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『婚約破棄された伯爵令嬢は、男爵家三男の全力愛に困っています』  作者: ゆう
バグった求婚と距離感迷子編

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第3話 これはデートではなく、街の視察です

第3話 これはデートではなく、街の視察です


「……それで、本日はどちらへ?」


玄関ホールで、レオンがやけに改まった声で問いかけてきた。


「街の様子を見に行きますわ」


「は、はい!!」


(声に覇気がありすぎるのですが)


私は淡い色の外出用ドレスに身を包み、いつもより控えめな装いを選んでいた。

今日はあくまで「視察」。

間違っても「逢引」ではない。


(断じて)


なのに、目の前の男は――


上下きっちり整えられた服装に、髪まで完璧にセットされ、

明らかに「気合入りすぎモード」だった。


「その……クラリス様……今日は、その、光栄であります……!」


「レオン」


「は、はいっ」


「これはデートではありません」


「視察ですね!!!」


(いや強調しなくても大丈夫です)


伯爵邸の馬車に乗り込み、ゆっくりと街へ向かう。


最初の沈黙は、いつも通り彼が破った。


「ど、どういった点をご覧になる予定なのでしょうか!!」


「市場の物価、治安、職人たちの様子ですわ」


「なるほど……とても、真面目な内容……」


(なぜ少し残念そうなのですか)


街へ到着すると、活気のある声が溢れていた。


「クラリス様!」


「伯爵令嬢様だ!」


露店の商人たちが、すぐにこちらに気づく。


(こういうところだけは、地道な努力が報われます)


以前、この市場の衛生状況を改善するために資金を回したことがあった。

そのことを覚えてくれているのだろう。


「今日もお元気そうで安心しました」


「この通り、皆様のおかげで」


そう微笑むと、商人たちが嬉しそうに頭を下げる。


その様子を、レオンが若干誇らしげに見ていた。


「……やはり、クラリス様はお慕いされておりますね」


「当然です」


「そこは堂々と認めるんですね……」


(私の努力ですもの)


屋台をいくつか見て回り、職人街へと足を向ける。


その途中――


若い娘とぶつかり、彼女の荷物が地面に散らばった。


「あっ……!」


反射的に屈んで拾おうとしたが、

その瞬間、横から別の腕も伸びる。


「大丈夫ですか?」


レオンだった。


視線が合う。


(近い)


ほんの一瞬、自然にその距離を意識してしまう。


(……いや、これは事故です)


娘は顔を赤らめながら深々と礼をした。


「ありがとうございます、レオン様……」


……ん?


「え?」


「え?」


私とレオンの声が、見事に重なった。


「え、あの……どうして名前を……?」


「だって今、街で噂になってますから」


「噂?」


「“伯爵令嬢様の婚約破棄後に現れた謎の勇者・男爵家三男”って」


(勇者扱いされてる……)


レオンが顔を真っ赤にする。


「そ、そんな大げさな……!」


「格差恋愛の希望」とか「逆転愛の象徴」とか言われてますよ?」


「ま、まさか……!」


(街の情報伝達、早すぎませんか)


私は咳払いをした。


「……本日は視察に集中しましょう」


「は、はい!!」


だが、その後も注目度は増すばかりだった。


「クラリス様、その方は……?」


「お、お付き合い前のお知り合いです」


「婚約者候補では!?」


「友人です」


「友人!!!」


(なぜ本人が一番驚いているのですか)


けれど、レオンは誰に対しても丁寧で、真面目で――

そして、意外なほど自然だった。


孤児の少年に優しく声をかけ、

老人の荷物をさりげなく持ち、

市場の混雑では私をさりげなく庇う。


その行動は、決して派手ではないのに、安心感があった。


(こういうところ、評価されないタイプなんでしょうね……)


人目を避けるため、裏通りへ入ったとき。


「……クラリス様」


「はい?」


「今日は、とても楽しいです」


「視察なのですけれど」


「それでもです」


少し照れたような笑顔だった。


(危険です。こういう不意打ちは)


「……それは、良かったですわ」


そう答えた自分の声が、少しだけ柔らかかったことに気づき、私は内心で眉をひそめた。


(油断してはいけません)


帰りの馬車。


沈黙は、奇妙なほど心地よかった。


「……今日は、ありがとうございました」


「こちらこそ」


「また……ご一緒していただけますか」


一瞬、間が空く。


(これは視察です)


(これは視察です)


(これは……)


「……ええ。また、視察に」


「はい!! 次回も全力で護衛いたします!!」


(いやそれ、冒険者の台詞です)


それでも馬車の揺れの中、

彼の表情に向けられた安心感は、思った以上に自然だった。


(……本当に、困った人です)


私はそっと窓の外へ視線を向けた。


頬が少しだけ、温かい気がしていた。



この作品とは別に、もうひとつ「悪役令嬢」系のラブコメも書いています。

タイトルは

『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』


「悪役をやりたい令嬢」が、頑張れば頑張るほど周囲から褒められてしまう、

誤解まみれの転生コメディです。


クラリス達の“格差婚ラブコメ”とはまた違った方向で

「こじらせた想い」が暴走していきますので、

気になった方はそちらも覗いていただけると嬉しいです。

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