克也無双
克也――無双の人生
第一章 男子校育ち
克也は、弁護士を父に持つ二人兄弟の長男として生まれた。
父親は東京で法律事務所を営む、いわゆる「町の弁護士」だった。
企業の顧問もやれば、相続も離婚も、時には揉め事の仲裁までやる。
「弁護士というのはな、法律だけ知っていても駄目なんだ」
幼い克也に、父はよくそう言った。
「人間を知らなきゃいかん」
その言葉の意味を、当時の克也には理解できなかった。
だが、後になって人生を振り返ったとき、父親のこの一言が、自分の生き方の根っこにあったことに気づくことになる。
克也は頭がよかった。
勉強はほとんど苦労しなかった。
しかも性格が明るい。
人を馬鹿にするようなところもなく、先生からも可愛がられ、友人も多かった。
小学校、中学校、高校と一貫した男子校。
いわゆる「坊ちゃん学校」である。
ただし、克也には弱点があった。
運動が苦手だった。
それも、かなり苦手だった。
短距離走ではいつも後ろから数えたほうが早い。
野球では空振り。
サッカーではボールが来ると慌てる。
バスケットボールでは、自分がどこにいるのか分からなくなる。
その代わり、囲碁は強かった。
盤上の世界では、克也は別人だった。
相手の手を読む。
三手先、五手先を読む。
相手が何を狙っているかを考える。
それが楽しかった。
そして高校卒業。
克也は早稲田大学法学部に進学した。
当然、周囲は「将来は弁護士」と考えていた。
克也自身も、そうなるものだと思っていた。
ところが、大学生活の最初の日。
人生は、思いもよらない方向へ転がり始めた。
────────
第二章 声をかけてきた二人の女の子
大学のオリエンテーションが一通り終わった午後。
克也は一人でキャンパスを歩いていた。
「何かサークルでも入るかな……」
高校時代は囲碁部。
男ばかりの世界だった。
大学では、さすがに少しは運動をしよう。
そう思っていた。
そのときだった。
「ねえ、君!」
振り返る。
女の子が二人立っていた。
二人とも可愛かった。名前は美奈と美羽
克也は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「君、早稲田?」
「……はい」
「一年生?」
「はい」
「じゃあ、サークル入らない?」
克也の心臓がドクンと鳴った。
女の子に話しかけられた。
それだけで大事件だった。
「何のサークルですか?」
「テニス!」
「テニス……」
運動神経の悪い克也には、少し不安だった。
するともう一人が笑った。
「冬はスキーもするよ」
「スキー?」
「うん。夏はテニス、冬はスキー」
それなら悪くない。
父親が北海道出身だったこともあり、克也は子供のころからスキーだけはやっていた。
「スキーなら、まあまあできます」
「じゃあ入ろうよ!」
「え?」
「今度の新歓コンパ来てよ」
新歓コンパ。
その言葉も、克也には新鮮だった。
「分かりました」
こうして克也はサークルに入った。
後になって分かった。
そこは、テニスサークルという名前を借りた
男女交流の場だった。
いわゆるナンパサークルである。
しかし、そんなことは克也にはどうでもよかった。
ただ――
女の子に声をかけられた。
その事実だけで、大学生活は素晴らしいものになった。
────────
第三章 兄貴
新歓コンパの日。
克也は緊張していた。
何を話していいのか分からない。
周囲では先輩たちが大声で騒いでいる。
ビールが飛び交う。
笑い声が響く。
その中に、一際大きな声の男がいた。
「お前、新入生か?」
克也が振り向く。
大柄な男だった。
髪を短く刈り、豪快な笑顔を浮かべている。
「はい」
「名前は?」
「克也です」
「克也か。どこや?」
「東京です」
「なんや、東京かいな!」
男は大声で笑った。
「俺は大阪や。まあ座れ」
「はい」
「酒飲めるか?」
「まだあまり……」
「アホ! 大学生になったら飲め!」
これが後に「兄貴」と呼ばれる男との出会いだった。
兄貴は三年生。一輝 (かずき)と言った
学業はそれほど優秀ではない。
しかし、人間関係の達人だった。
誰とでもすぐ仲良くなる。
店に入れば店員と友達になる。
初対面の女の子とも五分で昔からの知り合いのように話す。
そして、何より面倒見がよかった。
その夜、兄貴は克也に言った。
「お前、真面目そうやな」
「そうですか?」
「うん。真面目すぎる」
「……」
「もっと遊べ」
「遊ぶ?」
「そうや。大学でしかできへん遊びをせえ」
それから兄貴は、克也にいろいろなことを教えた。
酒。
女性。
麻雀。
競馬。
そして、人付き合い。
────────
第四章 恋愛
克也に初めて彼女ができたのは、大学二年の春だった。
相手は最初に克也に声をかけた
美奈だった。
明るくて、少し気が強い。
克也とは正反対のタイプだった。
ある日、二人で帰ることになった。
「克也ってさ」
「うん?」
「女の子と話すの苦手だったでしょ」
克也は苦笑した。
「分かる?」
「分かるよ」
「高校まで男子校だったから」
「そうなんだ」
美奈は笑った。
「なんか可愛いね」
「可愛い?」
男にとって、それは褒め言葉なのか微妙だった。
しかし、美奈は楽しそうだった。
「でも、克也って面白いよね」
「そう?」
「うん。頭いいのに、変なところで鈍い」
「どういう意味?」
「秘密」
その恋は一年ほど続いた。
別れは、あっけなかった。
どちらが悪いということでもなかった。
ただ、お互いの進む方向が少しずつ違っていった。
克也は落ち込んだ。
「ねえ美奈、何で克也と別れたの?
