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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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うん、この世界滅ぼそう—外伝—聖女デカパイ・モン・デ・ミーナ

掲載日:2026/10/28

魔王ベンピー・デ・キレヂーによる世界滅亡の危機から、三ヶ月。


世界には平和が戻っていた。


人間と魔族の間には交易路が開かれ、魔族領では今日も食物繊維の摂取が奨励されている。


そして、世界を救った聖女デカパイ・モン・デ・ミーナもまた、ヒンヌー教総本山へと帰還していた。


「デカパイよ。」


大神官が厳かに告げる。


「魔王との戦い、誠にご苦労であった。」


「ありがとうございます。」


「勇者ゲイリー・ベーンを支え、人類を滅亡から救った功績。神もお喜びであろう。」


「はい。」


「ただ……」


大神官の視線が下がった。


つられてデカパイも下を見る。


そこには。


あった。


「……やはり、大きいな。」


「三ヶ月ぶりに帰ってきた私に最初に言うことがそれですか?」


ヒンヌー教。


——《胸は慎ましきほど神に近し》


その教義は、世界が救われようと変わらなかった。


デカパイは世界を救った。


しかし、乳房は小さくならなかったのである。


「ともかく、少し休みなさい。」


「はい。」


「それから明日、ホウマン教の使節が来る。」


その名を聞いた途端、デカパイの表情が変わった。


ホウマン教。


ヒンヌー教とは千年以上にわたり対立を続ける宗派である。


その教義は単純明快。


——《豊満なる肉体にこそ、神の慈愛は満ちる》


太いほど尊い。


柔らかいほど美しい。


そして何より、胸は大きければ大きいほど神に近い。


ヒンヌー教とは、何一つ分かり合えなかった。


          *


翌日。


デカパイは、その女と出会った。


「ホウマン教より参りました。」


女は優雅に一礼した。


「聖女、チチデカーノ・パイパイボイーンと申します。」


デカパイは息を呑んだ。


大きい。


自分より。


明確に。


「……負けた。」


「何がです?」


「いえ。」


年齢は自分より少し上だろう。


穏やかな顔立ちに、腰まで伸びた金色の髪。そして、豊満という言葉をそのまま人間にしたかのような身体。


ホウマン教の神官たちは、彼女を見るたびに拝んでいた。


「なんと神々しい……」


「まさしく神に愛されし御姿……」


「ありがたや……」


デカパイは眉をひそめた。


気に入らなかった。


自分は同じ身体の特徴によって疎まれてきたというのに、この女はそれだけで崇められている。


「あなたがデカパイ様ですね。」


チチデカーノが微笑む。


「お噂はかねがね。」


「どんな噂です?」


「ヒンヌー教にあるまじき豊満さを誇る聖女だと。」


「喧嘩売ってます?」


「褒めています。」


「あなた方の宗派ではそうでしょうね。」


二人は笑顔で見つめ合った。


互いに一歩も譲らなかった。


こうして、二人の聖女は最悪の出会いを果たした。


          *


転機が訪れたのは、その日の夜だった。


会談を終えたチチデカーノが帰路についた直後、馬車が魔物に襲撃されたのである。


デカパイが駆けつけた時には、護衛の神官たちは倒れ、巨大な魔獣がチチデカーノへ迫っていた。


「伏せて!」


デカパイの杖から閃光が迸り、神聖魔法が魔獣を吹き飛ばした。


「なぜ……」


「話は後です!」


二人は背中を合わせた。


デカパイが結界を張り、チチデカーノが傷ついた者を癒す。


驚くほど息が合った。


やがて最後の魔獣が倒れ、辺りに静寂が戻った。


だが、その時だった。


「チチデカーノ様!」


神官の悲鳴が響く。


倒したはずの魔獣が、再び立ち上がっていた。


巨大な爪が振り下ろされる。


デカパイは考えるより早く、チチデカーノを突き飛ばした。


鮮血が舞った。


          *


目を覚ました時、デカパイは小さな宿屋のベッドにいた。


「……ここは。」


「動かないでください。」


傍らにはチチデカーノが座っていた。


「傷は塞ぎました。しかし、血を失っています。」


「皆さんは?」


「無事です。」


「そうですか……」


デカパイは安堵し、静かに目を閉じた。


しばらく沈黙が続いた後、チチデカーノが口を開いた。


「なぜです?」


「何がですか。」


「私を庇ったでしょう。」


「目の前にいたからです。」


「私はホウマン教の聖女ですよ。」


デカパイは目を開けた。


「だから?」


チチデカーノが言葉を失う。


「宗教が違えば、見殺しにしていいんですか?」


「……あなたは、不思議な人ですね。」


「よく言われます。」


「それに……」


チチデカーノは小さく笑った。


「とても美しい。」


「…………」


デカパイの眉間に皺が寄る。


「また胸の話ですか?」


「いいえ。」


即答だった。


思わずデカパイは彼女を見る。


「あなたのことです。」


その言葉に、なぜか何も返せなかった。


          *


それから数日、チチデカーノはデカパイの看病を続けた。


話してみれば、不思議と気が合った。


好きな食べ物や苦手な朝のこと。聖女としての愚痴や、神官長への不満。


そして、身体のこと。


「羨ましかったんです。」


ある夜、チチデカーノがぽつりと言った。


「私が?」


「ええ。」


デカパイには理解できなかった。


「私はこの身体のせいで、ずっと教団で浮いてきました。」


