表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『婚約破棄された伯爵令嬢は、男爵家三男の全力愛に困っています』  作者: ゆう
バグった求婚と距離感迷子編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/30

第7話 王太子、なぜか苛立つ

第7話 王太子、なぜか苛立つ


学園の午後は、穏やかな日差しとともに静かに流れていた。


中庭には学生たちの笑い声が響き、白い花々が風にそよいでいる。

いつもであれば、何気ない日常の一幕に過ぎないはずだった。


けれど――今日は違う。


(……視線が、痛いですわね)


私は歩きながら、肌に刺さるような視線を感じていた。

それは好奇の目でも、賞賛でもない。

もっと重く、もっと粘ついた感情。


「クラリス様、少し顔色が……」


隣を歩くレオンが、小さく声を潜める。


「大丈夫ですわ。ただ、視線に慣れていないだけです」


(原因は明白ですけれど)


視線の主は、少し離れた回廊の柱の影に立つ男。

王太子アルフォンス。


かつて私の婚約者であり、

公の場で私との関係を断ち切った張本人。


それでも、その視線はなぜか、以前よりも鋭く。

そして、どこか焦りを帯びているようにも見えた。


「……殿下が、こちらを見ておりますね」


レオンも気づいたらしい。

彼の声が、わずかに硬くなる。


「ええ」


(ここまで堂々と見られると、隠す気もないのでしょう)


やがてアルフォンスは、こちらへ向かって歩み寄ってきた。

周囲の空気が一瞬で張りつめる。


視線が、集まる。


「クラリス」


低く、少し苛立ちを含んだ声。


「ご機嫌よう、アルフォンス殿下」


私は落ち着いた口調で一礼した。


「随分と、親しげだな」


殿下の視線が、私ではなくレオンへ向けられる。


「男爵家の三男と、ここまで公然と行動を共にするとは思わなかった」


(それを言う権利が、今もご自分にあると?)


「友人として、ご一緒しております」


「友人、ね」


口元がわずかに歪む。


「一時の気の迷いではないのか」


「気の迷いではありません」


私は、はっきりと答えた。


「レオン様は、信頼に足る方です」


その言葉に、空気が一瞬止まる。


レオンの肩が、ぴくりと揺れたのがわかった。


「……そこまで評価する理由が、どこにある」


「行動ですわ」


私は真っ直ぐに殿下を見た。


「人の価値は、噂や肩書ではなく、日々の振る舞いで判断いたします」


殿下は一瞬だけ言葉を失ったようだった。


「……お前は、変わったな」


「いいえ」


私は静かに微笑む。


「ようやく、自分の意思で選ぶようになっただけです」


その言葉の意味を、殿下は理解したのだろう。

わずかに目を細めた。


「……その男が、本当にお前を守れるとでも?」


「守られるかどうかを、決めるのも私です」


レオンが、意を決したように一歩前へ出る。


「失礼いたします、殿下」


彼の声は震えていた。

だが、その瞳は驚くほど真っ直ぐだった。


「僕は、クラリス様の意思を尊重いたします。

 無理に近づくつもりも、立場を越えて迫るつもりもありません」


「だが、お前は男爵家の――」


「承知しております」


言葉を遮って、彼は続けた。


「それでも、僕は、彼女が笑っている姿を守りたいと思っています」


(……)


私の胸が、わずかに揺れた。


「誰かの後ろ盾になんてなれなくてもかまいません。

 ただ、彼女が安心できる場所でありたいと……」


それはとても不器用で、

とても愚直で、

だからこそ――心に響く言葉だった。


アルフォンスの表情が、はっきりと曇る。


「……そこまで言うか」


「はい」


レオンは視線を逸らさず、続けた。


「彼女を傷つける言葉を、これ以上聞かせたくありません」


一瞬、空気が凍りついた。


周囲の学生たちのざわめきが、さらに遠くに聞こえる。


「……クラリス」


殿下は、以前よりも弱々しい声で私の名を呼ぶ。


「本当に、それでいいのか」


その問いに、私は一瞬だけ目を伏せた。


そして、はっきりと口を開く。


「はい」


迷いはなかった。


「私は今、自分の意思で、ここに立っています」


「……そうか」


殿下は短く息を吐いた。


「もう、俺には口出しする権利はないな」


そのまま踵を返し、去っていく背中。


かつての婚約者は、どこか小さく見えた。


(ようやく……一区切り、ですわ)


私はそっと息を整えた。


すると、隣から不安そうな視線を感じる。


「クラリス様……」


「どうしましたの?」


「さきほどの……僕の不躾な発言、失礼では……」


「いいえ」


私は小さく首を振る。


「むしろ、助かりましたわ」


「……!」


「勇気を出してくださって、ありがとうございます」


そう伝えると、彼の目が見開かれる。


「いえ……僕はただ……」


「それでも、私には心強い言葉でした」


レオンの頬が少し赤くなる。


「……光栄です」


(そんな顔をされると、困りますわ)


けれど、胸の奥にある何かが、少しだけ温かくなるのを止められなかった。


「レオン様」


「はい」


「これからも、よろしくお願いいたしますね」


「もちろんです……!」


その言葉には、嘘の欠片もなかった。


王太子という過去が、確かに遠ざかった。

そして、私の隣には今、新しい居場所がある。


それはまだ「恋」ではないかもしれない。

けれど、確かに「信頼」へと形を変えつつあった。


(……あなたは、不思議な人です)


心の中でそう呟きながら、

私はほんの少しだけ微笑んだ。


この時間が、思っていたよりも穏やかで。

思っていたよりも、心地よいことを――

認めてしまいそうになるのが、少し悔しかった。


――こうして、王太子の苛立ちとは裏腹に、

私とレオンの距離は、確実に縮まっていった。


静かに、けれど確実に。

この作品とは別に、もうひとつ「悪役令嬢」系のラブコメも書いています。

タイトルは

『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』


「悪役をやりたい令嬢」が、頑張れば頑張るほど周囲から褒められてしまう、

誤解まみれの転生コメディです。


クラリス達の“格差婚ラブコメ”とはまた違った方向で

「こじらせた想い」が暴走していきますので、

気になった方はそちらも覗いていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