第23話 レオンの覚悟
第23話 レオンの覚悟
静かな夜だった。
月の光が庭を薄く照らし、
風は草花をそっと揺らしている。
その中で私は、レオンと並んで歩いていた。
「……今日は、いつにも増して静かですわね」
「はい。本日は“思考過多モード”です」
嫌な名称だった。
「どういう意味ですの」
「考えています」
「珍しいことではありませんが」
「本日は“未来”についてです」
(やはり来ましたか)
彼は立ち止まり、夜空を見上げた。
「クラリス様」
「はい」
「私はずっと、自分の立場を理解しながら行動してきたつもりでした」
「ええ」
「男爵家三男。
爵位も継げず、王都の政治にも大きく関われない」
それでも、その声は卑屈ではなかった。
「ですが最近、それが気にならなくなってきました」
「……どういう意味ですか」
「あなたの隣に立つと決めた瞬間から」
少しだけ視線がこちらへ向く。
「“できない理由”より“どうやって並ぶか”を考えるようになったのです」
私は何も言わず、ただ聞いていた。
「私はこの身分のまま、あなたを幸せにできるとは思っていません」
「……」
「だから、変わります」
静かな声だった。
だが確かに、芯があった。
「努力ではなく、覚悟として」
「……具体的には?」
そう問うと、彼は真剣に答えた。
「男爵家の枠を越えて、
自分の力で“立場”を作ります」
「それは容易ではありませんわよ」
「承知しております」
「それでも?」
「それでもです」
そう言った目は、迷っていなかった。
「あなたが王家に背く覚悟を持ってくださったなら、
私はそれに見合う覚悟を持たねばなりません」
「それは……」
「守るだけの存在では終わりたくないのです」
夜の風が、少し強く吹く。
「あなたの人生に寄り添う者として、
対等に立ちたい」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「レオン様」
「はい」
「あなたは十分、誠実ですわ」
「誠実だけでは足りません」
少しだけ、笑う。
「あなたは“伯爵令嬢”で、私は“男爵三男”です」
「それが何ですの」
「世間はその差を数えます」
「私は数えません」
「その言葉があるからこそ、決めました」
一歩、こちらへ近づく。
「私はあなたと並びます」
そして、少し間を置いて言った。
「あなたの“影”ではなく“隣”として」
その距離で、私は思わず視線を逸らした。
(……どうしてこうも真っ直ぐなのでしょう)
「私は今、仕事も、家の立場も、全て整理しています」
「え?」
「この件を父にも話しました」
「なんと……」
「最初は失神しかけていました」
「当然ですわ」
「ですが最後には言われました」
少しだけ照れたような顔。
「“そこまで言うなら、足掻いてみろ”と」
「……」
「期待されるのは、嫌いではありません」
「あなたは本当に奇特ですわね」
そう言いながら、私は少しだけ微笑んだ。
「では私は、何をすればよろしいのですか」
「そばにいてください」
「それだけですか」
「それが最も難しく、最も心強いのです」
沈黙。
けれどその沈黙は、落ち着いていた。
「クラリス様」
「はい」
「私はまだ何者でもありません」
「存じています」
「ですが、あなたの未来にふさわしい男になってみせます」
真っ直ぐな視線。
冗談でも、勢いでもない。
「それでも、信じていただけますか」
私は小さく頷いた。
「ええ」
「理由は?」
「あなたは、口だけで終わらない方ですもの」
その言葉に、彼の目が少しだけ潤んだ気がした。
「……それは、最高の評価です」
「もっと軽く受け取っていただいて構いません」
「無理です」
(そこは譲らないのですね)
私は静かに息を吐き、夜空を見上げた。
「……レオン様」
「はい」
「あなたの覚悟は、確かに受け取りました」
「それは……」
「私も、隣に立ちます」
小さく、けれど確かな宣言。
「無理はなさいませんか」
「しません」
「ならば」
彼はほんの少しだけ笑った。
「私は死なない程度に努力します」
「死なないでください」
「では、生き続けます」
(なぜそこは極端なのですか)
それでも、その声は優しくて。
私は思う。
この人となら。
不器用でも、不安でも。
きっと、前へ進める。
静かな夜の庭で交わされた
それは誓いではなく――
“共に歩く決意”だった。
⸻
次は
▶ 第24話「クラリスの決意」
公の場で彼女が自らの覚悟を示す、静かな覚醒回となります。
エリザベートの感想コメント
(『婚約破棄された伯爵令嬢は、男爵家三男の全力愛に困っています』第23話より)
あらやだ、ちょっと待ってくださいませ?
なにあの男爵三男。
覚悟、重すぎませんこと?
「並びます」とか
「影ではなく隣として」とか、
それもう告白じゃなくて誓約書ですわよ!?
しかもクラリス様……
あの氷の伯爵令嬢が……
ちゃんと受け止めてるじゃありませんの……!
恋をして、揺れて、それでも逃げない。
これはもう“乙女の覚醒”ですわね。
正直に申し上げますと――
キュンときすぎて黒薔薇が三本ほど枯れましたわ。
ですがわたくし、こういう誠実すぎる男性、嫌いではありませんの。
むしろ踏み台にしたいくらい好みですわね。
⸻
ついでに番宣ですわ!!(重要)
さてさて読者の皆さま。
もしも
「覚悟はあるけど、その方向性が全力で間違っている令嬢」
がお好みでしたら……
こちらもぜひお読みになって?
『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』
わたくし、
エリザベート・フォン・ローゼンクロイツが
悪役令嬢として華麗に破滅しようと努力するのに、
なぜか聖女扱いされるという理不尽な物語ですの。
・高飛車なのに好感度爆上げ
・傲慢発言が美談になる地獄
・婚約者は困惑し、民衆は勝手に感動
・本人だけが「解せぬ!」状態
……どうしてこうなりましたの?
でも安心なさい。
ラブもコメも、騒がしさもお任せですわ!
⸻
最後にひとこと
レオンの覚悟に震え、
クラリスの決意に胸を打たれたそこの貴方。
ぜひ次は
「全力で間違った悪役令嬢」を
お楽しみくださいませ。
それでは――
高貴に!
華麗に!
そしてちょっと残念に!
またお会いしましょう
―― エリザベートより