「知っています。」


「あなたは違うでしょう。教義そのものみたいな身体じゃないですか。」


「だからです。」


チチデカーノは、自分の胸元へ視線を落とした。


「私は幼い頃から、何をしても褒められました。」


魔法を覚えれば、神に愛されているから。


試験で首席を取れば、神に選ばれているから。


困っている者を救えば、さすが豊満なる聖女。


「誰も私が努力したとは言ってくれませんでした。」


その声は静かだった。


「私ではなく、この身体が聖女になったみたいでしょう?」


デカパイは何も言えなかった。


初めて、目の前の女が自分と同じに見えた。


自分は身体を否定されてきた。


彼女は身体を崇められてきた。


正反対だった。


けれど、二人とも自分自身を見てもらえなかった。


「私は……」


チチデカーノが続ける。


「あなたが羨ましい。」


「どうして。」


「あなたは、その身体を否定されながら聖女になった。」


デカパイの目が見開かれる。


「あなたの魔法も。あなたの優しさも。あなたが世界を救ったことも。その胸が成し遂げたことではありません。」


チチデカーノは微笑んだ。


「全部、あなたが成し遂げたことでしょう?」


デカパイは俯いた。


そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。


          *


一ヶ月後。


二人は頻繁に会うようになっていた。


表向きは宗教間対話。


実態は、お茶を飲んでくだらない話をするだけだった。


デカパイはチチデカーノの笑い方が好きになった。


チチデカーノはデカパイの真っ直ぐなところが好きになった。


そして二人とも、その感情の名前にとうに気づいていた。


問題は、周囲も気づいたことである。


「認められん!!」


ヒンヌー教大神官の怒声が響いた。


「よりによってホウマン教の聖女など!」


同日、ホウマン教でも。


「認められませんぞ!!」


大神官が机を叩いた。


「よりによって貧乳を神聖視する邪教の女など!」


そして翌日。


デカパイとチチデカーノは、街外れで落ち合った。


「どうします?」


デカパイが尋ねる。


「決まっています。」


チチデカーノは微笑み、そっと手を差し出した。


デカパイは、その手を取った。


二人は逃げた。


          *


夕暮れ。


二人は小高い丘へ辿り着いた。


奇しくもそこは、かつて勇者ゲイリー・ベーンがデカパイへ想いを告げた場所だった。


あの日のことを思い出す。


彼はいい人だった。


勇敢だった。


優しかった。


ただ。


漏らした。


今でも男性から好意を向けられると、デカパイは時折思う。


この人もいつか、大切な場面で漏らすのではないか、と。


「どうしました?」


チチデカーノが尋ねる。


「いえ。昔のことを少し。」


デカパイは夕日を見つめた。


そして、彼女へ向き直った。


「チチデカーノ。」


「はい。」


「私はあなたが好きです。」


風が吹いた。


「ホウマン教の聖女だからじゃない。」


デカパイは続ける。


「その身体だからでもない。」


チチデカーノの瞳が揺れる。


「あなたが、あなた自身を見てほしかったように。」


一歩、近づく。


「私は、あなた自身が好きです。」


チチデカーノはしばらく何も言わなかった。


やがて、小さく微笑む。


「ずるい人ですね。」


「え?」


「それは、私が言いたかったのに。」


彼女も一歩、近づいた。


「私もあなたが好きです。デカパイ。」


初めてだった。


自分の名前を呼ばれて、こんなにも嬉しいと思ったのは。


二人の距離が縮まる。


そして、唇が重なった。


短い、触れるだけの口づけだった。


胸の大きさなど関係なかった。


ヒンヌーも、ホウマンも。


神の教えさえも。


今だけは、どうでもよかった。


「デカパイさまああああああ!!」


遠くから声がした。


二人が振り返ると、丘の下から大勢のヒンヌー教徒が走ってきていた。


「お戻りくださいいいいい!!」


反対側からも声がする。


「チチデカーノさまああああ!!」


ホウマン教徒だった。


「そのヒンヌーの女から離れてくだされええええ!!」


二人は顔を見合わせた。


そして、笑った。


「行きましょうか。」


「どこへ?」


「どこでも。」


デカパイは答えた。


「二人なら。」


チチデカーノが笑う。


二人は手を繋ぎ、走り出した。


かつて、ヒンヌー教は説いた。


慎ましき胸にこそ神は宿る、と。


ホウマン教は説いた。


豊満なる身体にこそ神は宿る、と。


千年にわたり、二つの宗教はどちらが正しいのか争い続けた。


だが、二人の聖女はそのどちらも選ばなかった。


胸が大きかろうと、小さかろうと。


そんなものに、人を愛する資格を決めさせはしない。


神が何と言おうとも。


教典に何と書かれていようとも。


自分が誰を愛するのかくらい、自分で決めればいい。


こうして、世界を救った聖女デカパイ・モン・デ・ミーナと、神に愛された聖女チチデカーノ・パイパイボイーンは。


二人揃って、神様に中指を立てた。


後世、二人の逃避行は宗教史を大きく変えることになる。


ヒンヌー教とホウマン教。


千年続いた両宗派の対立は、二人の聖女を連れ戻すという共通目的によって、皮肉にも初めて協力関係を築いたのである。


それが後に歴史的和解へ繋がるのだが。


それはまた、別の話である。


ちなみに。


その頃。


勇者ゲイリー・ベーンは故郷の村で腹を下していた。

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