かっこいいし、頭もいいし、将来有望じゃない?」
「何でかな?後悔するかもだけど、
一年もなるのにキス以上進まなくて
やっぱり一輝先輩の毒気に
当てられちゃってるのかな!
私まだ「一輝先輩を見守る会」のメンバーだもの」
「あの人はダメ、二人で(ライバル多すぎ!)」
美奈と美羽は二人で笑った!
ある日そんな克也を見て、兄貴は笑った。
「お前、失恋したんか?」
「……はい」
「何日落ち込むつもりや?」
「分かりません」
「もう1週間もなるやないか」
「早く次の女探せ」
「そんな簡単に……」
「簡単やない。せやけど、人生は続く」
兄貴はそう言った。
そして克也を競馬場へ連れて行った。
────────
第五章 競馬
初めて競馬場へ行った克也は、驚いた。
人、人、人。
新聞を片手に、皆が真剣な顔をしている。
兄貴が言った。
「競馬は人生の縮図や」
「大げさじゃないですか?」
「ちゃう」
兄貴は笑った。
「みんな自分が正しいと思って金を張る。
でも、結果は一つしかない」
克也は競馬新聞を眺めた。
「じゃあ、どうやって当てるんですか?」
「簡単や」
「はい」
「当たる馬を買う」
「……」
「分かったか?」
「分かりません」
「アホ!」
兄貴は大笑いした。
だが、克也は競馬にすぐ夢中になった。
血統。
脚質。
馬場。
騎手。
展開。
そして人気。
ある日、克也は一番人気の馬を見ながら言った。
「この馬、危ないんじゃないですか?」
兄貴が新聞から顔を上げた。
「なんでや?」
「前走の内容が良くない。人気は実績だけで買われている気がします」
兄貴はニヤリと笑った。
「ほな、どうする?」
「買わない」
その馬は、見事に飛んだ。
そして克也が選んだ穴馬が来た。
兄貴は大声を上げた。
「お前、競馬向いとるやないか!」
克也は笑った。
「よし今日はええとこ連れていったる」
そう言って連れて行かれたのは
吉原の高級ソープランドであった。
「先輩ここめちゃ高いっすよ!
7万って書いてますよ。」
「かまへんって、お前のおかげで20万くらい
勝ったし、お前童貞やろ、やっぱり最初は一流に相手してもらわんといかん。
美奈ちゃんもお前何もしてくれへんって
嘆いてたぞ」
「何でそんな事知ってるんですか?」
克也は顔を真っ赤にして言った
「彼女、そいつ初めてやから優しく教えてあげてや!」と言い残し一輝は別室に消えていった。
しかし、そのときは一輝はまだ分からなかった。
この経験で克也が女性に対して無双化し出す事を!
そしてこの競馬経験が、後の克也の株式投資にもつながっていくことを
第六章 麻雀
克也は麻雀にもはまった。
最初は負けた。
徹底的に負けた。
「なんで僕だけこんなに負けるんですか?」
「お前、勝とうとしすぎや」
兄貴が言った。
「勝ちたいから麻雀するんじゃないんですか?」
「違う」
「じゃあ?」
「負けないために麻雀するんや」
克也は黙った。
その言葉は妙に心に残った。
麻雀を続けるうち、克也は少しずつ変わった。
自分が勝つことだけではなく、相手が何を考えているかを見るようになった。
相手の捨て牌。
表情。
癖。
間。
人間そのものを見るようになった。
そしてある夜。
克也は大勝ちした。
兄貴が笑った。
「やっと分かったか」
「何がです?」
「勝負いうのは、自分だけ見てたら勝てへん」
克也は黙って頷いた。
その考え方は、その後の人生で何度も役に立つことになる。
「兄貴ちょっと付き合ってくれません?」
克也は一輝を呼び出した
「何だ?」
「いやぁ、今度彼女の誕生日なんですよ、
歳上の社会人で、
何を贈れば良いかわかんなくて?」
「予算はこれくらいで」
「おーっ結構張り込むんやな、ついてこいや」
そういうとエルメスのショップに案内された
店内を見渡しておもむろにこれにしろと言われた。
それはピンク系のオシャレなスカーフだった。
「さすが兄貴これならきっとバッチリですよ♪」
そのプレゼントに彼女は大変喜んでくれた。
少ない情報の中で最適解を見つける
兄貴の人を見る目、状況判断の的確さに
驚いた 克也であった。
その後 一輝が卒業した後サークル内で
克也は一輝の教えを守り
無双しだしたのであった。
─────── 一輝 (かずき)
彼は町の定食屋を営む両親を持つ
とても快活な少年だった。
祖父母は両親とも早くに亡くしていて、
家族3人住まいの家庭だった。
両親はとてもまじめで朝早くからよく働いた。
1階が店舗で2、3階が住居だった。
2階に部屋はあるもののひとりでいるのが寂しくて
幼稚園小学生時代は毎日学校から帰り
友達とひとしきり遊んで帰ってきて
宿題を済ますと
いつもカウンターの端で図書館から借りてきた本を読んでいた。
そのおかげかべつに塾に行かなくても
成績は優秀だった。
カウンターで本を読んでいる時でも。
店が忙しくなれば席を空け、皿洗いや片付け物なども率先してやっていた。
中学になれば本格的に料理も覚え
お客様にも提供していた。
この仕事自分に向いてる。中学を卒業すれば
そのままこの仕事をしても良いとさえ思っていた。
中学の進路を決める面談の時
一輝は店に入りたい事も伝えたが
両親ともそれは断固反対した。
そして親父は続けた。
「おまえはこんな町の定食屋に
