第29話 二度目のプロポーズ
第29話 二度目のプロポーズ
夜は静かだった。
祝福に満ちた一日が終わり、
王城の喧騒もようやく遠のいていく。
私はレオンと並んで、王城の裏庭を歩いていた。
月明かりが石畳を淡く照らし、風が花の香りを運んでくる。
「……今日は、長い一日でしたわね」
「はい。人生で最も情報量の多い日でした」
「褒めているのか、疲れているのか」
「両方です」
(やはり安定の回答です)
そのとき、レオンがふと立ち止まった。
「クラリス様」
「どうしましたの」
「少しだけ、お時間をいただけますか」
「もうかなり時間を共有していますけれど」
「それでも、もう少しだけ」
私は頷いた。
「構いませんわ」
彼は一歩、前に出た。
そして、ゆっくりと私に向き直る。
「今日、私たちは婚約を認められました」
「ええ」
「王家も、伯爵家も、世間も」
深く息を吸う。
「ですがこれは、誰かに決められた関係ではありません」
「……」
「あなたの意思で選ばれ、
私の意思で受け入れた関係です」
視線が、真っ直ぐだった。
いつもの勢いではない。
いつもの熱量とも少し違う。
ただ、静かで、誠実な眼差し。
「だから私は、改めてお伝えしたいのです」
「……何を、ですか」
彼はゆっくりと、膝をついた。
――その動作に、私の思考が一瞬止まる。
「レオン様?」
「驚かせてしまい申し訳ありません」
「ええ、正直、かなりですが」
(なぜここで正座に近い姿勢ですの)
だが彼は、真剣だった。
「私は以前、衝動的にあなたの前で叫びました」
「ええ、衆目の中で」
「反省はしております」
「現在進行形で恥ずかしそうですわね」
「ですがあのときの言葉も、本心でした」
顔を上げ、静かに続ける。
「ただ一つ、足りなかったものがあります」
「……何ですの」
「落ち着きです」
「確かに決定的に欠けていました」
「ですので」
彼は小さく笑った。
「今度はきちんと、あなたの目を見て申し上げます」
月明かりの下、
その表情はひどく真剣だった。
「クラリス・フォン・アルヴェーン伯爵令嬢」
「……はい」
「私は、あなたの人生を共に歩みたい」
ゆっくりと、言葉を重ねる。
「あなたの喜びも、孤独も、不安も、
誰にも渡したくない」
「……」
「誓います」
その声は、静かで、揺れていなかった。
「あなたを、一生幸せにします」
ほんの少し間を置いて、
彼は続けた。
「私と結婚してください」
空気が、止まった。
けれど不思議と、胸は穏やかだった。
「……二度目のプロポーズですのね」
「はい」
「今度は、誰も見ていません」
「だからこそ、本物です」
私は少しだけ、視線を落とし――
そして、また彼を見る。
「レオン様」
「はい」
「あなたは、本当に不器用ですわ」
「承知しております」
「ですが、ひどく真っ直ぐでもあります」
「努力しております」
「……その点だけは評価いたします」
私はゆっくりと、微笑んだ。
「私は、すでにあなたを選びました」
「それは……」
「今日も、昨日も、
そしてこれからも」
一歩、近づく。
「ですから」
そっと、言葉を重ねた。
「その問いの答えは、最初から決まっています」
彼の目が、驚きに揺れる。
「はい」
はっきりと、確かに。
「喜んで、お受けいたします」
一瞬の沈黙。
そして彼は、ゆっくりと立ち上がった。
「……夢ではありませんね」
「夢ではありません」
「現実ですか」
「現実です」
「私は今、とてつもなく幸福です」
「それも現実です」
(大変手応えのある確認作業です)
それでも、彼の頬は少し赤かった。
「クラリス様」
「はい」
「私は、あなたの婚約者としてだけでなく」
「……」
「あなたの伴侶として、生きます」
その手が、そっと私の指先に触れる。
私はそれを、拒まなかった。
「では、私はあなたの人生に付き添います」
「一生でよろしいですか」
「足りませんわね」
「では永遠で」
(スケールが唐突に神話級)
それでも私は、笑った。
「それが、この人らしいですわ」
夜空には星が瞬き、
月はやわらかく、二人を照らしていた。
これはもう
義務でも、運命でもない。
選んだ人と、
歩き出す未来。
それだけのことだった。
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次はいよいよ最終話
▶ 第30話「エピローグ:静かで賑やかな日々」
王都のその後、ふたりの未来、
甘さと温もりで締めくくります。




