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【書籍化】王宮の至宝と人質な私  作者: 岡達 英茉
第1章 わたしの弟
2/72

1ー2

私達が王都から引っ越して来たヨーデル村は、母方の伯母が住んでおり、伯母の夫は村一番の地主だった。その為私達は格安の貸家に住み、伯母の助力で毎日学校に行く事が出来た。


新しい家の裏には、そのささやかな家には十分過ぎるほどの広さの庭があり、緑豊かなその庭には果物の木がたくさん生い茂っていた。たいして世話もしないのに、オレンジやらアンズやら、ナシやら、一家五人では食べきれないほど実をつけたものだ。


道中で私が拾って以来、新居に来てからもアルは始終私にくっ付いて回った。新しく着いた村の探検も、家の掃除も勉強も、私達は何をするのも一緒だった。


オレンジが大量に庭になる頃、姉と私とアルはカゴいっぱいにオレンジをもぎ、台所に運び入れた。

私とアルがバシャバシャとオレンジを洗い、姉がそれらをまな板の上で二つに切る。

姉のマーニーは私より二つ上だったが、赤ん坊の時からしっかりとしたデキの良い子で、殆ど親を困らせる事もなく、私と違って周囲の大人から全幅の信頼を寄せられていた。

だから包丁を握って良いのも、いつも姉だった。

私達は姉が二つにしたオレンジを次々に絞り、ジュースにした。その甘酸っぱい芳香を放つ果汁を空の瓶に詰めていくのだが、面白いほど出来ていく。そうして空の瓶が無くなったら、いつも詰めた五本ほどを近所の伯母の家に届けるのだった。


伯母は母よりかなり年上で、成人した一人息子に親離れされた寂しさを私達で埋めている人だった。遊びに行くとその巨体を押し付けて私達をかわるがわる抱きしめるのだった。それはまるで大きなクッションに挟まれる様な感覚に似ていた。


「マーニーは背が伸びたねえ。一週間見ないうちに、大人っぽくなって。」

「私もう十一歳だもの。多分そのうちお父さんより大きくなるんじゃないかな。お父さんチビだから。」

「アルは見る度綺麗になるねえ。牛乳は飲んでいるの?」

「は、はい。毎日ちゃんと飲んでいます。」


アルは拾った当初に比べればマシにはなってきてはいるものの、痩せて背が低かった。私の両親は彼の体格から年齢を独断していたが、実際の年齢を私達は知らなかった。

伯母は私を見て弾ける様に笑ってから言った。


「セーラは髪が相変わらず真っ赤だね!」

「酷い伯母さん!私だけちっとも褒めてない。」


だが私以外全員が賑やかな笑い声を上げて笑った。私の髪は父にそっくりで、びっくりするほど真っ赤で、おまけに量が多く分別なく広がるたちの悪い髪の毛だった。

嫌いなところだらけの自分の容貌の中で、一番私が許せないのがこの髪だった。


その夜、私は風呂上りに頭の周りに布を巻きつけ、髪が広がるのを未然に防ごうと試みていた。

母の料理を手伝う姉とは対照的に、夕食が出来るまでの時間私はいつも庭か居間で遊んで過ごしていた。

居間の床に大きな紙を広げ、絵を描いて遊んでいると、アルが声を掛けてきた。


「それ、どうして頭に巻いているの?」


指摘されてムッとした私は彼の質問を無視した。するとアルはトコトコと私の正面に歩いて来て、向かいに座った。


「もしかして、まだ髪の色を気にしているの?」


色だけではない。

チビの痩せっぽちのくせに、何もかもが美しいアルには分からないだろう。

私はうるさいなあ、と呟いて絵を描き続けた。


「ねえ、セーラの髪、とても綺麗だよ。僕は好きだよ。」

「喧嘩売ってんの?髪の話はしないで!私今、忙しいんだから。」


私はしょっちゅう大きなお屋敷の絵を描いて遊んでいた。空想の世界では、私は部屋が何部屋もある家に住んでいて、父も出稼ぎには出ていなくて、家にきちんといるのだ。

父は人口の多い街まで、出稼ぎに行っていた。鍋の訪問販売という、どう考えても実入りの悪そうな仕事の為に。

父はたまに帰宅するとその度に、自分の鍋はこれ程素晴らしい鍋のなのに、何故売れないのか分からない、と商品の鍋を撫でながら悲しげに文句を言っていた。実のところ私には、これ程売れないのに、何故父が鍋売りを辞めないのかが分からなかった。

父はこよなく鍋を愛していたのだ。あの銀色の胴体と黒い持ち手を。


アルは私の横に並び、私が描く絵を覗き込んだ。私は偉そうに、この部屋は姉さんのだ、とか、この部屋は遊ぶ為だけに使える贅沢な部屋だ、とか自分の夢の家の間取りについて、胸を張って説明をした。