収まってはいけない。世界を目指せ
世界を動かせる人間になれ!」
その時 一輝の心が大きく動いた
成績も優秀だったため一輝は
地域の一番優秀な公立高校に進んだ
そこには隣の 未来も一緒だった
彼女は商社のサラリーマンと
専業主婦のひとり娘だった。
一輝より2ヶ月歳上のためなぜか
姉さん風を吹かせていた
同じ高校に通うようになって
毎日一輝を迎えにくる様になった
「カーボー何してるん早よ学校行くで!」
「うるさいなぁ、勝ってに行けや」
「何言うてるん、せっかく未来ちゃん迎えに来てく れるてるのに早くしなさい。」
お互い一人っ子のためなぜか兄妹の様だった。
未来は評判の美少女だったため
一輝も照れていたもののまんざらでも無かった。
一輝も未来もテニス部に入った。
未来は両親ともテニスをやっていたので
かなりの腕前で2年の頃にはエースで個人では
大阪大会でベスト8の腕前だった。
一輝は運動神経は良かったものの
さすがに未来には敵わなかった。
「カーボーもっと頑張りや!稽古つけたろか?」
「ええわ!俺未来ちゃんみたいに特待で大学行くつもり無いもん」
「フーン、そう言えば大学どうするん?」
「俺か?店つごかと思っていたけど、親が大学行けって言うてくれてる、ほんで聞いたら実は親父
早稲田卒やってん」
「へーそうやったん、そう言えばお父さんインテリ そうやもんなぁ」
「うんそれで俺もそこ行こうか思って!」
「ええやん、カーボーやったらちょっと頑張ったらいけるよ。」
「せやけど寂しなるなぁ、、、」
2月入試終わり
受験を終えて大阪に帰ってきた次の朝
「どう手ごたえは?」未来が尋ねる
「法学部 商学部 文学部と受けたから
どっかかかってくれたらええけどな」
未来ちゃんは?
「推薦で関学」
「カーボーも関学受けてくれたら良かったのに」
「そーか?寂しなるなぁ」
「なーキスしてや」
「何や急に」
「ずっと離れ離れになるかもしれんやん」
沈黙、、、
未来は少し震えていた。
発表の日
文学部合格
その日の夜 親父に呼び出された
ここに1000万入ってると言って
俺名義の通帳 カード ハンコを渡された
「よう頑張ったな 塾にも行かんと!
これでこれから4年間自分でやりくりしろ
何に使おうと自由や東京に行ったら
俺たちがいちいち面倒見てやれん
4年間どう生活するか考えろ
おまえの事やからたらんようにはならんと思うけど
自分磨き、人磨きにはナンボつこても良いけど
無駄使いはするなよ!
とりあえず明日から住むとこ決めてこい。」
東京に出て
住むところを決め入学手続きを済ませたとき
未来から電話がかかった
「もしもし、、、」
何か様子が変だ、泣いているようだ
「カーボー?」
「何どうしたん?」
「おじちゃんとおばちゃんが、、、、
亡くなってん」
「はぁ?何言うてん?」
俺は急いで大阪に帰った
聞けば朝二人で仕入れに向かう途中
居眠り運転の大型トラックと正面衝突したらしい。
3人とも即死だったようだ。
軽トラと大型トラックでは勝ち目はない
その割には遺体にあまり損傷は無かった。
「俺が何をしたんや!親父おふくろが何したんや!」棺の横で泣き崩れる俺を
未来がそっと抱きしめてくれてた。
一通りの法事を終えて俺は東京に旅立つ事にした。
「やっぱり東京に行くん?」
「ああ親との約束だし。」
「家どうするん?」
「置いとくよ、両親の家やし俺の帰るとこやし。」
「なー合鍵ちょうだい」
「何で?」
「あんたが帰るまで私がちゃんと掃除しといたる
私がちゃんと待っといてあげる」
涙が溢れた
「なぁ抱かして、、、」
「、、、ええよ!」
激しくキスをした
そして何度も激しく抱き合った
次の朝東京行きのぞみ
「なぁちゃんと帰ってきてや」
「おう帰ってくる、おまえは俺の生涯の女や!」
「ちゃうわあんたがウチの男や!」
第七章 社会人
大学を卒業すると、克也は法律関係の仕事に就いた。
仕事は順調だった。
頭の回転も速く、人当たりもいい。
上司からも評価された。
しかし、克也には一つの疑問があった。
「このまま働いて、一生終わるのかな」
仕事が嫌いなわけではない。
むしろ面白かった。
しかし、父親の背中を見て育った克也には、別の世界も見えていた。
資産。
不動産。
株式。
事業。
自分自身の判断で金を動かす世界。
そんなある日、父親に聞いた。
「不動産って、どうやって儲けるの?」
父親は新聞から目を上げた。
「急にどうした?」
「興味があるんだ」
父は少し考えた。
「不動産はな、建物を見るんじゃない」
「じゃあ何を見るの?」
「人を見るんだ」
克也は、その言葉に驚いた。
昔、兄貴にも似たことを言われた。
「人を見る……」
それから克也は、不動産の勉強を始めた。
────────
第八章 最初の物件
克也が最初に買った物件は、小さな中古マンションだった。
誰もが「そんなところ買ってどうする」と言うような場所だった。
駅から少し遠い。
建物も古い。
しかし、克也には見えていた。
駅前の再開発計画。
周辺の人口。
大学の移転。
道路計画。
賃貸需要。
「ここ、五年後は変わりますよ」
周囲の人間は笑った。
「克也、また始まったな」
しかし五年後。
周辺は見違えるようになった。
地価が上がった。
賃料も上がった。
