第24話 クラリスの決意
第24話 クラリスの決意
その招待状は、あまりにも整いすぎていた。
王都主催・貴族評議会の公開懇談会。
表向きは「若手貴族の将来展望についての意見交換会」。
だが実態は、王家の意向を示す場であり、
同時に“クラリス・フォン・アルヴェーンの進退”を測る場でもあった。
(……逃げ道は用意されていませんわね)
私は静かに手袋を整えた。
「クラリスお嬢様、本日も大変お美しゅうございます」
「ありがとうございます、ミレイ」
「レオン様も到着されています」
「ええ、存じています」
扉越しに、いつもの落ち着かない気配がする。
「クラリス様……」
「どうぞ」
控え室に入ってきたレオンは、いつも以上に真剣な表情だった。
「本日の場は……」
「承知しています」
「もし何かあれば、すぐに――」
「大丈夫です」
私は微笑んだ。
「今日は“隠れる日”ではありません」
「……そうですね」
彼は息を吸い、ゆっくりと頷いた。
「では、私はあなたの後ろに立ちます」
「隣で結構ですわ」
「……はい」
その一言で、彼の表情が少し緩んだ。
――――
王城・大広間。
そこに集まる貴族たちの視線は、すでに定まっていた。
「……来たわね」
「クラリス殿と男爵家三男……」
「今日はどうなるのかしら」
私は深く息を吸い、堂々と歩いた。
レオンは、隣にいる。
半歩だけ、後ろに。
(それでも、隣ですわ)
司会役の貴族が声を張る。
「本日は若き貴族の“進むべき道”について意見を――」
形式的な言葉を経て、
やがて話題は“結婚観”へと移っていった。
そして、避けようのない問い。
「ではクラリス殿、
近頃のご交友について、お考えは?」
空気が止まる。
(来ましたわね)
私は一歩前へ出た。
「ご質問、ありがとうございます」
周囲の視線が私に集中する。
「私は現在、男爵家三男レオン・バルディエと、
誠実に関係を築いております」
ざわめき。
だが私は言葉を止めなかった。
「それは一時の感情でも、勢いでもありません」
レオンの手が、ほんの少し震えるのが見えた。
だが私は、あえて続ける。
「私は彼を、対等な一人の人間として選びました」
その場に、ざわめきが走る。
「身分ではなく、覚悟でです」
「……」
王家側の視線も、鋭くなる。
私は、微動だにしない。
「私の選択が、伝統と異なるとするなら」
少し、視線を巡らせた。
「それは“誤り”ではなく、“更新”です」
静まり返る大広間。
「私は、私自身の人生を生きます」
胸を張って、続ける。
「その隣にレオン・バルディエがいることを、私は誇りに思います」
一瞬の沈黙。
――そして、どこからか小さな拍手。
一人、また一人。
ついには、まばらだが確かな拍手が広がった。
(……これが、私の言葉なのですね)
レオンが、信じられないという顔で私を見る。
「クラリス様……」
「顔がうるさいです」
「……感動です」
(静かにしてください)
だがその声は、震えていた。
懇談会の終わり、控え廊下。
私はようやく息を吐いた。
「……緊張しましたわ」
「歴史的瞬間です」
「そこまでではありません」
「私は一生忘れません」
(重いです)
私はふっと息を吐き、彼を見た。
「これでよろしいのですか」
「はい」
「私は、はっきりと選びました」
少しだけ間を置いて、言った。
「あなたを」
レオンが言葉を失った。
「……今、心臓が二倍速です」
「正常に戻しなさい」
「努力します」
(だからそこは努力なのです)
私は小さく笑い、空を見上げた。
(逃げなくてよかった)
そう思えたのは、きっと初めてだ。
「……レオン様」
「はい」
「私はあなたと生きる未来を、想像し始めています」
「それはつまり……」
「まだ結論ではありません」
「でも、希望です」
「はい」
彼はゆっくりと頷いた。
「その未来を、現実にします」
「期待しておりますわ」
そして私は思う。
今日の言葉は、誰のためでもない。
王家でも、伯爵家でも、世間でも。
“私自身”のための宣言だったのだと。




