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【書籍化】王宮の至宝と人質な私  作者: 岡達 英茉
第3章 王宮勤め
18/72

3ー1

「メリディアン王女様は、こちらの部屋にお待ちです。」


銀色のドレスに身を包んだ若い女の子が、胸を張って高らかにそう報告してくれた。

私はイライアスと共に王宮へ来ると、彼と別れて若い女の子に案内され、長い廊下を歩いた。途中、箱を抱えた侍女がやたらに私にぶつかってきた。

王宮の侍女は粗忽すぎないか。

しかし、無人のカートが私に向かって爆走してきた時には、ついに悪意の存在を認識せざるを得なかった。寸前でヒラリと身体をかわし、間一髪カートをよける事が出来たが、そのせいで道案内をしてくれている侍女にカートが衝突してしまった。土下座する勢いで謝ろうと思ったが、彼女はまるで私がカートをぶつけた、とでも言いたげな鬼の形相で睨んできたので、気が変わって軽い謝罪で済ませておいた。


指定された部屋の花柄の扉の前で大きく深呼吸をしてから、真鍮のノブに手を伸ばした。

あれ?

部屋が指三本分くらいの隙間で既に少し開いていた。嫌な予感がして扉の上部を見上げると、苦笑いが込み上げた。

扉の隙間に細長い箱が挟まれているではないか。恐らく粘着質のテープか何かで仮止めされていて、扉が開かれれば箱が落下する仕組みになっているのだろう。

私が教鞭を取っていた教会の学校でも、よく低学年の悪ガキどもが仕掛けてくれた。王宮でこれと同じ物を目撃する事になるとは。

私は扉を思い切って開けると、箱が落下するのを待った。床に転がり、空いた箱から飛び出てビヨンビヨンと揺れるバネの付いたギョロ目の人形を跨いで私は部屋の中に入った。

部屋の中には二人の女性がいた。

そのうち一人が高らかに笑った。


「ほほほほ。無視とはやるじゃないの!」


私は赤と青の薔薇模様の描かれた、目がチカチカする様な絨毯を踏みしめながら二人に近づく。

豪華な青いドレスを着ている事から、笑った女性の方がメリディアン王女だろうと目星をつけた。


「お初にお目にかかります。セーラ=ホル……、ショアフィールドと申します。」

「わたくしがメリディアンよ。ねえ、お前あのイライアスの妻だというのは本当なのね!意外だわ、もっと見目麗しい女性を想像していたわ。」


私は激しく彼女に同調した。

率直に言って、目の前にいるメリディアン王女の容姿は、十人並みだった。あの麗しの美王子様の同母妹なのだから、きっと大変な美女なのだろうと勝手に想像していたのだが……。青い目は大きいが菱形がキツく、眉は随分たれている。金色の髪は見事な縦巻きを描いており、なんというか、立派過ぎて顔立ちを完全に飲み込んでいた。

私たちは暫くの間、意味不明な優越感に浸りながら互いを見つめていた。二人で互いを値踏みしていると、王女の横にいた女性が口を開いた。


「イリスです。宜しくお願いします。」


その女性は、艶やかな黒髪が印象的で、落ち着いた雰囲気があった。年の頃は私と同じくらいではないかと思われた。


「今日は私と一日、王女様のお世話をして頂きます。」

「はい。こちらこそ宜しくお願いします。」


私がイリスという侍女に丁寧にお辞儀をすると王女が言った。


「隣の部屋でお茶にしましょう!ねえイリス、お菓子も持って来て頂戴。」


鈴が鳴る様な軽やかな声を上げながら、王女は隣室に移動した。フワフワとした金の髪が揺れて、砂糖菓子みたいな甘い香りがした。彼女について行くと、隣の部屋はこじんまりとした、お茶会でも催す為の部屋のようだった。部屋には大きな窓があり、陽の恩恵で大変明るかった。

王女は入室するなり、一番奥の席についた。何やら非常に嬉しそうである。

怪しい。

念の為、彼女の正面の席を良く観察すると、座席に置かれたクッションが不自然に盛り上がっている。クッションを持ち上げてみると、なんとその下には大きな、くすんだ緑色の蛙が鎮座していた。

お約束過ぎる。

この王女は御年十八だと聞いていたが、お茶目過ぎないか。

とりあえず邪魔なので、椅子を傾けて揺すり、なかなか頑固に動こうとしない蛙を床に落とし、クッションを敷き直して座った。


「……つまんないの!これで辞めちゃった侍女が今まで何人もいるんだから。」


こんな悪戯で辞めるのか。それはまた随分ヤル気のない人たちがいたものだ……そう言おうとして、やっぱりやめておいた。その人たちをよく知りもしないのに非難すべきではない。


「大きな蛙は動きが遅いので、どこか間抜けです。」

「じゃ、じゃあ今度は小さな蛙にしておくわ。」

「小さな蛙はオモチャみたいで可愛いですよね。」

「…………。」


二人で無意味な会話をしていると、イリスがカートを押しながら戻って来た。彼女は床にうずくまり、重低音で喉を鳴らす蛙を見るなり目を見張ったが、そのままカートの上からカップや三段に分かれた皿の上に乗る焼き菓子を取り、テーブルに並べた。どの菓子も一口で食べられそうな大きさであったが、一つ一つ丁寧に作られていた。

イリスの手によって白い磁器のカップに注がれたお茶は琥珀色に輝き、見るからに上等なものだった。彼女にお礼を言いながら一口口に含むと、渋味はほとんどないのに香ばしく、かつ茶葉の自然な甘味がありとても美味しかった。

王女が次々に菓子に手を伸ばし、口に放り込んで行く間、イリスが私の横に座って、今後について説明を始めた。

彼女はまず折り畳まれた一枚の紙をポケットから取り出すと、私の前に広げた。紙の上には表の様なものがかかれており、横軸に時間、縦軸に場所が記されていた。


「これは王女様の一日の予定表です。一週間分あります。常に携帯して下さい。私たちの仕事は王女様に一分の乱れもなく、この予定をこなして頂く事です。」


イリスは暫し沈黙してから探る様な目で私を見て言った。


「あの、先ほどの扉の上の仕掛けですが……ワザと黙って見ていたと言ったら怒りますか?………正直、直ぐに辞めてしまう人も多いのです。あれで挫けてしまう様では、と思いまして。」


苦笑するしかなかった。

だがすぐ辞めてしまう人に同じ仕事を何度も教える苦労は想像出来たので、私は首を横に振った。

イリスは安堵した様子でもう一度詫びてから頷いた。


壁に掛けられた木製の時計を確認すると、予定表によれば、間も無く政治学の授業が始まるようだった。


「王女様はすぐに逃亡される悪い癖をお持ちですので、十分気をつけて下さい。次の授業はこの部屋で行われます。政治学の授業だけは王女様はしっかり参加されますので、ご心配なく。」


これは意外な事を聞いた。王女は政治学に興味をお持ちらしい。

紙一枚分くらいの薄い尊敬の眼差しを王女に向けると、すかさずイリスが口を挟んだ。


「政治学の先生はお顔立ちが整ってらっしゃるので、王女様は先生のお顔を眺めるのに夢中になるのです。」

「ねえ、ちょっと。さっきから聞こえているわよ。失礼じゃないの。」

「ハイハイ。すみません。」


私は両手いっぱいの尊敬の念を籠めてイリスを見つめた。


「政治学の後は刺繍の授業があります。裁縫部屋で行われますので、私たちはそちらに行って準備をしていましょう。」


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