物件価格も上がった。
克也は売却した。
利益が出た。
大きな利益だった。
だが、それ以上に嬉しかったのは、
「自分の考えが正しかった」
ということだった。
────────
第九章 株
不動産で成功すると、次は株だった。
克也は株式市場を研究した。
会社四季報。
決算短信。
有価証券報告書。
新聞。
経済誌。
ありとあらゆる情報を読み込んだ。
そして、ある会社に目をつけた。
市場ではほとんど注目されていない。
しかし業績は着実に伸びている。
「これだ」
克也は買った。
しばらく動かなかった。
一年。
二年。
それでも持ち続けた。
やがて、その会社に大きな材料が出た。
株価は上昇した。
さらに上がった。
そして、いつの間にか買値の何倍にもなっていた。
友人が驚いた。
「克也、お前なんで分かったんだ?」
克也は笑った。
「分かったんじゃないよ」
「じゃあ?」
「調べただけ」
それが克也の答えだった。
────────
第十章 無双
そのころから、克也の周囲で奇妙なことが起こり始めた。
不動産を買えば上がる。
株を買えば上がる。
競馬をやれば穴馬が来る。
麻雀をやれば勝つ。
女性にもモテる。
友人たちは冗談半分に言った。
「克也、お前、無双してないか?」
「そんなことないよ」
「いや、無双や」
克也自身は、そう思っていなかった。
むしろ、怖かった。
勝てば勝つほど慎重になった。
なぜなら、以前 兄貴から何度も言われていたからだ。
「勝ってるときが、一番危ない」
ある日、久しぶりに兄貴と飲んだ。
「お前、最近えらいことになっとるらしいな」
「何がですか?」
「不動産や株や」
「まあ、少しずつですよ」
「嘘つけ」
兄貴は笑った。
「でもな、克也」
「はい」
「絶対に調子に乗るなよ」
「分かってます」
「金はな、増やすより守るほうが難しい」
克也は黙って聞いていた。
「それからもう一つ」
「何です?」
「人生で一番大事なんは、金やない」
「じゃあ何ですか?」
兄貴は少し考えた。
「誰と酒を飲むかや」
克也は吹き出した。
「兄貴らしいですね」
「ほんまや。金持ちになっても、一人で飲んどったら寂しいだけや」
二人はグラスを合わせた。
────────
第十一章 新しい勝負
それから数年。
克也は、さらに大きな不動産投資を始めた。
今度は自分一人の金だけではない。
人から預かった金。
会社の金。
銀行からの融資。
責任は、それまでとは比べものにならない。
一つ判断を間違えれば、大きな損失になる。
周囲からは止められた。
「危険すぎる」
「今までとは違う」
「やめたほうがいい」
克也は黙って資料を見ていた。
そして言った。
「分かっています」
「じゃあ、なぜやる?」
克也は少し笑った。
「勝てると思っているからです」
しかし、以前の克也とは違っていた。
昔なら勢いで突っ込んでいた。
今は違う。
最悪の場合を計算する。
失敗した場合を考える。
撤退ラインを決める。
そして最後に、もう一度考える。
「本当に勝負する価値があるのか」
克也は、その夜一人で東京の街を眺めていた。
大学一年生のころ。
女子に声をかけられただけで舞い上がっていた自分。
兄貴に連れられて飲み歩いた夜。
初めて麻雀で勝った夜。
競馬で穴馬を当てた日。
初めて不動産を買った日。
株で大きく利益を出した日。
全部が一本の線につながっていた。
人生とは不思議なものだ。
そのときは意味が分からなかった出来事が、何年も経ってから意味を持つ。
克也は笑った。
「まだまだ、これからだな」
窓の外には、東京の夜景が広がっていた。
彼はグラスを手に取った。
そして静かに呟いた。
「次は、何をやろうか」
克也の人生は、まだ途中だった。
そして彼は知らなかった。
この先に待っているのが、
人生最大の勝負になることを
### 第十二章 人生最大の勝負
東京の夜は、いつも明るかった。
窓の向こうに無数の灯りが瞬いている。
克也は高層ビルの一室から、その景色を眺めていた。
机の上には、不動産の資料が積まれている。
土地の登記簿。
収支計算書。
銀行の融資条件。
建築計画。
そして、数十億円規模の事業計画書。
今回の案件は、これまでとは桁が違った。
都心の一等地にある古いビルを買い取り、取り壊す。
その土地に、新しい複合ビルを建てる。
オフィス。
店舗。
高級マンション。
すべてを組み合わせた大型開発だった。
成功すれば、克也の資産は一気に膨らむ。
会社も大きくなる。
金融機関からの信用も上がる。
まさに人生最大の勝負だった。
だが、リスクも大きい。
金利が上がれば利益は吹き飛ぶ。
建築費が上がれば計画は崩れる。
景気が悪くなればテナントが埋まらない。
そして何より怖いのは、不動産価格そのものが下落することだった。
「どう思います?」
向かいに座っていた男が尋ねた。
克也より十歳ほど若い。
彼は今回の事業を一緒に進めている共同事業者だった。
「やる価値はある」
克也は資料を閉じた。
「ただし、条件を変える」
「条件?」
「借入を減らす」
男は驚いた。
「でも、それだと自己資金が……」
「いい」
「利益率が下がります」
「分かってる」
克也は静かに答えた。
「利益を最大にする必要はない」
男は黙った。
「生き残ることのほうが大事だ」
