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第4話「再会」

五年前。

セレスティア王国とヴァルガード帝国――二つの島国は、大陸移動によって衝突寸前という前代未聞の危機に直面していた。

戦争か、国土消滅か――その瀬戸際で、ただ一人“夢の図書館”で出会った白髪の青年から「世界最強のAI《Air on G》」を託された少女がいた。


彼女の名はみお

引きこもりの女子高生だった彼女は、仲間や市井の人々との交流、そしてAIとの奇妙な信頼関係を経て、数々の妨害や裏切りを乗り越え、二国の衝突を阻止した。

あの日の潮の匂いも、青年が消える直前に見せた微笑も、今も彼女の胸に焼き付いている。


――そして現在。

22歳となった澪は、セレスティア政府の科学技術省に勤務し、新たな国家AI戦略プロジェクト《Affectis》に関わっている。

それは感情を読み取り、行動を予測する感生AI――防衛にも外交にも使えるが、使い方次第では危険な兵器ともなり得る代物だった。


海底トンネルの完成が近づき、両国の交流が加速する一方で、見えない火種が静かに燻り始める。

そして再び――潮の匂いが、濃くなる時が迫っていた。


本作は、前作『引きこもり女子高生、夢の図書館で手に入れたのは世界最強のAIでした』の五年後を舞台にした、完全続編である。

あの時の“選択”がもたらした未来で、澪は再び運命の渦に巻き込まれていく。

夜の帳が下り、街灯がオレンジ色に路面を照らしていた。

澪は仕事帰り、いつものように駅からの道を歩く。足取りは軽くも重くもなく、ただ無意識に家路を辿っていた。


そして、あの場所の前に差しかかる――タカコさんのカフェ。

タカコさんが国家保安安全局に拘束されてから5年間、シャッターはずっと閉ざされたままだった。色褪せた看板と、寂しく埃をかぶった窓枠が、彼女の不在を無言で語っている。


――なのに。


今日、そのシャッターは半分開き、薄く隙間から漏れる明かりがアスファルトを淡く染めていた。

「……え?」

立ち止まり、澪は目を瞬かせた。思わず近寄り、窓ガラスに顔を寄せる。カーテン越しに、確かに室内の灯りが揺れている。


もしかして――。

胸が、突然痛いくらい高鳴った。

戻ってきたの? 本当に?


ドアをノックすれば確かめられる。けれど、違っていたときの落胆を想像すると、足がすくむ。

期待と不安がせめぎ合い、手が宙で止まったまま動けない。


その瞬間――。

ガチャリ、とドアが開き、夜の冷たい空気と一緒に、懐かしい人の気配が流れ出した。


「……タカコ、さん……?」


出てきたのは、大きなゴミ袋を抱えたタカコだった。少しやつれた顔に、けれど変わらない穏やかな笑みが浮かんでいる。

「……澪じゃないの!」


次の瞬間、二人は言葉より先に動いていた。

ゴミ袋がアスファルトに落ちる音。

そして、互いを強く抱きしめる音なき衝撃。


「帰ってきたんですね……!」

澪の声は震えていた。

「ええ。店を、もう一度開けようと思ってね。ほら、今日は中を掃除してたの」


澪は頷きながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。再会の温もりが、凍えていた心の一部をゆっくりと溶かしていく――。


タカコは抱きしめた腕をゆっくりと離し、澪の肩を軽く押しながら、店の奥へと促した。

「ほら、中に入って。外は冷えるでしょ」


ドアが閉まると、外のざわめきが一気に遠のき、コーヒー豆を挽くかすかな音と、焙煎の甘い香りが澪を包み込んだ。

この香り――久しぶりだ。胸の奥に、柔らかな幸福感がじわりと広がっていく。


「座って。今日は深煎りにしてみたの」


(あ〜この感じ、懐かしい。木のテーブルや椅子、白い壁に掛けられた絵も以前のままなんだね、うん、やっぱりいい!)


タカコはカウンターの奥で手際よくドリッパーにお湯を落とし、湯気の向こうから微笑んだ。


湯気越しに見るその笑顔は、五年前と変わらない。

カップを受け取った澪は、一口だけ口に含み、ふぅと息を吐く。

「……やっぱり、タカコさんのコーヒーが一番です」


自然とお互いの近況の話になった。

澪は、省庁での仕事や毎日の忙しさ、それでも好きなAI研究に携われている充実感について語った。

タカコはヴァルガード側の協力者としてスパイ容疑で拘束されていたが、刑事告発される直前にプレート移動が停止し、両国が関係改善に向けて動き出したことをきっかけに、特別恩赦で釈放されていた。

その後しばらく地方を回っていたが、最近になって以前と同じアパートの部屋に戻ることにしたという。

「なんだかんだで、あの場所が落ち着くのよ。澪ちゃんも近くて安心だし」


「本当ですか? なんだか嬉しいです」

「ふふ、じゃあこれからはいつでも寄っておいで。うちのコーヒー、冷めないうちにね」


二人の間に漂う香りとぬくもりが、外の世界の緊張を一時的に忘れさせてくれた。


カウンター越しに差し出された温かいカップの縁を指先でなぞりながら、私は久しぶりに人と向き合う安堵を感じていた。


「タカコさん、文化交流団のこと、知ってますか?」


——あ、しまった。

口に出した瞬間、自分の失言に気づく。

(やべっ、こんな話、第三者にするべきじゃないのに…)

胸の奥が冷たくなるのを感じる。


タカコさんはカップを磨く手をふと止め、少し目を細めた。

「ええ、知ってるわ。団員になるのは相当な難関らしいじゃない。倍率、百倍以上だって聞いたわよ」


私は小さくうなずき、声を落とす。

そのとき、自分の鼓動が少し速まっているのに気づいた。


(あ〜もう引き返せないかな…)


「実は……私、結成式に運営スタッフとして参加してたんです」


タカコさんの眉が、わずかに上がった。

「運営スタッフ?」首を傾げる。「AIの開発者のあなたが、どうして?」


私はその問いに、言い訳と説明が入り混じった言葉を探し始めた。

胸の奥では、話してしまったことへの後悔と、誰かに打ち明けられる安堵がせめぎ合っていた。


(タカコさん、もうあなたを信用していいんだよね)


私はカウンター越しに身を乗り出す。

「本当の目的は、感生AIを使って参加者のスクリーニングをすることだったんです」

タカコさんの眉が、興味深そうにわずかに動く。

「なるほど……あなたのAIで?」


私はうなずき、タブレットを取り出して一枚の写真を表示する。

「この子、ユナ。AIが注意人物としてマークしました」

画面の中には、少しあどけなさの残る笑顔の少女。けれど、その奥の瞳は妙に澄んでいて、感情の温度を測りづらい。

「彼女の兄は、開発トンネルの建設作業員だったそうです。崩落事故で……亡くなったと」

言葉を選びながら説明すると、タカコさんの表情がわずかに陰った。


「なるほど、それで……あなたはどう感じたの?」

「第一印象は、笑顔が整いすぎてる、ってことでした。AIの感情スキャンでも、ほとんど揺れがなくて……それが逆に引っかかって」


タカコさんは数秒考え込んだあと、静かに笑った。

「面白い子ね。そのユナって子、会ってみたいわ」

その声色には、ただの好奇心以上の響きがあった。

私は無意識に息をのむ。ユナのことを、タカコさんがどう見るのか——それは、私にとっても大きな意味を持ちそうだった。


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