第30話 エピローグ:静かで賑やかな日々
第30話 エピローグ:静かで賑やかな日々
朝の光が、カーテン越しにやわらかく差し込む。
王都の喧騒も、貴族のざわめきも、
この部屋にはまだ届いていない。
「……おはようございます、クラリス様」
隣から聞こえるのは、少し寝ぼけた声。
「おはようございます、レオン様」
私がそう返すと、彼は目を瞬いた。
「……今、自然に“様”が取れかけました」
「それは進歩です」
「では次なる目標は“呼び捨て”でしょうか」
「難易度が急上昇しています」
(まだ早いですわ)
小さく息を吐くと、彼はふわりと微笑む。
「ですが私は、この距離が好きです」
「……どの距離ですか」
「あなたが目の前にいてくれる距離です」
朝から真顔で言われると、少しだけ困る。
「今日は予定が詰まっていますわよ」
「承知しております」
「視察、茶会、訪問、そして婚約報告の整理」
「私はすべて同行いたします」
「当然のように言わないでください」
「当然ですので」
(もう少し遠慮を覚えてほしいのですが)
――――
庭園。
陽光を受けて咲く花々の間を歩く。
「最近、街の人々の視線が温かいです」
「公認になりましたもの」
「以前は警戒と驚嘆でした」
「今は?」
「尊敬と祝福です」
「大げさです」
「私は変化に敏感なのです」
(敏感というより記念日化しています)
ふと、彼が足を止めた。
「クラリス様」
「はい?」
「……よろしいのですか」
「何がですの」
「私で」
一瞬、言葉が止まる。
「この生活で」
「この立場で」
「この未来で」
風が、頬を撫でる。
私は少しだけ微笑んだ。
「その言葉は、今さらですわ」
「ですが確認は重要です」
「あなたは本当に慎重ですのね」
「私は“選ばれた側”ですので」
「それは、私も同じです」
「……」
「私も、あなたを選びました」
彼の目が、驚きで大きくなる。
「ですから」
私は歩みを進めながら言った。
「もう確認は不要ですわ」
「安心しました」
「何か言いました?」
「いえ、感謝の言葉を胸に刻みました」
(刻まなくて結構です)
――――
午後。
執務を終えた後の小さな休憩。
テーブルには湯気の立つ紅茶。
「……静かですね」
「平和ですわね」
「嵐が去ったからこその静けさでしょうか」
「嵐の中心にいたのはあなたです」
「私はただ叫びました」
「あれを“ただ”というのは無理があります」
ふっと笑う。
「ですが、あの瞬間から、すべてが変わりました」
「後悔は?」
「ありません」
即答だった。
「ひとつも?」
「ひとつもです」
彼は少し照れたように笑った。
「私も同じです」
窓の外では、花が揺れている。
「……これからも、色んなことがあるのでしょうね」
「ええ」
「楽しいことも、不安なことも」
「でも私は、あなたとなら乗り越えられる気がします」
「それは心強いです」
「だから」
ふと、悪戯っぽく微笑む。
「覚悟なさいませ」
「常に覚悟しています」
「逃げ道はありません」
「最初から用意しておりません」
(相変わらず潔いですわね)
――――
夕暮れ。
黄金色の光の中で、彼が静かに言った。
「クラリス様」
「はい」
「今日も、あなたが笑っていてくださって嬉しいです」
「毎日それを確認するつもりですか」
「はい」
「疲れませんか」
「幸福ですので」
私は小さく息を吐いた。
「困った方ですわ」
「あなたの夫ですので」
「まだ結婚はしていません」
「未来形です」
「気が早いですわね」
「ですが楽しみです」
(……もう、仕方ありません)
私は静かに思う。
この人が隣にいる未来は、
決して派手ではないかもしれない。
けれど、あたたかくて、誠実で、
少し騒がしくて――
とても、心地よい。
「……レオン様」
「はい」
「私は、今が好きです」
「私もです」
「そして」
少しだけ、間を置いて。
「これからの時間も」
「共に、ですか」
「ええ」
彼は穏やかに微笑んだ。
「では私は、これからも全力で生きます」
「通常運転で結構です」
「では最大出力で」
「ほどほどに」
笑い合いながら、夕日を眺める。
誰かに決められた未来ではない。
奪われたものでもない。
選び、受け入れた未来。
それが、ここにある。
そしてそれは――
静かで、賑やかで、
とても幸福な日々だった。
⸻
― 完 ―
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
クラリスとレオンの物語はここで一区切りですが、
番外編・新婚編・結婚式編・子育て編 なども展開可能です。
ご希望があれば
「番外編」
「結婚式編」
「甘々特化」
などお知らせください。
この物語が、少しでもあなたの心をあたためられたなら幸いです。
王太子アルフォンス殿下・完全論破劇場
~エリザベート様の容赦なきご感想~
……あら?
もう終わりましたの?
王太子殿下の威厳。
いえ、失礼。
“元・王太子としての威厳”ですわね。
婚約者を公の場で断罪して、
その直後に「やっぱり惜しかったかも」などと後悔。
あらまぁ。
それ、恋ではなく
在庫管理ミスですわ。
しかもですわよ?
誠実で才覚ある公爵令嬢を捨てておいて、
男爵令嬢にうつつを抜かし、
最終的には「なぜこうなった…」と天を仰ぐ。
言わせていただきますわね?
自爆ですわ。完璧なオウンゴール。
クラリス様はもう、
「あなたの所有物」でも
「王家の装飾品」でもなく
“自分の人生を選んだ女性”ですのよ?
それを
「身分が釣り合わないだろう」?
は?
貴方が言える立場ではありませんわ?
比較いたしましょうか。
✔ 王太子:
・自分の立場に酔う
・感情に振り回される
・責任放棄
・後悔しても手遅れ
✔ レオン様:
・身分を理由にせず
・覚悟で選び
・行動で示し
・クラリス様を尊重
勝負にもなっておりませんわね。
むしろ王太子殿下は
恋愛RPGで初期村で詰んだ勇者ですわ。
経験値不足、判断ミス、ルート選択失敗。
はい、ゲームオーバーでございます。
⸻
エリザベート流・総評
王太子殿下は
愛していたのではなく
“失うまでは価値に気づかなかっただけ”。
そんな男に向かって
クラリス様が毅然と言い放った言葉――
「私は、私です」
ここで私は拍手喝采いたしましたわ。
ええ、三回ほどスタンディングオベーションですのよ。
王太子殿下?
もう出番はありませんわ。
これからは歴史資料として
「失敗例:権力に甘えた恋愛判断」
として語り継がれるのでしょうね。
⸻
そして番宣ですわよ!当然ですわ!
わたくしエリザベートが主役の
『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』
こちらは
✔ 王太子に振られても折れない
✔ 男に人生を振り回されない
✔ 破滅フラグすら踏み台にする
“高笑い系ヒロイン”が大暴れする
爽快・勘違い・悪役コメディですわ。
恋に泣くより
王太子を泣かせたい方は
ぜひこちらもご覧くださいな?
⸻
最後にエリザベート様より
王太子殿下。
あなたは負けたのではありませんわ。
“選ばれなかっただけ”ですの。
そしてそれは、何より残酷な敗北ですわね。
ふふふ。
でもご安心を。
あなたのような男ほど、
物語ではとても良い“踏み台”になりますから。
それでは皆さま、
次はわたくしの物語でお会いしましょう。