その言葉を口にした瞬間、克也の頭に一輝の顔が浮かんだ。
大学時代。
麻雀卓を囲みながら、一輝が言った言葉。
『勝とうとするな。まず負けるな』
あの頃は意味がよく分からなかった。
今なら分かる。
勝負の世界で一番怖いのは、負けることではない。
負けを認められなくなることだ。
克也は窓の外を見た。
「やろう」
そう言った。
人生最大の勝負が始まった。
### 第十三章 兄貴からの電話
数日後。
久しぶりにスマートフォンが鳴った。
画面に表示された名前を見て、克也は思わず笑った。
「一輝」海外からだった
何年ぶりだろう。
大学を卒業してからも何度か会っていたが、ここ数年はほとんど連絡を取っていなかった。
「もしもし」
『おう、克也か』
変わらない声だった。
少し低く、そして妙に元気だ。
「兄貴、久しぶりですね」
『お前、偉くなったらしいな』
「誰に聞いたんですか?」
『風の便りや』
「怪しいですね」
二人は笑った。
『今度飲みに行かへんか?』
「いいですね」
『昔みたいに朝までや』
「それは無理です」
『なんや、つまらん男になったな』
「もう学生じゃないんですから」
『そうか。お前も大人になったか』
その一言に、克也は少し黙った。
『ところでな』
一輝の声が変わった。
『最近、大きな不動産やってるらしいな』
「ええ」
『気ぃつけろよ』
「分かってます」
『お前は頭がええからな』
「ありがとうございます」
『それが一番危ない』
克也は笑った。
「兄貴、昔からそればっかりですね」
『ちゃう』
「何が?」
『昔のお前は、負けても自分を責めへんかった』
「……」
『今のお前は、負けたら自分の人生そのものを否定するようになる』
克也は何も言えなかった。
『金が増えると、人間は自分まで偉くなったような気になる』
「……」
『そこだけは忘れるな』
電話が切れた。
克也はしばらくスマートフォンを見つめていた。
そして小さく笑った。
「相変わらずだな、兄貴は」
だが、その夜。
克也は初めて、事業計画書を最初から見直した。
### 第十四章 美奈と美羽
数週間後。
克也は、ある店で偶然二人の女性を見かけた。
「……克也?」
振り返る。
美奈だった。
そして、その隣には美羽がいた。
「うそ!」
美羽が声を上げる。
「克也じゃん!」
「久しぶり」
三人はしばらく顔を見合わせた。
学生時代の記憶が、一気に蘇ってくる。
テニスサークル。
新歓コンパ。
一輝。
競馬。
麻雀。
そして、若かった自分たち。
「克也、変わったね」
美奈が言った。
「そう?」
「うん。昔より怖い顔してる」
美羽が笑った。
「でも、目は変わってない」
「目?」
「昔からそうだったじゃん」
「何が?」
「何か考えてるときの目」
克也は苦笑した。
「そんなの分かる?」
「分かるよ」
美奈が言った。
「一年付き合ってたんだから」
その言葉に、三人の間に少しだけ沈黙が流れた。
やがて美奈が笑った。
「そういえばさ」
「うん」
「一輝先輩、元気?」
克也も笑った。
「元気ですよこの間電話で」
「やっぱり」
美羽が嬉しそうに言った。
「私たち、まだ『一輝先輩を見守る会』だから」
「まだやってるの?」
「当然!」
三人は大笑いした。
その夜、別れ際に美奈が言った。
「克也」
「何?」
「無理しないでね」
克也は少し驚いた。
「何のこと?」
「分からない。でも……」
美奈は一瞬だけ克也を見た。
「昔から、克也って一人で全部抱えるから」
克也は何も答えなかった。
ただ、笑って手を振った。
### 第十五章 異変
それから三か月。
事業は順調に進んでいた。
土地の取得も完了。
建築会社との契約も済んだ。
銀行からの融資も決まった。
誰もが成功を確信していた。
ところが。
最初の異変は、銀行からの一本の電話だった。
「少し、お話したいことがあります」
担当者の声が妙に硬かった。
翌日。
克也は銀行へ向かった。
応接室に入ると、担当者のほかに二人の男が座っていた。
「何か問題でも?」
克也が尋ねる。
担当者は資料を机の上に置いた。
「金利の見直しについてです」
克也は資料を見る。
数字を確認する。
そして顔を上げた。
「これは……」
金利が大幅に上がっていた。
「現在の市場環境では、この条件になります」
「話が違います」
「申し訳ありません」
克也は黙った。
数字を頭の中で計算する。
利益はまだ出る。
しかし、余裕がなくなる。
さらに建築会社からも連絡が入った。
「資材価格が想定以上に上昇しています」
嫌な予感がした。
その夜。
克也は一人で事務所に残った。
机の上には電卓。
資料。
パソコン。
そして、冷めたコーヒー。
何度計算しても同じだった。
このまま行けば、利益は大幅に減る。
さらに景気が悪化すれば赤字になる。
そして翌朝。
市場に、とどめを刺すニュースが流れた。
不動産市場に急激な変化が起き始めていた。
克也は画面を見つめた。
これまで何度も勝ってきた。
競馬でも。
麻雀でも。
株でも。
不動産でも。
だが今回は違う。
相手は一人の人間ではない。
市場そのものだった。
克也は椅子に深く座った。
そして、静かに呟いた。
「……面白くなってきたな」
だがその目には、これまでにない緊張が浮かんでいた。
