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【書籍化】王宮の至宝と人質な私  作者: 岡達 英茉
第3章 王宮勤め
27/72

3ー10

「開けて!!冗談はやめて開けて下さい!誰なの!?」


ドアノブを両手で握り締めて、力任せにガチャガチャと回す。甲高い笑い声が漏れ聞こえる木の扉を、拳を作り力一杯叩いた。

だが何者かが砂利道を踏む小石の擦れる足音は次第に遠ざかり、扉の向こうからは何の音もしなくなった。

おいて行かれたのだろうか……?

靴を二つとも脱いでから、助走を付けて扉に体当たりをしてみることにした。扉に身体が衝突した瞬間、跳ね返るみたいな反動が押し寄せ、私は再び床に転んだ。私はすっ飛んだのに扉はビクともしていなかった。

必死で辺りを見渡すと、小屋の天井近くには明かり取りの為に窓が四方に付けられていた。しかし、位置が高過ぎる。

となれば、出口は扉しかない。


「助けて!誰か!」


声を張り上げて壁や扉を叩いた。

農作業をする下働きの人間が誰か通るかも知れない。そう希望を持って、何度も、何度も叫んだ。

ーーーー外からは何の物音もせず、周囲には人っ子一人いない様だった。

どれだけ声を上げ続けたか分からない。叫び続けて頭が痛くなり始め、喉も枯れてきてしまった。

私は縋り付いていた壁から離れ、小屋の中を見た。

薄暗い小屋の中は、物が溢れていて雑然としてはいたが、掃除は良くされているらしく、汚くはない。これだけは救いだった。

部屋の真ん中に置いてある大きな台車をよける様にして進み、大小様々な鎌や鍬が立て掛けられた横に置いてある、小さな丸椅子に座った。丸椅子は使い古されているのか、ガタガタと前後に揺れ、座り心地が悪かった。脚の長さが揃わなくなっているのだろう。

この鎌や鍬を駆使すれば、倉庫の扉を壊せるかも知れない。だが流石にそれは最終手段だ。


「大丈夫。イリスが捜しにきてくれるはずだもん。」


自分を落ち着かせようと声に出して言った。

私は気がつくと自分の両腕を手の平で摩っていた。ーーーなんだか寒い。

長い事小屋の中でじっとしていると、徐々に冷えを感じる様になってきてしまったのだ。外は天気が良いのに………。気温自体は低いので、日光が無い上に動いていないと、寒かった。


どうして私がこんな目に………。

そう考え出すと、切なくて堪らなくなった。

名前も知らない女性から、こんな意地悪をなぜされなくてはいけないのだ。私が彼女たちに一体何をしたというの。田舎者、と罵られた冷たい口調を思い出し、悲しくなる。

ジワジワと目頭が熱くなり、ただでさえ悪い視界が更にボヤけ、熱いものが頬を伝う。泣いたっていい。どうせ誰も見ていないんだから。

涙は暖かかったが、顎から落ちて胸を滑る頃には冷たくなっていて、その冷たさに身を震わせた。

思わず拭い取り、胸の開き過ぎた貴族の衣装に心の中で悪態をつく。


どれくらいそうしていただろうか。外から物音がしたら、大きな声をだそう、そう考えながら耳をそば立てて壁に寄り掛かって体力を温存した。

自分の疲れた呼吸の音だけが聞こえる。

ふと小屋の隅に梯子があるのが目に入った。つられて私は高い位置にある窓を見た。

梯子を使えば、窓までいけるかもしれない。窓を開けて、飛び降りても外は土だ。たいした怪我はしないだろう。

一念発起して梯子まで歩くと、それを引きずり、窓の下に立て掛ける。梯子がズレたりしない様、地面と接する部分は重そうな台車の車輪にかけて固定した。

気合いをいれる為に、両手をパンパン、と打ってから靴を脱いで梯子を登り始めた。中ほどまで登ると、梯子が軋む様な音がして、内心焦りながらも窓を目指した。

汚れで曇ったその窓を至近距離に捉えた時、ああ、と息が漏れた。窓は予想通りに悲しいかなはめ殺しだった。どうしようか考えあぐね、一度梯子を降りた。立て掛けてある小ぶりの鍬を手にすると、再度梯子を登り始めた。窓を叩き割るしかない。私の体重で梯子が軋む不気味な音を聞きながら、最初から鍬を持って登れば良かった、と苛立った。

窓の近くまで行くと、緊張でゴクリと喉を鳴らす。

深呼吸してから、いよいよ鍬を振り上げた。まさにその時。壁全体が揺れる激しい衝撃音が突如襲い、驚愕のあまり私は足を滑らせ、鍬を取り落として必死に両手で梯子にしがみ付き、落下を免れた。何事かと混乱しながら、足をどうにか梯子に巻き付け身体を安定させる。

そこから降りようと手を一段下にかけ直すと、今度はドレスの裾を巻き込んでしまって再び足が滑り、突然両脇の下に誰かの腕が差し込まれ、私は絶叫した。そのまま間髪いれずに猛烈な力で梯子から引き摺り下ろされた。

背後に誰かがいて、私を羽交い締めにしようとしている!!

