表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『婚約破棄された伯爵令嬢は、男爵家三男の全力愛に困っています』  作者: ゆう
バグった求婚と距離感迷子編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/30

第27話 王太子、完全敗北

第27話 王太子、完全敗北


その場に、沈黙が落ちた。


王城中庭。

貴族たちが立ち去ったあとも、空気だけが緊張を残している。


「……クラリス」


呼ばれたのは、もう何度目だろう。


振り返ると、そこに立っていたのは

かつて“すべてだった男”――王太子アルフォンス。


だが今の彼に、あの頃の威厳はなかった。


整っているはずの佇まいはどこか疲れ、

視線も、揺れていた。


「ご用件は何でしょうか、殿下」


私は距離を保ったまま、静かに答えた。


「もう一度、話がしたい」


「これ以上、何をお話しする必要が?」


「……後悔している」


絞り出すような声。


「なぜあのとき、お前を手放したのか」


沈黙。


だが私は、何も言わなかった。


「私は、間違っていた」


「存じています」


即答だった。


「私は“聖女”ではなく、“弱さ”に縋っていた」


その言葉は、ようやく現実を見始めた証だったのだろう。


「……お前は、私の理想だった」


「過去形ですわね」


「だが、お前は私の人生から離れてしまった」


私は、ふっと小さく笑った。


「それは、殿下が選んだ結果です」


核心に触れる言葉。


「私は、殿下の意思を尊重して身を引きました」


「だが今は……」


「今は、もう私の意思で歩いています」


アルフォンスの瞳が揺れる。


「……あの男では、満足できないだろう」


その一言が、最後だった。


「おやっぱりですから」


私は、はっきりと答えた。


「レオン様は、誰よりも誠実で、

誰よりも私を尊重してくださる方です」


「それでも身分が――」


「今さらですか?」


少しだけ、ため息。


「殿下は何も変わっていません」


「……何だと」


「私ではなく、“立場の私”しか見ていない」


空気が冷えた。


「私は殿下の理想ではありません」


静かに、けれど明確に続ける。


「私は、私です」


その言葉が、決定打だった。


「…………」


沈黙に、耐えきれなかったのは彼のほうだった。


「……私は、どうすればよかった」


「答えはもう、意味を持ちません」


そう告げて、私は背を向ける。


だがそのとき。


「クラリス」


また呼ばれる声。


私は、振り返らなかった。


「あなたはもう、私の名前を呼ぶべき方ではありません」


その言葉は、鋭くもなく、冷たくもなく。


ただ――完全な隔たりだった。


そしてそこへ、足音が重なる。


「……クラリス様」


レオンだった。


私の隣に自然と立ち、


王太子を一瞥する。


「何か問題でも?」


「いや……」


「では、失礼いたします」


それだけで十分だった。


立場。視線。空気。

すべてが物語っていた。


もう、勝敗は明白だったのだ。


歩きながら、私はそっと息を吐いた。


「……終わりましたわね」


「はい」


「あなたは、何も言わなくてよかったのですか」


「勝船は沈黙で十分です」


「戦ではありません」


(やはり戦略思考なのですね)


少しだけ、間を置いて。


「……でも、怖くはありませんでした」


「なぜですか」


「あなたが手を離さなかったからです」


レオンは驚いたように瞬いたが、すぐにほんのりと笑った。


「それが、私の選んだ道です」


私はその横顔を見ながら思う。


過去はもう、追ってこない。

罪悪も、後悔も。


今ここにあるのは、

“選んだ現在”だけだ。


王太子は静かに立ち尽くし、

何かを失ったことをようやく理解していた。


それは敗北ではなく――


選ばれなかったという事実。


そしてそれは、

誰にも覆すことのできない決定だった。



次は

▶ 第28話「正式な婚約発表」

祝福と涙と騒動の中で、物語はクライマックスへ進みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