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『婚約破棄された伯爵令嬢は、男爵家三男の全力愛に困っています』  作者: ゆう
バグった求婚と距離感迷子編

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第2話 初顔合わせなのに距離感がバグっています

第2話 初顔合わせなのに距離感がバグっています


王城での公開プロポーズ事件から三日後。


私はエーデルシュタイン伯爵邸の応接室で、沈痛な気持ちで紅茶を見つめていた。


(まさか、本当に来るとは……)


いや、約束したのは私なのだけれど。

だけれども。


あの場で、あれだけ大勢の前で、

あれだけの勢いで「結婚してください」と叫んだ男爵家三男が、

今日「正式なお話」のために訪れるのである。


(冷静に考えて、色々おかしくないですか?)


ノックの音。


「クラリスお嬢様、バルディエ男爵家のご子息がご来訪です」


「……お通ししてください」


扉が静かに開き、現れたのは――


想像以上にきっちりと正装したレオン・バルディエだった。


髪はきれいに整えられ、背筋は不自然なくらい伸びている。

表情はというと、まるで処刑台に自ら歩んできた囚人のよう。


「し、失礼いたします!!!」


「声が大きいです」


「す、すみません!!!」


(もう謝罪から入るのやめてほしい)


レオンは深々と頭を下げ、ぎこちなく椅子に腰を下ろした。

その動きがあまりにも硬すぎて、椅子の方が恐縮しそうである。


「本日は、お時間をいただき、誠に……誠に……!」


「大丈夫ですから、そんなに気合を入れなくても」


「いえ! しかし! 僕は! とても! 今! 緊張しておりまして!」


(それは見ればわかります)


一旦、沈黙。


……いや、沈黙に耐えられていないのは完全に彼の方だ。


「ええと……あの……クラリス様……」


「はい」


「昨日は……ぐっすり眠れましたでしょうか……」


(なぜ天気の話テンション)


「普通に眠れましたわ」


「よ、よかった……!」


(何に安心しているのですか)


私はそっと紅茶を口に運びながら、改めて彼を観察した。


(……どうして、この人はあんなことを)


容姿が悪いわけではない。

むしろ整っている部類だと思う。

ただし、自信が顔のどこにも見当たらない。


「レオン様」


「は、はい!!」


「改めてお聞きしますが……」


私は静かにカップを置いた。


「なぜ、あの場であのようなことを?」


「命懸けの告白ですね!!」


「そこは自覚しているのですね」


レオンは一瞬だけ笑って、すぐ真面目な顔に戻った。


「でも……どうしても、言わずにいられませんでした」


「どうして?」


「クラリス様が……あまりにも、当たり前のように傷つけられていたからです」


私は少しだけ、視線を伏せた。


(傷ついていた、か)


自覚はなかった。

というより、慣れてしまっていた。


「殿下にあそこまで言われても、取り乱さず、泣きもせず……」


「泣くのを期待されていたなら、期待外れで申し訳ありません」


「い、いえ!! そういう意味では!!」


慌てる姿が、いちいち大げさである。


「ただ……その、なんと言いますか……」


彼は視線を彷徨わせながらも、言葉を探していた。


「強い方だと思いました。

 でも、それと同時に……誰かがそばにいていい方だとも思って」


(……なんでしょう、この微妙に的確な分析)


「それで、結婚ですか?」


「はい!」


即答。


「その発想はどこから来たのです?」


「一番、確実な方法だと思いました」


(論理が暴走してます)


私はこめかみを押さえた。


「レオン様、私は伯爵令嬢ですのよ?」


「はい!」


「あなたは男爵家の三男です」


「はい!!」


「世間的には“釣り合わない”という評価になります」


「承知しております!!」


(勢いで乗り切れる問題ではありません)


「あの……もし私が、あなたを恋愛対象として見られない場合は?」


「泣きます」


「正直ですね」


「でも諦めません」


「しつこいですね」


「誠実です!」


(どこまでもポジティブ)


私は耐えきれず、ふっと小さく息を漏らした。


「……ふふ」


「っ!!」


レオンの肩が跳ねた。


「クラリス様が笑いました……!」


「そんなに珍しいですか」


「はい……普段は完璧な伯爵令嬢オーラが強すぎて……」


(それはそれで複雑です)


「では、この話をどう運ぶつもりなのか、具体的に教えてくださいな」


「ぼ、僕と……友人として、交流する時間をいただけたらと!!」


(ちゃんと段階を踏む意思はあるのですね)


「つまり、“まずは知り合うところから”と?」


「はい!」


「妥当ですね」


私は少しだけ背もたれに寄りかかる。


「では、まずは“友人”として、お付き合いを始めましょう」


「と、友人!!」


レオンが感動したような顔をする。


「ありがたき幸せでございます!!」


「そこまで大仰に喜ばなくても結構です」


(まだ婚約もしていないのに)


「ですが条件があります」


「は、はい!」


「私の許可なく、外で“婚約者のような言動”はしないこと」


「……つ、つい気持ちが先走ってしまうので……」


「自覚があるのですね」


「努力いたします!!」


(努力というか抑制してください)


私は小さく頷いた。


「では、今後は“お相手候補”ではなく、“友人”として接していただきます」


「友人……」


レオンはなぜか、宝物を授かったような顔をした。


「それと」


「はい!」


「敬語を少し減らしてください。

 私ばかりが緊張している気分になります」


「えっ……」


「いつも通りでいいのです」


(こちらだって、完璧令嬢モードばかりでは疲れるのです)


「さ、さすがにその……距離感崩しすぎでは……!」


「もう距離感は最初から崩壊しています」


「確かに……」


ようやく互いに、ほんの少しだけ空気が和らいだ。


(この人といると、本当に調子が狂います)


でも。


(……悪くない)


「では、レオン」


「はっ」


「これからも、よろしくお願いいたしますわ」


「……はい。心から」


ぎこちないけれど、優しい笑顔だった。


婚約破棄されたはずの私の日常に、

想定外の存在が入り込み始めている。


しかもその存在は、

驚くほど真っ直ぐで、不器用で、少し優しすぎる。


(……この人、本当に大丈夫でしょうか)


それなのに、どこか安心している自分に気づき、私はそっと視線を逸らした。


こうして私は、

奇妙で不安で、でも少しだけ楽しみな「友人関係」を

男爵家三男レオン・バルディエと結ぶことになったのである。


――そしてこの時点ではまだ知らなかった。


この“友人関係”が、

どれほど激しく、甘く、騒がしいものになるのかを。

この作品とは別に、もうひとつ「悪役令嬢」系のラブコメも書いています。

タイトルは

『悪役令嬢になりたいのに、全部善行扱いされてしまうんですが!?』


「悪役をやりたい令嬢」が、頑張れば頑張るほど周囲から褒められてしまう、

誤解まみれの転生コメディです。


クラリス達の“格差婚ラブコメ”とはまた違った方向で

「こじらせた想い」が暴走していきますので、

気になった方はそちらも覗いていただけると嬉しいです。

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