第11話・夜会デビューと迷子護衛
第11話・夜会デビューと迷子護衛
「……レオン様」
「はい!」
「なぜあなたは今、柱の影から半分だけ顔を出しているのですか」
「私は今、この場の“風景”として溶け込んでおります」
「風景はクラリスの後ろにぴったり貼り付きません」
「安心感のある背景です!」
(背景が主張しすぎています)
ここは王都主催の格式高い夜会。
私はクラリス・フォン・アルヴェーン伯爵令嬢として、堂々とホールへ足を踏み入れた。
だが。
私よりも視線を集めている存在がいる。
柱の影からひょこひょこと移動し、
「一般通行人の雰囲気」を必死に演出している男爵家三男。
「……あなたは怪しい密偵にしか見えません」
「不審者ではありません!
自然にそこにいる“空気系護衛”です!」
「空気は地面に這いません」
事実、今の彼は半分しゃがんでいる。
しかも片手には何かの紙。
「それは……何ですか」
「会場安全マップです」
「なぜ夜会に地図が存在するのですか」
「右側は“挨拶多発ゾーン”、
中央は“視線集中高リスクエリア”、
左奥は“甘味供給安定地帯”です」
「分析対象が平和すぎます」
レオンは真剣な顔で頷いた。
「クラリス様の安全な導線を確保いたします」
「私は宝石扱いですか」
「はい!!」
「肯定しないでください」
すると、近づいてくる数名の貴族令息。
普通なら社交的に挨拶する場面――だが。
「失礼いたします、クラリ――」
その前に、
すっとレオンが斜めに立つ。
「本日は“減接触方針”につき、
距離二歩の安全圏からのご挨拶をお願いいたします」
「……え?」
「挨拶は心の距離で十分対応可能です!」
(心だけでは伝わりません)
令息が困惑する。
「レオン殿……?」
「はい! 護衛兼通行人Aです!!」
「ご通行願えませんか」
「はい!! ……三秒間だけ!!」
私は額を押さえた。
(なぜこの方は堂々としているのかしら)
そこへ聖女リリアナが近づいてくる。
「クラリス様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、リリアナ様」
だが背後から白い気配圧を感じる。
「……」
振り向けば、
今度はレオンが柱の陰から半顔だけ出して観察している。
「なぜそんな位置なのですか」
「自然界の視界確保です」
「交友の場です」
「微笑による精神攻撃にも警戒しています」
「聖女様を敵認定しないでください」
リリアナは少し苦笑しつつ、
「おふたり、とても仲がよろしいのですね」
「はい! 全力で守っております!!」
「まだ関係性は定義されておりません!」
「準特別枠です!!」
(言わなくていいです)
すると周囲から。
「もうほとんど恋人では……」
「いや、あの距離は主従でもないわ……」
「近い…とにかく近い…」
完全に噂拡散中。
「……レオン様」
「はい!」
「せめてダンスの間だけ、普通のエスコートになりませんか」
「理解しました!」
即座に姿勢を正し、完璧な紳士ムーブ。
「お手をどうぞ」
差し出された手。
私はそこにそっと手を重ねた。
だが次の瞬間。
「距離近すぎます!! ですが離れすぎも危険です!!
現在、危険と幸福の狭間です!!」
「踊りに集中してください」
(戦場ではありません)
それでも。
ぎこちなく、でも一生懸命で、
妙に誠実なステップ。
「クラリス様……」
「なんですの」
「今この瞬間、僕は非常に幸せです」
「突然真面目になるのは卑怯です」
「事実です」
私は少しだけ視線を逸らした。
(……本当に困った方)
けれどその“不器用すぎる溺愛”が
どこか心地よいと思ってしまうのだから、なおさら厄介だった。
「では一つだけ質問を」
「はい!」
「あなたは護衛なのですか」
「いいえ」
少しだけ笑って、
「クラリス様の味方です」
「……危険な宣言ですわ」
「生涯続けます!」
「軽くで結構です」
「軽く一生!!」
(結局全力)
夜会の音楽は静かに流れ続ける。
そして私は思った。
この賑やかな守られ方も、
悪くないと。




