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迷子になるような奴が無闇に歩き回るんじゃない!

 世間は平日のど真ん中、水曜日。そんな日の午前11時に出歩いている人間は、誰も…。この、封筒を手に街中をスキップしているのは、典型的な社会不適合者のスズキスズキ。先日バイト先のコンビニを約1週間で辞めさせられた、27歳児である。

 彼の手に握られているのは、元バイト先のコンビニ店長に渡された、手切れ金に等しい給料袋。マトモに働いたことのないスズキは、人生初のお給料に感動していた。給料袋の中身は、同年代の社会人にはありえない、3万にも満たない少額だが、スズキにとっては大金だ。今日は記念に何かを買おうと、地域のショッピングセンターに向かっていた。

 ルンルンでスキップしているスズキは、…あっ、スズキが何かを凝視している。その視線の先には、――来た道を引き返そうとしている佐原がいた。佐原はスズキに少し遅れて気づき、逃げようとしているようだった。お願いだ!逃げ切ってくれ!


*   :・-----・:   *


 当然だが捕まってしまった。ドンマイ佐原!

 中学時代美術部だったスズキにとって、小柄な佐原など足元にも及ばなかった訳だ()。

 佐原はげんなりとした顔つきでスズキの後ろを歩き、佐原とショッピングができて上機嫌のスズキは、佐原の腕を引いていた。多分、スズキにそのつもりはなさそうだが、佐原は見事に逃げられなくなっている。

「佐原と会えてよかった!なんだよ!休みなら言ってくれれば良かったのに!」

「クソッ!なんで不動産業は水曜が定休日なんだよ!」

誰にも聞かれない不満は、スズキにも届いていなかった。

 父親が不動産経営をしている佐原は、その父が持っているアパート物件の管理会社に勤めていた。スズキの住むアパートも、佐原が管理している物件の一つだ。

 不動産業界は水曜が定休日だ。佐原はその貴重な休日を、今まさに返上させられた。こんな言葉も通じるかわからないスズキ(バケモノ)に目を付けられ、勤務日よりも重い疲労を感じさせられている。


 佐原はスズキにどこに行くかも聞かせられず、ショッピングセンター内をグルグル回っている。佐原は想像以上の疲労があるとは気づいていた。だが、それはスズキに目をつけられたからだけではなさそうだ。右側にある楽器屋の前には、既に三回も来ている。

「おい、お前もしかして――」

佐原が言い切る前にスズキが口を開いた。

「迷子になっちゃったっ!」

 てへっと聞こえてきそうなお茶目な(殴り倒したくなる)表情に、佐原は怒りを拳に溜めた。

「俺が前を歩く。どこに行きたいか言え。」

佐原はスズキの手を引いて歩き出した。そうして、逃げるチャンスを自ら手放した。


 一度、入り口近くの館内マップを確認しに行った佐原は、スズキを振り返ることなく聞いた。

「そういえば、どこに行きたいんだ?」

結局、一緒に館内マップを眺めているスズキは、一言も発さず、腹からグゥ~~ッと元気よく返した。

「フードコートは二階だな。ほら、行くぞ。」

そうしてもう一度スズキの手を引く。

 近くのエスカレーターで二階に上がる中、スズキは佐原の行動に「よく分かったな!さすが佐原!」と感心している。対して、佐原は「あー、はいはい。」と適当にあしらっている。完全に育児に疲れてきた主婦のような反応だ。そう考えるなら、スズキも無邪気な少年(クソガキ)に見えないこともない。

 エスカレータに乗ってすぐに、二人は二階にたどり着いた。よそ見をしていたスズキは、エスカレーターの降り口に躓いて転んだが。


 フードコートは、エスカレーターを降りて真っ直ぐ進んだ先にあった。スズキだけでは辿り着けなかった境地だ。

 フードコート内にはメジャーなチェーン店が並んでいる。ガッツリした食事から甘いスイーツまで。佐原は悩むまでもなく、中華料理店で注文をスムーズに終わらせた。辛さゼロの汁なし担々麺に、小籠包3個のセット。ドリンクはツバメの巣ドリンクとかいう、ゲテモノドリンクを選んだようだ。

 ここで気づいた。スズキがいない。スズキは牛丼屋の前に並んでいた気がするが、どこにもいない。――まあ、いなくても問題はないか。佐原は諦めて、優雅に食事を進めることにした。

