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【書籍化】王宮の至宝と人質な私  作者: 岡達 英茉
第4章 彼等の言い分
32/72

4ー3

天空宮は立地の恩恵が多く、過ごしやすい。

開け放したテラスからは夕暮れ時を過ぎると、冷気を帯びた心地良い風が吹き込む。

王宮の中でも最も多くの人間を収容できる大広間は、その煌びやかなシャンデリアを霞ませるほどの着飾った男女で溢れていた。まばゆい七色の光を放つ貴族たちを彩る宝石の輝きと、彼等を包む香水の入り混じった複雑な香り。

近年例に無い豪勢な夜会がいよいよ始まった。


朝から私とイリスはメリディアン王女の準備に大忙しだった。いまだ質素に拘る王女を、最後はイリスと半ば押しきる形で着替えさせ、仕上がりを褒めそやして機嫌をどうにかとりもった。

大広間に入ると余りの人の多さに唖然とした。地方の貴族に至るまで今回は招待状が出されていて、集まった貴族たちで大広間は熱気に満ち、それは開け放されたバルコニーの外の庭園まで続いていた。

豪奢な衣装に身を包んだ貴族たちのお喋りと、楽隊の演奏、それに酒の入ったグラスの音が入り混じり、私は慣れない貴族の絢爛な場に圧倒された。

大広間の壁にはたくさんの鏡が飾られていて、それは大広間を更に広く見せていた。

大広間の奥には国王夫妻とフィリップ王子、そして彼の妃の為の席が設けられており、そこには次々に列をなして貴族たちが挨拶に来ていた。私はこの国の国王をこの時初めて目にしたのだった。フィリップ王子をもっと太らせて、いかつくした様な容姿をしていた。

来場して直ぐにメリディアン王女が国王夫妻に話しに行くと、一度国王と私の目が合い、その目が一瞬すがめられた。気のせいだろうか。この私がレスター王の姉だと知っているのだろう、と漠然と感じた。

来場者たちの挨拶が一段落すると、国王は杯を手に掲げて立ち上がった。ざわめきに溢れていた大広間は一瞬にして静まりかえる。万人の注目が国王ただ一人に集められる。国王は張りのある良く響く声で宣言した。


「一夜の夢は儚くうつろい易い。だが今宵一晩、ここに集いしイリリアの固い絆は永遠の繁栄を導くだろう。」


それを合図に、国王やイリリアを讃える声がそこかしこから上がり、生き返った様に大広間にざわめきが戻る。一同は手にしていたグラスを持ち上げて、一気に飲み干した。その様にして夜会は始まったのだ。

私は夜会などと言う場は初めてだったので、かなり戸惑いながら王女のそばに居た。楽隊の演奏の近くではたくさんの男女のペアがダンスをしており、規則正しく舞う彼等の動きは見ていて飽きなかった。特に貴婦人のドレスが舞う度に美しく揺れ、ビーズが光り輝き、繊細なレースがはためく様子は見ているだけでうっとりとする。

ダンスから少し離れた場所ではグラスを手にした人々がめいめい集い、社交に余念がなかった。


「わたくし、たまに思うのよ。本当にあの家族の一員なのかしらって。」


王女が国王一家をその細い顎で指しながら言った。

クラッカーの上に燻製肉や果物を乗せたつまみを銀の盆に乗せて通りがかった給仕を止め、その盆の上から次々に口に放り込んでいる。若い給仕の困惑顔が痛々しい。


「だってわたくし、全然似ていないでしょう?お父様たちに。」


壇上の国王一家は美丈夫な面々だった。

私は苦笑しながら給仕を遠ざけた。


「身内の事ながら、皆腹の中が全然読めないのよ。お兄様の性格は特に理解し難いわ。」


しまった。外見では無く中身の話だったらしい。頓珍漢な相槌を打たなくて良かった。


「お兄様は女性に兎に角良くお声を掛けるけれど、実際は誰にも愛情を抱いていないのよ。だけど自分だけは特別なのかも、と思い込んでしまう女性が多いのが気の毒だわ。惑わされてはだめよ、お綺麗な顔をしているけれど、昔から目的の為には手段を厭わないんだから。」

「わかります。失礼ですけど。」


ついでに言えば変態だということも知っている。

すると王女が私を肘で唐突に小突いた。


「ねえ、お前レイモンドお兄様と知り合いなの?」


なぜそんな事を聞くのか、とギクリと視線を彷徨わせると、歓談する貴人たちの人垣を越えた先に、水色の衣装に身を包んだレイモンド王子がいるのが目に飛び込んできた。彼は真っ直ぐにこちらを見つめていた。

レイモンド王子は片手にグラスを持ち、柱に寄りかかる様にして足を組んで立っていた。私と目が合うと彼はグラスを少し持ち上げ、その唇に寄せて中身をグイッと飲み干し、残る片手を私に向けて上げると指先をふわりとあおいだ。


