一先ずの別れ
何時間も経ったように感じた。
興奮の最中で感覚が麻痺しているのか。実際の時間は、それほど過ぎていないだろう。
彼女は未だ苦しそうだが、肩で息をしていた時に比べれば、落ち着きを取り戻していた。
時折、思い出したかのようにこちらを観察している。
とても死にたいようには思えないし、殺すつもりはない。
誰かに見つかるとまずい。さっさとしなければ。
地図を上着の内ポケットから取り出して、現在の位置と彼女にとっての安全圏までの道を鉛筆で書いてやる。
雑嚢から少しばかりの携帯食を取り出し、それを地図と一緒に彼女のカバンに詰め込む。
「地図の意味、わかる?」
意図を疑って彼女は言う。
「何がしたいの」
俺は目を合わせて正直な気持ちを話した
「逃がしたい」
体の震えはいつの間に消えていた。
「どうして」
「どうしてかな。殺したくないし、死んでほしくもない」
それを聞いて女の表情は見る見る恐ろしい表情に変わる。
「私はあなたが嫌いです」
美人でも怒ると怖いものだと、少し迫力に圧された。
「撃ったことは、謝るよ」
「なぜこんなことをするのよ!」
「町を燃やすからだよ」
「違う!なんで助けるのよ!」
「俺は人を殺したことがないし、殺したくないからだ」
これだけは胸を張って言えた。
「だったらなぜ兵隊やってるのよ!」
「兵隊じゃない、警察官だ」
右袖のカフタイトルを見せつける。
「警察、大隊・・・部隊の名前じゃないの!兵隊には変わりないわ!」
彼女は怒り、呆れたようにカフタイトルから目を離す。
不覚にもその表情はとても可愛らしかった。
「根こそぎ動員でね。俺の国は帝国の属国になってしまって」
話しかけてから、帝国そのものへの反発心や、不甲斐ない祖国への恨みが沸き上がる。
同時に、帝国で出会った友人知人の顔が浮かび、複雑な心境になる。
「要請に応じて軍隊出し切ったから・・・それでも催促されて、似たような組織の警察に目を付けたんだろう」
「あなたは、無理やり」
彼女は俺の話を聞いて黙ってしまった。
「とりあえず早く逃げてくれないかな。見つかったら俺が殺されちまう」
「私は・・・」
「さっさとしろよ。今ならまだ見つからないから。」
小銃を負いなおし、杖と尖がり帽子を集めて彼女へ渡す。
彼女は帽子を被りなおした。
次に右腕を少し伸ばして、四分の一ほどを握り、杖を傾ける。
「飛ぶのか」
ついつい、本物の魔法が見れるかもしれないという好奇心で、見入ってしまっていた。
彼女はいきなり傾けた杖を逆手に持って、水平に大きく一振りした。
ちょうど草刈りの鎌が弧を描くように、杖は俺の側頭部を強く打った。
拍子で俺は横倒しになり、彼女を見上げるような形となった。
「なにしやがる!」
「こうすればあなたの味方に疑われないでしょ?」
彼女はしてやったりといった顔で少し笑う。
このやり取りをしているうちに、彼女は杖に腰かけて、ふわりと浮き上がる。
(おお、これはなかなか不思議な。)
そんな感想を抱き、好奇心から怒りと痛さを忘れて地面に膝立ちになる。
「助かったわ。ありがとう。」
彼女は不思議なものを見るように俺を見下ろしてそう言った。
「名前を、君の名前を教えてくれないか」
咄嗟に口から出た。なぜかはわからないが、あえて理由を付ければ、彼女に魅入られたのだろう。
彼女は一瞬、怪訝な顔をしたが、一言呟くとそのまま高く舞い上がっていき、山の方へ飛んで行ってしまった。
「綺麗な名前だったな」
そう呟き、自分が膝立ちだったことを思い出して立ち上がる。
さて、今回の事をどうやって報告しようか。このまま町へ戻るか、どうしたものか。
魔法使いと話したという高揚感と、これからの不安を抱えながら、俺は炎の灯に照らし出された町と、その先の水平線を当てもなく睨みながら歩き始めた。