まるで本当に自分の家の中を案内する気分に浸りながら。


「僕がいっぱい働いて、大きくなったらセーラにそういうお家を建ててあげるよ。」

「本当に?………何の仕事をするの?」

「鍋をたくさん売ってくるんだ!大きい鍋をね!」


これはいけない。

一瞬でも何かに期待した自分が馬鹿だった。

私は鍋売りとだけは結婚しない、と心に決めていた。父さんにそんな事とても言えないけど。


「でも、アルは本当はお金持ちのお家の子かもしれないよ。それで、いつかアルを白馬に乗った王子さ…王女様が、迎えに来るんだよ!」


たまに私はそんな妄想に浸った。

だがアルはそんな時、いつもサッと表情を曇らせて俯いた。


「ぼ、僕、何も覚えていないから……。」








うちは狭かったので、私とアルの部屋は簡単なつい立てで、部屋を二つに仕切り、一部屋に二人で寝ていた。

だから私はアルが毎晩の様にうなされているのが気になって仕方がなかった。ふいに真夜中に目を覚ますと、つい立ての向こうから、アルの苦しそうな呻き声が聞こえて来るのだ。何度も寝返りを打つ、衣擦れの音がそれに続く。

やがて急にそれが収まると、アルがベッドを抜け出す音がして、窓がひらく。

そうなると私は起き出して、窓から庭に飛び出したアルを追いかけるしかなかった。アルはたいてい庭の木の柵にしがみ付いて泣いていた。

私に見つかって少し気まずそうにする彼の小さな背中をさすりながら、私はいつも彼の動揺が収まるまでそばにいた。









アルは本当にどんどん綺麗になっていった。村で生活するうちに、痩せた身体にも多少の肉が付き、肌に弾力が出て顔色に生気が出てくると、みちがえる様だった。漆黒の髪は癖一つなく艶やかで、形の美しい鼻梁と珍しい色の切れ長の瞳は、見るもの全ての目を奪った。


十歳になると私はアルと常に見比べられてしまうのが嫌で、彼を少しずつ避けはじめた。


蝉がうるさい季節だった。

私は伯母の家に野菜を貰いに行った帰りで、野菜を積んだカゴを両手で抱えて村の小道を歩いていた。

土がまだ付いた根菜たち。

重たいが、日持ちする野菜ばかりなので、とても有難い。


「セーラ!探したよ。」


前方からアルが走って来た。

簡素な着古したシャツと、土で汚れたズボンを履いていても、彼は絵になった。


「伯母さんちにいくのなら、言ってくれれば良かったのに。重いでしょ?」


そう言うとアルは私からカゴを取り上げた。

私はアルから少し離れて歩いた。

アルがその距離を詰めて来て、再び私は少し彼から離れた。そんな事を繰り返していると。


「どうして最近セーラは僕を避けるの?」


私はギクリとして慌てて口を開いた。

あんたが美人過ぎて比較されたくないから、

とは口が裂けても言えない。


「さ、避けてなんか無いよ。」

「本当に?……僕達、家族だよね?」

「当たり前じゃん!そんなの。」


するとアルはカゴを急に地面に下ろすと、私に向き直った。

どうして立ち止まるのだろう。

怪訝に思う一方で、私は彼の真剣な眼差しに驚いた。


「じゃあ、僕にキスしてよ。」


なんでそうなるのだ。

私は呆れながらも、アルの磁器の如く滑らかな頬に唇を軽く付けた。

だが、アルはいまだ不機嫌そうに私を見据えていた。いつになく、その淡い青の瞳が挑戦的だった。


「頬にじゃなく、口にキスしてよ。」

「ええっ!なんで。」

「家族なんでしょう!嘘じゃないなら口にできるでしょう?」


私は咄嗟に物凄く困った。

いくら身内でも、母さんとですらもう口になんてキスしてなかった。この年齢で弟にキスするのって、変なんじゃないだろうか?

別に周囲の人間に、弟と何歳までならキスするかを確かめてみた事など無いので断言はできないのだが。

………まあ、そもそもアルは実の弟ではないけれど。いやいや、だとすれば尚更なぜキスしなくちゃならないんだ。


蝉がうるかさった。

私に向かって四方から様々な種類の蝉の声が押し寄せていた。

私たちは木立の陰で、暫時二人で見つめあっていた。私は諦めて言っていた。


「分かったよ。キスするから。拗ねないでよ。」


思い切って押し当てたアルの唇は少し湿っていて、私は破顔一笑するアルとは裏腹に、ほんの少しの罪悪感を覚えた。


「僕達、家族だよね。」


アルはそう言うなり私に抱きついてきた。彼の頭の位置は何時の間にか私のそれをすっかり抜いていた。低い鼻をアルの肩にぶつけながら私は考えた。

アルは本当に年下なんだろうか、と。

十歳の夏の、強烈な思い出だ。


アルとの毎日は、私が十五歳の時に突然終わりを告げられた。







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