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5ー10

「どうして……私の名前を知っているのですか?」

「質問をしているのは私だよ。」

「………私は怪我をしたメリディアン王女様とキースを助けて欲しかっただけです。他意はありません。」


副連隊長は寝台に肩肘をつき、窺う様に私を見ていた。その目は、私を信用出来ない、と言っている気がした。


「教えて下さい。二人を助けて頂けましたか?」

「どちらも捕らえたよ。君がキースと呼ぶのは、闇の左手の事かな?」

「話せば長くなります。」


下手に隠し事をするのは却って良くない気がした。今更都合の良い方向にキースたちと口裏を合わせる訳にもいかないのだから、事実を包み隠さず述べるしか無い。善意にお縋りはしたけれど、ガルシア軍を困らせたりする意図は無かった。

私は淡々とこれまでの経緯を話した。ある日、家にイライアスが率いる騎士団がやって来たところから。

私が話している間中、副連隊長は軽く頷く事で聞いているという意思表示をしてはいたが、徹頭徹尾無表情であった。その瞳の色は、頭の中を覗かれるのを防御する為の色なのかも知れない、とふと思ってしまった。

私の壮大な伝記が終わると、彼は口を開いた。


「レスター王に、会いたいかい?」


会いたい………!

ずっとずっと会いたかったのだ。引き裂かれた時の悲しみは今でも胸の奥深くに突き刺さって覚えている。

だが目の前の黒い瞳は、私を品定めする様に見ていた。この人は私を試しているのだろう。迂闊な返答をしてはいけない。

私は言葉を選びながら慎重に答えた。


「アルには会いたいとずっと思っていました。けれど私はレスター王に会いに来たわけではありません。」


副連隊長の瞳が微かに細められた。


「………失われていた闇の左手に、敵国の王女か。おまけに君は我が軍にとっては軛とも言える存在だった。君は天からの贈り物か、毒薬か。それが問題だ。」

「毒自身に罪はありません。使う人間の方に問題があるのです。」


だいたい私は毒なんかじゃないし。

副連隊長が初めて声を出して笑った。

一旦それを収めると彼は肘を寝台から退けて佇まいを正した。


「失礼をしたね。余りにタイミングが出来すぎていて、正直新手の刺客かと思ったよ。君に何か着る物を持って来よう。私の事はシアと呼んでくれ。これでも陛下の一の側近を自負している。」

「ありがとうございます。色々お世話になって、すみません。………副連隊長さんですよね?」

「シアで良いよ。」


そのまま立ち上がり、去りかけるシアに私は慌てて王女たちに会わせて貰えないかを尋ねた。すると彼は苦笑した。


「君たちはお互いが余程大事なんだね。心配いらないよ。王女様は丁重にもてなしているからね。」


キースは……?

疑問が湧いたが、敢えて聞かなかった。






ほどなく天幕の出入り口に掛けられている、扉代わりの分厚い布が捲られる音がした。シアが服を調達して来てくれたのだろうか。

うつ伏せの姿勢なので首が痛い。顔をしかめながら出入り口の方に顔を向ける。

入って来た人物が私の視界に飛び込むなり、心臓が跳ねた。滑る様な足取りで寝台の近くへやって来たのは、レスター王だった。

天幕を打つ雨粒の音は激しさを増していて、雨が本降りになっている事を窺わせた。レスター王の服も所々濡れていた。


「セーラ。服を持って来たよ。」

「………あ、ありがとう。」

「ガルシア式の服だよ。もっと良い物を着せてあげたかったけど、これくらいしか無かった。」

「貸してもらえるだけで有難いよ。」


私たちは驚くほどごく普通に会話をしていた。表面的には二人の間に流れた空白の年月など、存在しなかったかの様に。

何とか寝台に起き上がろうとすると、レスター王は手を貸してくれた。


「痛む?………私のせいで、すまない。」

「ねえ、私が私だって事に直ぐ気が付いた?さっきは反応が無かったから、忘れられたのかと思ったよ。」

「忘れるはずがないじゃないか。凄く驚いたよ。自分の目がおかしくなったのかと思うほどにね。でも、時期と場所が悪くて。何かの罠かと疑った。セーラに良く似た他人かと………。あんな態度取ったりして、ごめん。」