その容赦無い力と鋼の様に硬く太い腕は間違い無く男性の物だった。

何だ、この状況は?!

まさかこの上私は男に襲われているのだろうか!?誰だかわからぬ男に抱きつかれ、私は死に物狂いで暴れた。


「いやあっ!!離して!離せっ!」

「セーラ、セーラ…」


右腕を拘束する力が微かに緩み、今だと振り返りながら爪を立てた右手を思いっきり背後の男にぶつけた。

その頬を抉る確かな手応えを感じた直後、男の顔が認識出来た。


「……イライアス、さん……」


私を梯子から降ろして立たせようと苦心していたのはイライアスだった。返す返すタイミングが悪い男だ。危うく梯子から落ちるところだった。

引っ掻いてしまった右手を握り締めながら、後悔で後ずさる私を、イライアスが抱き締めた。そのまま私の耳元を彼の囁き声が掠める。


「良かった、見つかって……。無茶な事をしないで下さい。」


イライアスの腕の中はとても暖かく、私は無意識に暖を求めて彼にしがみついていた。すると私を抱き締めるイライアスの両腕に更に力が込められ、厚い胸板にキツく押し付けられた。息苦しいが、暖かい………。


「セーラ様、大丈夫ですか?」


震える女性の声がして視線を動かすと、小屋の扉が不自然に外れて枠に辛うじてぶら下がって開いている横にイリスがいた。その後ろになんとメリディアン王女までいた。良かった。いつの間にか見つかっていたらしい。

イリスさん、と私が身じろいでもイライアスの腕の力は全く緩まない。彼に抱きついていた腕をぎこちなく離すが、状況は変わらなかった。

イリスと王女の前でイライアスに抱きしめられている事が、無性に恥ずかしい……。

私の足は完全に床から離れて宙に浮いていた。身長差から、持ち上げられる格好になっていたらしい。


「イライアス様をお連れして良かったです。でなければここだと分かるまでにもっと時間が必要でした。」


イリスがそう呟くとイライアスは漸く私を解放した。視線を落とすと、イリスが手の中で鍵らしき物を弄んでいた。その瞳が惑う様に壊れた扉を一瞥する。手の中にあるのは倉庫の鍵だろうか。という事は鍵があるのにイライアスは扉を蹴破ったらしい。

それにしてもイライアスはどうしてここにいるのだろう。私は目の前のイライアスを見上げた。


「メリディアン王女様に呼ばれて、農園の下男を軽く締め上げました。王宮の侍女から、色仕掛けで倉庫周辺に半日ほど近寄らない様頼まれたと白状しました。」

「……色仕掛け…?」


意表をつかれて問い返すとイライアスは頷いた。イリスが続ける。


「セーラ様をここに閉じ込めたのは、多分第一王女様の侍女です。マーヤと言う名の。」

「あの、二人の女性だったんです。」

「でしたら……恐らくダリヤもいたのでしょう。気が強くて、他の侍女たちとも良く諍いを起こしている、躾のなっていない二人組なのです。」


私たちは倉庫の中から暖かく明るい日差しの中へと出た。見上げればイライアスの左頬に、私が彼を引っ掻いた時に出来たと思われるみみず腫れがくっきりと目立っていた。折角の美貌が台無しである。私は慌てて頭を下げた。


「助けて貰ったのに引っ掻いてごめんなさい。」


イライアスはそれには答えず、視線をつと王宮の建物の方へ流した。


「………また同じ様な事があれば、貴方を侍女としてこちらへ上げるのはやめさせます。」


言われた意味が分かると急に喜びが私の中で広がった。侍女をしなくても良い?そんな選択肢が残されていたのか。………それならいっそ一度くらいまた閉じ込められても良いかも知れない。

イライアスは私の抑えきれない笑顔に気づくと、冷静な表情のまま言った。


「フィリップ殿下の反対にあうかもしれませんが。」

「セーラはわたくしの侍女よ!お兄様は関係ないじゃないの。これはお姉様からわたくしに売られた喧嘩ですわ!」


王女は顔を赤く染めて地団太を踏んだ。

それを見たイライアスは片眉を上げた。


「王女様が私の妻の為に怒って下さるなど。なんと胸震える光景でしょう。」

「相変わらず憎まれ口を叩くわね。わ、わたくしだってのべつまくなしに侍女を首にしているわけでは無くってよ。」


ふと足に違和感を覚え、靴を見るとなんと左右を逆に履いていた。倉庫が暗い上に履きなれていない靴だったので気がつかなかったらしい。恥ずかしさでいっぱいになりながら、履きかえる。

イライアスは靴をいそいそと履き直す私に黙って手を貸してくれた。


「ねえイライアス。貴方が女性に靴を履かせるこの光景こそ、わたくしには感動的だわ。」

「何の事やら。………仕事に戻ります。御前失礼致します。」


イライアスは胸に手を当てて長い足を折り、非常に丁寧にお辞儀をした。




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