」

「そ、そうですね。確かにそうですけど…。」


言われた内容は事実なのだが、他者に言葉で表現されると、我が事ながら悲惨だ。

だが肯定すると、女官たちはまるで私を悲劇のヒロインでも見る様な、驚愕と憐憫と親しみが渾然一体となった目付きで見出し、口々に非礼を詫びて来た。

誤解は解けたのだろうか。だとすればうれしいが、一抹の虚しさを感じる。

睫毛女官だけは頬を膨らませてつまらなそうにしていた。


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