### 第十六章 無双の終わり
それから半年。
状況はさらに悪化した。
不動産価格が下落した。
株価も下がった。
銀行は融資に慎重になった。
そして、克也の会社にも資金繰りの問題が出始めた。
「社長」
部下が言った。
「このままでは、三か月後に資金が足りません」
克也は黙っていた。
三か月。
それがタイムリミットだった。
「売れる物件は全部売る」
「でも、それでは……」
「いい」
克也は決断した。
「まず生き残る」
かつてなら、ここで勝負に出ていた。
借金を増やし、さらに物件を買う。
株を買い増す。
一発逆転を狙う。
しかし今の克也は違った。
逃げることを恥だと思わなかった。
撤退することも勝負の一つだと知っていた。
それでも、状況は厳しかった。
そしてある夜。
一本の電話が鳴った。
「克也か」
一輝だった。
「兄貴?」
『今、どこや』
「事務所です」
『一人か?』
「はい」
『ほな、そこ動くな』
「え?」
『今から行く』
電話が切れた。
一時間後。
事務所のドアが開いた。
一輝が入ってきた。
昔より少し白髪が増えていた。
ワイルドさが増したようにも思えた。
しかし、笑顔は昔のままだった。
「久しぶりやな」
克也は笑った。
「兄貴……帰ってたんですか?」
「なんや、その顔」
「会社が危ないんです」
一輝は椅子に座った。
そして言った。
「知ってる」
「どうして?」
「お前の顔見たら分かる」
克也は黙った。
一輝はしばらく何も言わなかった。
そして最後に、こう言った。
「克也」
「はい」
「お前は今、負けてるんやない」
「……」
「勝負の途中におるだけや」
克也は顔を上げた。
一輝は笑っていた。
「まだ終わってへん」
その言葉が、克也の胸に刺さった。
人生最大の勝負は、ここからだった。
### 第十七章 どん底
「まだ終わってへん」
一輝にそう言われた翌朝。
克也は午前六時に事務所へ入った。
誰もいない。
照明をつける。
静かなオフィスに、パソコンの起動音だけが響いた。
克也は一枚の紙を机の上に置いた。
そこには、会社が抱えている資産と負債が細かく書かれていた。
総資産。
借入金。
現預金。
売却可能な不動産。
完成前の物件。
そして、今後三か月間に必要になる資金。
克也は数字を一つずつ確認した。
何度計算しても結論は同じだった。
このままでは危ない。
だが、まだ助かる道はある。
問題は、その道を選べるかだった。
そして三か月後。
会社の資金は、ほとんど底をついた。
社員を集めた。
克也は立ったまま話した。
「みんなに話があります」
誰も喋らない。
「会社の状況は、非常に厳しい」
社員たちの顔が強張った。
「給与を遅らせることはしない」
克也は続けた。
「ただし、事業を縮小します」
一人の社員が聞いた。
「社長はどうするんですか?」
克也は少し考えた。
「俺は最後まで残る」
その言葉に、何人かが俯いた。
長い沈黙があった。
克也は頭を下げた。
「今までありがとう」
その日の夜。
事務所には克也一人しかいなかった。
窓の外には東京の街。
昔と同じように、無数の灯りが輝いている。
しかし今の克也には、その光が少し遠く見えた。
机の引き出しを開ける。
一枚の古い写真が出てきた。
大学時代のサークル写真だった。
そこには若い克也。
美奈。
美羽。
そして一輝。
みんな笑っている。
克也は写真を見ながら呟いた。
「みんな、若かったな……」
そのときだった。
スマートフォンが鳴った。
美奈からだった。
『今、何してる?』
克也はしばらく画面を見つめた。
そして返信した。
『仕事』
すぐに返事が来た。
『嘘』
克也は笑った。
『なんで分かる?』
『昔から分かるよ』
その一言に、克也は胸を突かれた。
大学時代。
女の子と話すことすら苦手だった自分。
あの頃の自分が、今の自分を見たらどう思うだろう。
金。
会社。
不動産。
株。
地位。
全部手に入れた。
そして今。
その全部を失いかけている。
克也は初めて思った。
もしかすると、自分は何か大切なものを忘れていたのではないか。
その夜、克也は一人で酒を飲んだ。
大学時代以来、ほとんど飲まなくなった安いウイスキーだった。
グラスを見つめる。
「誰と酒を飲むか、か……」
兄貴の言葉が蘇った。
その瞬間。
玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だ?」
ドアを開ける。
そこに立っていたのは、一輝だった。
「よう」
「兄貴……」
一輝はコンビニの袋を掲げた。
「飯、食ってへんやろ」
克也は何も言えなかった。
一輝は勝手に事務所へ入った。
そして机の上に弁当を並べた。
「食え」
「兄貴……」
「なんや」
「俺、負けました」
一輝は弁当の蓋を開けながら言った。
「誰に?」
「市場に」
「違う」
「え?」
「お前は自分に負けただけや」
克也は黙った。
一輝は笑った。
「まだ会社が潰れたわけやないやろ」
「でも……」
「金がなくなっただけや」
克也が顔を上げる。
「金がなくなっただけ?」
「そうや」
一輝は箸を割った。
「お前の頭も、人を見る目も、経験も、全部残っとる」
克也は黙った。
「ほんまに全部なくなった奴はな」
一輝は弁当を食べながら言った。
