第21話 [終わりと始まり] (最終話)
五年前。
セレスティア王国とヴァルガード帝国――二つの島国は、大陸移動によって衝突寸前という前代未聞の危機に直面していた。
戦争か、国土消滅か――その瀬戸際で、ただ一人“夢の図書館”で出会った白髪の青年から「世界最強のAI《Air on G》」を託された少女がいた。
彼女の名は澪。
引きこもりの女子高生だった彼女は、仲間や市井の人々との交流、そしてAIとの奇妙な信頼関係を経て、数々の妨害や裏切りを乗り越え、二国の衝突を阻止した。
あの日の潮の匂いも、青年が消える直前に見せた微笑も、今も彼女の胸に焼き付いている。
――そして現在。
22歳となった澪は、セレスティア政府の科学技術省に勤務し、新たな国家AI戦略プロジェクト《Affectis》に関わっている。
それは感情を読み取り、行動を予測する感生AI――防衛にも外交にも使えるが、使い方次第では危険な兵器ともなり得る代物だった。
海底トンネルの完成が近づき、両国の交流が加速する一方で、見えない火種が静かに燻り始める。
そして再び――潮の匂いが、濃くなる時が迫っていた。
本作は、前作『引きこもり女子高生、夢の図書館で手に入れたのは世界最強のAIでした』の五年後を舞台にした、完全続編である。
あの時の“選択”がもたらした未来で、澪は再び運命の渦に巻き込まれていく。
[11:59/崩落事故現場]
「ユナ! その手を止めて!」
澪の叫びが闇を裂いた。ユナの肩がわずかに跳ねる。けれど、その手はまだ爆弾を離さない。
「止めない……! ここで終わらせる。兄さんの無念を!」
「違う! あの崩落は――事故じゃない。仕組まれてた」
「……なに、言ってるの……?」
「黒幕はダーク•ヒールズ。戦争と混乱で儲ける連中。あの崩落も、関係改善を止めるための罠」 澪は一気に続ける。 「いま爆破したら、両国の信頼はゼロになる。混乱と対立で、一番得をするのは――他でもない、ダーク•ヒールズ。あなたの復讐は、奴らを潤すだけ!」
「嘘……そんなの……信じられない!」
「信じたくないよね。国の対応は酷かった。兄さんが蔑ろにされたって、そう思うのも分かる」 澪は一歩近づく。 「でも、いま爆破したら――兄さんを奪った連中の思うつぼだよ!」
ユナの指が震える。赤いランプが心臓みたいに脈を打つ。(やめられない。やめたくない。でも――)
「……私にも兄がいる」 澪の声が低く、真っ直ぐに刺さる。 「だから分かる。大切な人がいなくなる痛み。心に穴が空く絶望。――でもね」 息を吸う。 「爆破したら、その痛みごと“奴らの燃料”になる。本当に、それでいいの?」
「……っ」
「あなたのお兄さんは、きっと両国を繋ぎたかった。現場に立って、危ない橋を渡って、それでも前に進もうとしてた」 澪は畳みかける。 「爆破すれば、全部が無駄。憎しみはぶり返す。ダーク•ヒールズだけが笑う。――それ、兄さんが望んだ未来?」
ユナの喉がひゅっと鳴る。(違う。兄さんは……そんなの、望んでない) 大粒の涙が零れた。
「お兄さんが……望んでいたのは……そんなことじゃない……」
澪はそっと近づき、ユナの肩を抱く。 「あなたは間違ってない。兄さんを想う気持ちは本物。だけど、方法を間違えたら、その想いは罪になる」 耳元でささやく。 「私は、あなたを罪人になんてしたくない」
「……澪さん……」
ユナの膝が崩れる。爆弾から手が離れ――赤いランプが、ふっと消えた。
「もう、あなたはひとりじゃない」
堰が切れたように、ユナは澪にしがみつく。嗚咽が闇に滲む。(ごめん、兄さん……でも、わたし――)
「……わたし、やり直せるのかな」
「人は、いつだってやり直せる」
二人の呼吸だけが、冷たい空気の中で温かかった。
[13:26/ゲート付近・帰還]
焦げた匂いとざわめきがまだ残る通路。澪に支えられ、ユナが戻ってくる。
待っていたリオンが歩み寄る。
「……澪、ユナ...よかった、二人とも無事で」
リオンは深く息をついて安堵の表情を浮かべた。
「ユナ、行こう。全部、終わらせに。僕も一緒だ。澪、君は帰って休むんだ。ユナの事は僕に任せて」
澪は無言で頷く。
ユナは無言でリオンに歩み寄る、二歩、三歩――ふいに振り返る。澪と目が合う。
澪はきゅっと唇を結び、力強く頷いた。(大丈夫。私はあなたの味方。待ってる)
ユナは小さく微笑み、リオンと並んで歩き出す。向かう先は、湾岸治安監視局/Aqua Security Bureau。
[13:58/Aqua Security Bureau]
「――式典の混乱は、わたしが引き起こしました」 受付の硝子越しに、ユナははっきり告げた。 迷いはもうない、ここからやり直す。
[21:00/澪の部屋]
ベッドの上。糸が切れたみたいに全身が重い。まぶたが落ちた――
気づけば、夢の図書館。宙に浮く書架。淡い光。静けさ。
「……よくやったね、澪」
振り向くと、Air on G の青年が立っていた。音楽が人の形を取ったような、柔らかな笑み。
「あなたが、EIDOSを使えって言ってくれたから。あれがなかったら、ユナは――」 言葉が熱で滲む。「ありがとう」
けれど、胸の底に影が残る。 「でも……ダーク•ヒールズを敵に回したみたい。これから……どうなるのか...」
青年はゆっくり首を振る。 「避けられないことだった。海底トンネルが繋がれば、関係は前に進む。だから――奴らは妨害する。君一人の問題ではない。トンネルが開通した以上、奴らは必ず国を巻きこむスケールで両国の関係改善を阻止してくるだろう」 声が低くなる。
喉がひやりと冷える。(国ごと、巻き込む……)
「だが忘れないでくれ。君はもう一人じゃない。リオンがいる。……そして、僕も」 青年は穏やかに微笑む。
少しだけ、心が軽くなる。けれど、その笑みの奥に、微かな翳り。
澪は目を上げる。胸の奥で、静かな火が灯る。
(終わりじゃない、これは...始まりだ)
(でも...大丈夫。ひとりじゃない。なら、進める)
夢は静かに閉じていった。