 小籠包をアツアツの状態でレンゲに乗せ、割って溢れた肉汁を啜る。担々麺は添えられた花椒をわざと混ぜずに食べる。辛い物が苦手だからとかそんなことは、ある(断定)。

 佐原はスズキのいないひと時を満喫していた。挑戦となるツバメの巣ドリンクに手を伸ばした時、消えたと思っていたあの男の姿を見つけるまでの間は。

 なんかキョロキョロ辺りを見渡してるし、なんかめちゃくちゃポップコーンを持っている!?スズキから顔をそらした佐原も、見事に二度見した。

 フードコートの隣にはゲームセンターがある。佐原はゲームセンター近くの席に座っていた。フードコートに接したエリアには、幼児向けの乗り物ゲームやアーケードゲームが多数設置されている。その中でも一際異彩を放っていたのが、ポップコーンマシーン。爆音の曲に合わせて、キャラクターがポップコーンの購買を催促している。字面だけを見れば、全くポップではない。

 単純なスズキは、キャラに催促されるままに買い漁ったのだろう。両腕に抱えるように、ポップコーンを抱きしめている。佐原は絶対に知り合いだと気づかれたくない状況だ。

 佐原はジャケットのフードを深く被った。フードがあると食べづらさが増したが、スズキ(アレ)と知り合いだと思われるよりは、マシに思えた。


 楽しみにしていたツバメの巣ドリンクにやっとありつけると、佐原はストローに口を付ける。口の中にはツバメの巣と思われる、不思議な食感と、乳酸菌飲料のようなマイルドな酸味が口に広がった。案外イケる味だ。それに、この食欲をそそる、カツオ出汁の香り。――ん?カツオ出汁?

 佐原は、素朴で温かみのある出汁の匂いが、正面から香ってくることに気づいた。

「探してたから見つけられて良かった!」

先ほど抱えていたポップコーンに加え、何故か肉うどんを運んできたスズキ。

 この際、こいつに見つけられたことは良いにしても、何故か大量のポップコーンを抱えていたスズキは、更に大盛りのうどんを購入している。

「お前それも全部食べんの?」

少し引き気味で佐原が聞いた。

「ん?うん!」

何が引っかかったのか、スズキは戸惑い気味に答えた。戸惑って良いのはお前じゃない!

 佐原が優雅に昼食を食べる目の前で、スズキはうどんの合間にポップコーンを口に放っていた。うどんを嚥下し終わっていない間に、キャラメルポップコーンすら食べ合わせている。こいつは食事もキモいらしい。


 佐原は気にしないようにと食事を続け、ドリンクを最後に飲み干した。まだかとスズキに目を向けた佐原は驚愕した。スズキはポップコーンを食べ尽くし、うどん出汁を今、飲み干したばかりだった。体格がいいにしても、普段動いていないくせに、どうしてここまで食べれるのか。

 佐原が驚いている間に、スズキは「ごちそうさまでした!」と、ポップコーンの空き容器も持って、食器を下げに行った。最低限の常識だけはあるらしい。ポップコーンの空き容器をごみ箱に捨て、食器は購入した店の返却口に置いていた。それを見て、佐原も食器を返却口に返しに席を立った。


*   :・-----・:   *


 腹ごしらえも終わった二人は、スズキが行きたいと言った服飾雑貨の店に来ていた。最近は非常に冷えてきたため、店ではマフラーや手袋が多く取り扱われている。店は区画が大きく、スズキは興奮したのか、店の奥に行ってしまった。佐原もネクタイに合わせるタイピンを物色することにした。


 佐原は5分ほど悩んでいたが、色々な商品の中で特に気に入るものを見つけた。シルバーをベースに、さり気なく入っている紫の石の装飾があるタイピン。佐原はそのタイピンを手に取った。そして、他に欲しいものもないため、そのまま店の奥にあるレジへ向かった。

 購入したタイピンは袋に入れず、鞄の中へ。満足した佐原は、自分の用が済んだため、店内のスズキを探す。

 アクセサリーコーナーに、冬物コーナーに、メンズコーナーに、レディースコーナーに――いねぇなぁ。うん。本当にどこにもいなさそうだ。他のテナントより区画が広いと言っても、大した広さでもない店で行方不明になりやがった。

 佐原は呆れと面倒くささで顔を歪めた。ここで帰れば面倒もないだろうに、佐原はわざわざ探しに行くことにしたらしい。

 店を出て、サービスカウンターを探す。残念なことに、店はショッピングセンターの二階端、サービスカウンターはショッピングセンター一階の通路中央にある。佐原は見ていた館内マップ横のエスカレーターで一階へ降りた。

