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『婚約破棄された伯爵令嬢は、男爵家三男の全力愛に困っています』  作者: ゆう
バグった求婚と距離感迷子編

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第16話 熱を出したクラリスと看病イベント

第16話 熱を出したクラリスと看病イベント


その異変は、前兆から始まっていた。


朝、目覚めた瞬間から身体が妙に重い。

頭がぼんやりして、視界が少し霞んでいる。


(……これは、まずいですわね)


無理をした覚えはない。

だが昨日の王太子との一件、夜会続き、精神的な疲労もあったのだろう。


「クラリスお嬢様、大丈夫でございますか?」


侍女ミレイの心配そうな声。


「少し、熱があるような気がしますわ」


額に当てた体温計は、はっきりとした数字を示していた。


「……これはお休みいただいた方がよろしいかと」


「ええ……そうですわね」


私は素直に頷き、ベッドへと身を沈めた。


だが。


問題は、そこからだった。


――数刻後。


「クラリス様が発熱!?

どの程度ですか!?

命に関わるものでは!?

冷却用の布はありますか!?

医師は!?

お粥は!?

蜂蜜は!?

精神安定のための読書は!?

え、私が読みますか!?

歌いますか!?」


部屋に嵐が侵入した。


「レオン様……?」


ベッドの横に、息を切らして立つ男がいた。


「お呼びではありませんが?」


「お呼びでなくとも参上いたします!!」


(看病というより救護隊ですね)


ミレイが少し引きつった笑顔で説明する。


「レオン様が“異常な直感”を働かせて……」


「直感は常にクラリス様と連動しています!」


「便利ではありますわね」


レオンは、私の顔をじっと覗き込む。


「お顔が……赤いです……」


「熱ですわ」


「……尊いですが心配です」


「尊さは引っ込めてください」


慌ただしく椅子を引き寄せ、彼は私の横に座った。


「なにか、欲しいものはありますか?


・水

・果物

・読み聞かせ

・励まし

・手を握る

・祈り


どれでも受け付けます!!」


「選択肢が偏りすぎています」


(なぜさりげなく「手を握る」が混じっているのですか)


「では……お水を」


「承知しました!!」


彼は跳ねるように立ち上がり、三種類の水を持って戻ってきた。


「常温・冷水・蜂蜜入りです!!」


「どれでも結構です」


「選ばせてください!!」


(患者の意思は尊重されないようです)


結局、普通の水を差し出され、私は少しだけ口をつけた。


「……ありがとうございます」


その一言に、レオンの表情が一気に緩む。


「お役に立てて光栄です……!」


(そこまで感動する場面ではありません)


だが、ふとした瞬間、

彼の指が私の手に触れた。


「……あ」


「あっ、失礼しました!!

無意識に“安心確認”を……」


「確認方法が直接的すぎます」


だが、嫌ではなかった。


むしろ。


(……温かい)


そのぬくもりが、妙に心地よい。


「クラリス様」


「何ですの」


声が少しだけ柔らかい。


「昨日のこと……」


「王太子のことですか?」


「はい。あの場で、あなたが僕を選んでくださったこと……」


「選んだというより、自然な流れですわ」


「それでも」


レオンは真剣な眼差しで言った。


「嬉しかったです」


私は目を閉じかけていた瞳を、少しだけ開いた。


「熱のせいかしら……今日はやけに優しいですわね」


「いつもです!!

今日が自然に見えるだけです!!」


(それはそれで問題です)


彼はそっと額に冷たい布を当てる。


思ったよりも丁寧で、不器用ながらも真剣な動き。


「お辛くないですか」


「少し……ぼんやりしますわ」


「では、ゆっくりお休みください」


「あなたがうるさくなければ、眠れるかもしれません」


「静寂モードに入ります!!」


即座に口を閉じ、直立。


五秒後。


「……クラリス様は、寝顔も美しくて――」


「静寂とは何ですか」


「概念です!!」


(概念で済ませないでください)


しかし、さすがに疲れが勝ったのか、

私は目を閉じる。


その間も、レオンの気配はそっと側にあった。


「……」


ふと半覚醒の状態で、微かな声が聞こえる。


「どうか、早く良くなりますように……」


それは、祈りのような、願いのような声。


(……本当に、不器用で優しい方)


私はそのまま、眠りに落ちた。


――――


目を覚ましたとき、

少しだけ熱は引いていた。


「クラリス様!」


「……まだ生きております」


「生存確認完了です!!」


(いつから戦場になったのですか)


「熱は……」


「下がっておりますわ」


そう答えると、彼は目に見えて安心した。


「よかった……」


その声は、少し震えていた。


「あなたがそのような顔をすると、こちらが驚きます」


「本気で心配しておりましたので……」


「わかっています」


私はゆっくりと視線を上げる。


「……ありがとう」


そのたった一言で、

彼は完全に固まった。


「……今……」


「お礼ですわ」


「……ありがとうございます!!

それはもう回復薬です!!」


(自分で倒れてどうするのですか)


そう言って、椅子から立ち上がろうとしてよろめく彼。


「……あなたの方が具合が悪く見えますわよ」


「看病疲労です!!

幸福過多症候群です!!」


私は思わず、小さく笑ってしまった。


その笑顔を見た彼の表情が、ふっと柔らぐ。


「……そうして笑ってくださると、救われます」


「大げさですわ」


「でも、本心です」


その言葉は、静かだった。


私は再び、軽く目を閉じた。


(この温もりは、決して悪くない)


むしろ。


とても、安心できる。


「レオン様」


「はい」


「今日はそのまま、側にいてくださいな」


「……もちろんです」


即答だった。


そして私は思う。


この距離は――

もう“特別”なのだと。


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