彼には今、立場と責任というものがあるのだ。多くの兵たちの前で軽々しい行動は取れないのだろう。


「会いたかったよ、セーラ。」


レスター王はそう言うなり私を抱き締めた。首と腰に腕が回され、背中の傷には触れない気遣いがされてはいたが、身体を動かされて傷が引きつり、少し痛かった。

けれど身体が触れ合うと、様々な感情ーーーとりわけアルに対して抱いていた愛情が溢れて押し寄せ、懐かしさに涙が込み上げた。


「セーラ。本当にセーラだ。」

「うん。アル………。私、ごめん。」


ずっとアルに謝りたかった。


「どうして謝るの?」

「あの日、アルを守れなくてごめんなさい。何も知らなくてごめんなさい。」

「………私がガルシア人だって知って、驚いた?」


思わず言葉を失った。

アルがいなくなってから、いろんな事があった。会ったらたくさん報告したい話や、聞きたい事があった気がするのに、いざ顔を合わせると、何も出てこなかった。


「アルは………知っていたんだよね?私たち家族に敢えて言わなかったんだよね?」

「うん。そのせいでセーラはイリリア軍に酷い目に合わされたんだ。父さんも………。さっきシアからだいたいの話は聞いたよ。もう、何も心配しなくて良いよ。今度は私がセーラを守るからね。」


レスター王は私から身体を離し、髪に触れて来た。

一転して急に凄味のある声で彼は言った。


「フィリップ王子。この借りは必ず返させて貰う。流石卑怯な手に慣れている。セーラがイリリア軍の中にいないとなれば、矢をいくらでも使えるし、気兼ねなく攻められる。必ずイライアスの首を取って来るからね。」

「えっ………。」


心臓にまるで冷水を掛けられた思いがした。

ざわざわと嫌な予感がする。


「アル。私、イライアスと…」

「それも聞いた。無理やり結婚させられた、と。」

「そうだけど。形だけの結婚だけど。でも良くしてもらったし………。」


本当に?

フィオナと同じく、私は騙されていたんじゃないだろうか。イライアスが本当は何を考えていたのか、分からない。キースに私を託した真意を知りたい。

彼が実際にはどんな人間だったのか、私には自信が無かった。

視線を戻すと、私をひたと見つめる淡い青色とぶつかった。


「まさかイライアスに惹かれた………?本当は形だけじゃなくなっていた、とか?」


何を聞くんだ、と焦りながら首を横に振った。

イライアスは私と常に一定の距離を置こうとしていた。


「イライアス。良くも悪くも、忘れられない男だ。剣の腕は抜群だったね。でもあれから随分鍛えたんだよ。この手で、討ち取りたいものだ。」


やめて。喧嘩は良くないよ。そう言おうとして引っ込めた。喧嘩どころか、戦争をしているんじゃないか。

私はアホか。

ふと気が付くとレスター王は私の剥き出しの肩に視線を落としていた。なんて事だ。懐かしさにかまけて、あられもない格好を披露していた。


「服を着替えるね。」

「手伝うよ。その怪我では無理だ。」

「ええっ!?いいよ。王様に服を着るのを手伝って貰うなんて、おそれ多いから……!」


すると彼は声を上げて笑った。


「さっきから、全然王様に対する態度じゃないけど。」

「えっ、ごめん!……じゃなくて、申し訳ありません!」


そうだった。つい昔と同じ話し方をしてしまったけど、分をわきまえるべきだった。

もう身分が全然違うのだから。自分の中に甘えがあったのだ。同じだとか、変わり無いなんて思ってはいけなかった。

冷や汗をかきながら急いで寝台から降りて彼より低い位置に膝をつこうと、動いた。


「痛い癖に、何してるんだよ。」


呆れた声と共に、レスター王は私の腕を抑え、そのまま寝台に座らされた。


「相変わらず流されやすいんだね。動揺し過ぎ。」


流されやすい………?!

そういう問題じゃないと思うけど。


「それで、流されたの?イライアスに。私の闇の左手まで心変わりさせた男だからね。」


その名が再び登場して、気まずさを感じた。


「キースはどうなるの?」

「裏切者の闇の手に命は無い。」

「殺したの!?」

「まだだよ。命乞いをしたいの?」


私は大仰に頷いた。当たり前だ。彼がいなければ私は楽しくもない盾とやらをやらされていたのだから。背中を多少切られる方が大分マシだ。

レスター王の目が不意に挑発的な色を帯びた。


「優れた人間の心を掴む者が最も優れているという。では私は負けたのか。」

「えっ……今なんて?」

「何でも無い。あまり時間が無いんだ。これでも忙しくてね。……今度母さんたちの話をゆっくり聞かせて。もう行くよ。」


そう言うとレスター王は私に頭から服を被せた。



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