「自分に何が残ってるかすら分からん奴や」
克也は、しばらく一輝を見ていた。
そして笑った。
「兄貴」
「なんや」
「弁当、冷めてますよ」
「アホ。文句言うな。俺が買ってきたんや」
二人は笑った。
その夜。
克也は久しぶりに、腹の底から笑った。
そして翌朝。
克也は一枚の紙に、新しい事業計画を書き始めた。
### 第十八章 最後の一手
克也が目をつけたのは、一つの土地だった。
都心から少し離れた場所。
誰もが見向きもしない土地。
駅からも近くない。
形も悪い。
古い建物まで残っている。
普通の投資家なら手を出さない。
だが、克也には理由があった。
周辺の人口動態。
大学の移転計画。
新駅構想。
道路整備。
そして何より、その土地を所有している人物だった。
「この人だ……」
克也は所有者の経歴を調べた。
会社経営者。
七十代。
息子がいる。
しかし、その息子は不動産事業を継ぐ気がない。
土地を売りたい。
だが、急いで高く売る必要もない。
普通なら、交渉は難しい。
そこで克也は、ある人物を訪ねた。
その土地の所有者だった。
「なぜ私の土地を買いたいんですか?」
老人が尋ねる。
克也は資料を出さなかった。
数字も並べなかった。
ただ言った。
「この土地を売った後、何をしたいですか?」
老人が顔を上げた。
「……何?」
「お金が欲しいんじゃないと思います」
「なぜそう思う?」
「もう十分に資産を持っているからです」
老人は黙った。
「たぶん、面倒な土地を整理して、家族に迷惑をかけたくないんじゃないですか?」
老人の表情が変わった。
克也は続けた。
「だから、私は土地だけ買うつもりはありません」
「では何を買う?」
「あなたが安心して土地を手放せる状況を買います」
老人はしばらく黙っていた。
やがて笑った。
「君は弁護士か?」
克也も笑った。
「父が弁護士でした」
「なるほど」
その交渉は、三時間続いた。
そして。
最後に老人は言った。
「君なら任せられる」
克也は頭を下げた。
「ありがとうございます」
こうして契約が決まった。
しかも、市場価格よりはるかに安い価格で。
理由は一つ。
克也が「土地」ではなく、「人」を見て交渉したからだった。
大学時代。
父親に言われた。
『人間を知らなきゃいかん』
一輝に言われた。
『自分だけ見てたら勝てへん』
美奈に言われた。
『昔から一人で全部抱えるから』
すべての言葉が、今になって一本につながった。
### 第十九章 再起
新しい事業は、小さく始めた。
大きな借金はしない。
無理な拡大もしない。
一つずつ。
確実に。
古い建物を取り壊し、複数の小規模店舗と賃貸住宅を組み合わせた複合物件にした。
完成した日。
克也は建物の前に立った。
派手なビルではない。
しかし、そこには人が集まった。
店に客が入る。
住宅には明かりがつく。
子供が走る。
老人がベンチに座る。
克也はその光景を見ていた。
以前なら、いくら儲かったかを考えていた。
今は違った。
「ここに人がいる」
それだけで嬉しかった。
その日の夜。
久しぶりに四人が集まった。
克也。
一輝。
美奈。
美羽。
「乾杯!」
グラスが重なる。
美奈が笑った。
「克也、昔よりずいぶん偉そうになったね」
「そう?」
「うん」
美羽が横から言った。
「でも、昔より人間らしくなった」
「それ褒めてる?」
「もちろん」
一輝が大笑いする。
「こいつは昔、女の子と話すだけで顔真っ赤にしとったからな!」
「兄貴、余計なこと言わないでくださいよ」
「事実やろ」
美奈と美羽が笑う。
克也も笑った。
その瞬間。
克也は気づいた。
人生で一番大切だったものは、実は最初から手元にあった。
勝ったこと。
儲けたこと。
成功したこと。
もちろん、それも嬉しい。
だが。
一緒に笑える人間がいること。
失敗したときに戻れる場所があること。
自分を叱ってくれる人がいること。
それこそが、本当の財産だった。
### 第二十章 無双の人生
それから十年。
克也は、以前ほど派手な勝負をしなくなった。
不動産は堅実に。
株は長期で。
競馬は楽しむ程度。
麻雀では、相変わらず負けない。
一輝には今でも「お前は勝負になると目が変わる」と言われる。
そして美奈と美羽とは、年に何度か会って酒を飲んだ。
一輝は相変わらずだった。
年を取っても豪快で、誰とでも仲良くなり、店員にまで説教をする。
ある夜。
四人で酒を飲んでいると、一輝が言った。
「なあ、克也」
「はい」
「お前、自分の人生どう思う?」
克也は少し考えた。
昔なら、
「成功した人生です」
と答えただろう。
だが今は違った。
「分からないですね」
「なんやそれ」
「勝ったり負けたりだったから」
一輝が笑う。
「ほな、無双ちゃうやん」
克也も笑った。
「そうですね」
しばらくして、克也は窓の外を見た。
東京の夜景。
大学一年生だった頃にも見た景色。
あの頃は、未来が無限に広がっているように見えた。
今は違う。
終わりも少しずつ見えてきた。
だからこそ、一日一日が面白かった。
克也はグラスを持ち上げた。
「兄貴」
「なんや」
「ありがとうございました」
一輝は少し照れたように笑った。
「何を今さら言うとんねん」
「いろいろです
ところで兄貴って何者なんですか?