「ね、ねえ。セーラ。今お前に手招きしなかった?」


私の勘違いだと思いたかったが、王女にもそう見えたらしい。恐る恐るレイモンド王子を眺めていると、私は再び手招きされた。

思わず足が一歩出かけて従いそうになってしまったが、直ぐに思い直した。いけない。あの王子と関わって私の得になる事は何一つ無いのだ。

私は軽く会釈だけすると後は気がつかなかったフリをした。


「わたくし、あのお兄様は大嫌いよ。ジマーマン家はフィリップお兄様を昔暗殺しようとしたんだから。」


言葉の端々に怒りを少し含ませてそう語る王女に、私は意外なものを見た気がした。フィリップ王子の事を、理解し難いと言いつつも、やはり唯一の同母兄として慕っているらしい。


「分かるでしょ?フィリップお兄様がいなくなったら、ただでさえ微妙なわたくしの立場が更に微妙になるじゃないの。それだけはごめんだわ。」

「………王女様は、ちゃっかり…じゃなくてしっかりされてますね。」


二人の間に兄妹愛を髪の毛一本分だけでも期待した私が馬鹿だった。


私はメリディアン王女と基本的には一緒にいたが、王女もあちらこちらに呼ばれたり、私が入らない方が良さそうな会話が始まったりすることもあり、そういう時は少し離れて一人で賑やかな大広間を練り歩いた。華やかな舞台は私を飽きさせず、貴婦人たちの豪奢な装いは眺めているだけでも楽しめた。

最初は語り合う人々で賑わっていた大広間の中は、日が完全に落ち庭園が暗くなり、宴が進むにつれて次第にダンスを楽しむ男女で溢れるようになった。楽隊の奏でる曲は一曲一曲が雰囲気の違うもので、曲調に合わせて招待客らはダンスを巧みに変えていた。

私もせっかく覚えたダンスなのだから、少しは踊ってみたい……軽やかな音楽を聞いているうちに、そう思い始めた。

くるくると舞う楽しげな集団の方へと自然と足が近づいて行く。

そんな矢先に私は声を掛けられた。


「ダンスのお相手をお願いできるかな。」


私にもダンスのお誘いが……!?驚きと期待でニヤけてしまいそうになる表情筋をどうにか抑えながら振り返ると、胸に手を当て私に対して膝を軽く折ってお辞儀をしているのはレイモンド王子であった。何故よりによって彼が……!

あまり歓迎したくないダンスの申し出に、引きつる笑いを浮かべてしまう。どうしよう。どうすべきか。踊りたいが踊りたくない。いやそれより、こういう場合断る事など礼儀作法として許されるのだろうか。ダンスに誘われると予想していなかったので、対処法を誰にも確認していなかった。

私は観念すると震える手を、差し出されていたレイモンド王子の手にそっと乗せた。チャチャっと踊って済ませてしまおう。彼は私の手を優しく握るとそのまま人々の隙間を縫う様にして進み、ダンスに興じる人々の真ん中近くまで私を引っ張って行った。ようやくそこまで来ると、レイモンド王子の手が私の腰に回され、私たちのダンスが始まった。

弦楽器の重厚な音楽。

少し遅めの音符の展開。

初めての夜会での初めてのダンスに緊張しつつ、そして動きを間違えてレイモンド王子の足を踏んだり、自分が、そしてイライアスが恥をかいたりしない様に、最新の注意を払って足を動かし、曲がりそうになる背筋をピンと張った。気を抜くと記憶が飛んで間違えてしまうかもしれない。

それにしても………レイモンド王子は随分と身体を寄せて来る気がする。ダンスってこんなに他人同士の異性が身体を密着させるものなのだろうか。慣れないダンスに私は緊張させられた。

一応他のカップルの距離をチラチラと見て確かめてみると、やはり私たちがくっつき過ぎている様な気がした。ひとさまから妙な誤解を受けたら困るじゃないか。

ようやく曲が終わろうとしていた。

これでダンスが終わる、と安堵したのも束の間、予想に反してレイモンド王子は私を解放してくれなかった。

困って見上げると、彼はどこか酷薄な笑みを浮かべた。


「もう一曲お付き合いを。ところで、私の話をあれから少しは考えてくれたかな?」

「話、と仰いますと。」

「私は君の味方だよ。君の夫が何を考えているのか、知りたい。何の罪も無い女性を己の野心の為に、骨の髄まで利用出来る人間……彼が本当はそんな男なのではないかと、私は思っている。恐らくあれは実に美しい仮面を被った悪魔だ。」


何故そこまでイライアスの事を悪く言うのだ。最終的にはアレ呼ばわりか。

私の顔にはきっと嫌悪が浮いていたのだろう。

レイモンド王子は屈む様にして私の耳に口を寄せて言った。僅かにその唇が私の耳に触れたのを感じ、自分の顔が火照るのが分かった。


「イライアスに伝えると良い。レイモンド王子はお前を疑っている、と。」

「それは、何の話なのですか?」

「彼にはこれで必ずや伝わる。私は彼が嫌いなんだよ。それに君の様な王都に来たばかりの純粋無垢な女性には彼の犠牲になって欲しく無い。冷酷無慈悲な男を信用してはいけないよ。」





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