 佐原は焦ることもなく、ジャケットのポケットに手を入れ、ゆったりと歩いた。サービスカウンターまでの道のりを、他に視線も移さずに真っすぐ歩く。嫌な顔をしながらも、見捨てられない性格が仇となってしまっている。


 佐原が寝具店の前を通り過ぎたところで、館内に放送が入った。

『本日も、ショッピングセンターカネヒラ店にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。ご来店中のお客様に、迷子のお知らせです。緑のフード付きジャケットに、白のシャツと黒のズボンをお召しになった、27歳の佐原サワラ様。至急、迷子センターにお越しください。また、お心当たりのある方はお近くの従業員までお知らせください。』

 案内放送は丁寧に、丁寧に、三度も放送された。周りの客は佐原とスピーカーの間でせわしなく視線を彷徨わせている。この放送に心当たりしかない佐原は、羞恥心と怒りでわなわなと来た道を引き返した。

 迷子センターは、佐原がエスカレーターで降りた場所から、東側出口に近い場所に設けられていた。他人を勝手に振り回しやがってと、佐原はスズキを一発殴ってやろうかと考えながらショッピングセンター内を速足で歩いた。


*   :・-----・:   *


 再会を果たした親子を横目に、佐原は迷子センターのスタッフに声をかけた。

「すみません。先ほどの案内放送を聞いたのですが…」

佐原は言いづらそうにスタッフにそう言った。スタッフも佐原の服装を見て納得したのか、爽やかな笑顔で佐原を案内した。

「佐原サワラ様ですね。奥でスズキスズキ様がお待ちです。」

その爽やかな笑顔が一番痛かった。佐原のメンタルに。


 佐原は奥に通され、見知った顔が覗き込んでいた。スズキだ。佐原は「ありがとうございます。」と、スタッフの女性へ不気味なくらいの笑顔を返した。

 スズキは佐原と再会して、ハイテンションで手を振っている。佐原にとってはそれが癪に障った。ので、スズキ(能天気なアホ)の脳天に拳を叩き込んだ。

「痛ぇ!何てことすんだよ!」

スズキは佐原に不満を漏らし、痛む頭を撫でた。不満があるのは佐原のような気がするんだが……。

 佐原はスズキの首根っこを掴み、迷子センターを後にした。


*   :・-----・:   *


 時刻は午後4時。悲しいことに、それまでのほとんどの時間、スズキはじっとしていることができず、佐原とはぐれていた時間の方が長かった。佐原は一日で異様なまでの疲労を感じさせられ、帰路についていた。スズキも同じ道を一緒に歩いている。歩いて、歩いている……?訂正しよう。歩いていたのは佐原だけだった。スズキは佐原に引きずられている。

 佐原は怒りも収まり、呆れが上回ってしまっていた。

「お前はじっとしていられないのか。」

ため息とともに吐き出した言葉には、侮蔑も混じっている。当然っちゃあ、当然なんだけれども。

 スズキは悪びれもせず、「動いてないと体が固まっちゃうじゃん!」と返した。こいつ純粋悪だろ。

 流石の佐原も喋る気力を失ってしまい、沈黙が続いた。その沈黙を貫いたのもスズキだ。

「そういえばさ――」

そう言って取り出したのは、黒のシックな手袋。

「これ佐原に似合うと思って買ってみたんだよ。」

仕事で着用して出社しても違和感のなさそうなデザインの手袋。佐原は怒りを感動に変えられた。

「お前、もしかしてこれを買いにあの店に?」

見たいと言っていた店の奥でスズキは冬物を物色していたが、まさかプレゼントを購入するためだけだとは思わなかった。感動のあまりしみじみとその手袋を見つめる。

 スズキは佐原のうかがう顔に元気よく返事をした。佐原はスズキに手袋を手渡された。佐原は明るくなっていた顔を、すぐに曇らせた。

「おいお前、なんだこれは。」

怒りの滲む声にスズキは気づかない。佐原は渡された手袋をグシャッと力強く握った。

「何って、手袋だけど?」

佐原は悪気のなさそうなスズキに再び拳を振り上げた。

「これはキッズ手袋だ!」


 スズキはアパートまで佐原に追いかけられ、「だって佐原小さいから!」と大炎上にガソリンを注いだ。


*   :・-----・:   *


 そのころ、ショッピングセンターでは、別の案内放送が流れていた。

『本日も、ショッピングセンターカネヒラ店にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。お客様の呼び出しです。鈴木スズキ様。封筒をお預かりしております。至急、サービスカウンターにお立ち寄りください。』


2025/12/23 修正

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