僕がピンチの時いつも駆けつけてくれて
そしていろいろ援助してくれて
いたみたいですけど?」
そうあの老人の土地売買の根回ししてくれたのは
一輝だった。
「フン スーパーヒーローみたいなもんや!
ほら、もう一杯飲め」
「結局それですか」
「当たり前や」
四人が笑った。
その笑い声を聞きながら、克也は思った。
人生に、完全な勝者なんていない。
金を持っていても負ける日がある。
成功していても、迷う日がある。
愛されていても、孤独になる夜がある。
それでも。
何度倒れても立ち上がる。
失っても、残ったものを見つける。
そして最後まで、自分の人生を面白がる。
それができる人間を、本当の意味で「無双」と呼ぶのかもしれない。
克也はグラスを置いた。
そして、いつものように笑った。
「さて……」
三人が克也を見る。
「次は、何をやろうか」
東京の夜は、まだ明るかった。
克也の人生も、まだ終わってはいなかった。
一輝 アナザーストーリーⅡ
一輝は帰りの新幹線の車内で思いを巡らせていた
この4年間一輝は大阪に帰るのをためらっていた
帰れば両親がいない現実と向き合わねばいけない
一人で生きていかなければならない現実と向き合わねばならない
それが怖かった。いくら大学で気丈に振る舞ってはいても
19〜22歳の青年だ現実に帰ると押しつぶされそうな気分になる
じつは一輝は東京に着くそうそうスマフォを壊してしまった。
そして友人の連絡先や大事な恋人の未来の番号さえも失っていた
そして東京での基盤をつくるための日々に追われ
大阪に帰る機会さえも失っていた
次の正月にやっと余裕ができた頃にはもう大阪に帰る事も
未来に会う事さえも怖かった。
あれほどの美人だ周りがほっておくわけがない、、、
一輝は帰ってきたあの大阪の実家へ
だがそこにはもう両親はいない
しかし、さすがに調味料 食材は全て無かったが
1階の店も調理器具も綺麗に掃除されていて仕入れさえすれば
すぐにでも営業ができそうな状態だった。
2、3階の部屋も両親の部屋 一輝の部屋あの頃のままだが
綺麗に掃除がなされていた。
そして止めていったはずの電気も水道も止まっていなかった
だれが?
一輝は思い出した 未来か?
その時、玄関から誰かが一輝に抱きついた!
「何してたん?何の連絡もよこさんと。死んだんかと思ってずーっ
と心配してたんよ。なんぼ東京に探しにいこか思ったことか?」
未来だった
自然と涙が溢れた。
「ごめん心配かけて、ごめん待たせて、
ずーっと待っててくれたんか?ほんまにごめん。」
この行き届いた掃除を見て本当に申し訳無く思った
大阪に帰った一輝は実家で定食屋をはじめた
両親から受け継いだ評判と一輝の腕でたちまち繁盛店となった
見かねたスポーツ用品会社のアンバサダーをしていた未来や
未来のお母さんも手伝うようになっていた。
だれにも内緒だったが、一輝は
この頃には両親からもらった1000万を元手に
東京で知り合った高校の同級生とはじめた仮想通貨で
数十億円の資産家になっていた。」
でも未来と一緒にする定食屋が楽しくて仕方無かった。
数ヶ月がったった時 一輝は未来にプロポーズした。
「これから先どうなるかわからんけど
俺と結婚してくれるか?」
「ええよあんたくらいウチが養ってあげる」
その2ヶ月後2人は未来の両親を伴ってハワイで小さな式を挙げた
一年後に長男 大輝が生まれた
そのひと月後 一輝は未来とその両親を前にしてこう言った。
「すまん、未来、俺に三年くれ
どうしてもいかなければいけないんや
そして俺にもしもの事があればこれで大輝を育ててくれと言って」
一億円の小切手を未来にわたした。
「何これ本物?子供銀行?」
「いや本物や仮想通貨で儲けたやつ、
その件で世界を周らないとあかんようになってん。」
「4年間ほっといて、子供産ませて今度は3年やて
ほんまよう言うわ!しゃーないわ惚れた男の頼みや
許したる、その代わり毎日一回スマフォでテレビ電話やで、
ちゃんと壊さんように持っていきや」
世界を股にかける一輝も嫁さんには頭が上がらないようだ。




