第20話「光と闇の対峙」
五年前。
セレスティア王国とヴァルガード帝国――二つの島国は、大陸移動によって衝突寸前という前代未聞の危機に直面していた。
戦争か、国土消滅か――その瀬戸際で、ただ一人“夢の図書館”で出会った白髪の青年から「世界最強のAI《Air on G》」を託された少女がいた。
彼女の名は澪。
引きこもりの女子高生だった彼女は、仲間や市井の人々との交流、そしてAIとの奇妙な信頼関係を経て、数々の妨害や裏切りを乗り越え、二国の衝突を阻止した。
あの日の潮の匂いも、青年が消える直前に見せた微笑も、今も彼女の胸に焼き付いている。
――そして現在。
22歳となった澪は、セレスティア政府の科学技術省に勤務し、新たな国家AI戦略プロジェクト《Affectis》に関わっている。
それは感情を読み取り、行動を予測する感生AI――防衛にも外交にも使えるが、使い方次第では危険な兵器ともなり得る代物だった。
海底トンネルの完成が近づき、両国の交流が加速する一方で、見えない火種が静かに燻り始める。
そして再び――潮の匂いが、濃くなる時が迫っていた。
本作は、前作『引きこもり女子高生、夢の図書館で手に入れたのは世界最強のAIでした』の五年後を舞台にした、完全続編である。
あの時の“選択”がもたらした未来で、澪は再び運命の渦に巻き込まれていく。
[式典当日 11:00/海底トンネル式典会場]
ユナが飛ばした小型ドローンが送気施設に突入した。
鋭い金属音とともに装置をかすめ、次の瞬間、小規模な爆発が巻き起こる。
「ッ!」
遠雷のような鈍い衝撃音がホール全体に響き渡った。
送気施設から吹き出した白煙は渦を巻き、あっという間に会場を覆い尽くす。
「火災発生――! 換気異常!」
アラームが鳴り響き、赤い非常灯が瞬く。
場内は赤黒い光に染まり、観客のざわめきが悲鳴へと変わる。
「煙が……!」「出口はどこだ!」
制御不能の群衆が押し合い、ホログラムはセレスティア会場の騒乱と、ヴァルガード側で呆然と立ち尽くす人々の姿を同時に映し出している。
「出口へ!」という叫び声が引き金となり、式典は爆破からわずか数分で崩壊の渦へと飲み込まれた。
[11:12/多目的ホールのロッカールーム]
ロッカールームの薄暗がりで、ユナはスマホのタイマーを凝視していた。
ピピッ。
「……時間だ」
小さく呟き、背負うバックパックのファスナーを確かめる。
中には時限式の爆弾――兄の無念と共に、この背に重く食い込んでいた。
立ち上がったユナは酸素マスクを手に取り、迷いのない足取りでドアを押し開ける。
轟くサイレンと混乱渦巻く叫びの波へ、無表情のまま歩みを進めた。
[11:30/ゲート付近]
ゲート前は避難者で押し潰されそうになり、泣き叫ぶ声が絶え間なく響いていた。
二人の警備員が必死に群衆を抑え込んでいるが、すでに制御不能だ。
ユナはその混乱の中、顔見知りの警備員に駆け寄る。
「何があったんですか!?」
振り返った彼の顔に驚愕が走る。
「……ユナ!? 危険だ、今すぐ外へ――!」
「どうしても会場に届けなきゃいけない物があるの! 仲間もまだ中にいるのよ。必ず戻るから!」
「規則で禁止だ! 危険すぎる……君を危険な目に遭わせたくない!」
必死な声。だがその奥には、長く胸に秘めてきた想いが溢れてしまっていた。
「……俺は、ずっと……君が好きだった。だから――」
ユナは一瞬だけ、笑みを浮かべそうになった。
だがその感情を飲み込み、真っ直ぐに彼を見据える。
「じゃあ一緒に来て。仲間を助けて!」
その言葉に救われるように、警備員は小さく笑みを返した。
次の瞬間、決意を固めてゲートを解錠する。
金属音が響き、重い扉がわずかに開いたとき――ユナの胸中に冷たい囁きが響いた。
(……すべて予定通り。ありがとう)
[11:35/トンネル内部]
暗いトンネルを、避難者たちが我先にと逆方向から押し寄せてくる。
恐怖に満ちた叫び、転ぶ音、泣き声。粉塵が舞い、視界は灰色に濁っていた。
ユナと警備員はその流れに逆走する。
警備員が前方を切り開き、ユナは背後で酸素マスクを装着した。
その瞬間――ユナは人波に身を紛れさせ、音もなく作業用の側道へと逸れた。
「ユナ!?」
呼ぶ声は粉塵に掻き消され、警備員は人波に押し流される。
ユナの姿は、すでに闇の奥へと消えていた。
[11:59/崩落事故現場]
側道の先は、息苦しいほど冷たい闇に支配されていた。
足元には崩れ落ちた岩塊が転がり、踏みしめるたびに細かい砂がざらりと音を立てる。
折れ曲がった鉄骨は、呻き声をあげる亡霊のように突き出し、かつての惨劇を無言で語っていた。
天井からは水滴がぽたりと落ち、冷たく床を濡らす。
岩壁には深い亀裂が縦横に走り、いつ再び崩れてもおかしくない。
ここは――兄が命を落とした、忌まわしい事故現場。
ユナはゆっくりとバックパックを下ろす。
金属のファスナーが擦れる音が、異様なほど大きく反響した。
中の爆弾の赤いランプが、湿った壁を妖しく照らし、闇に赤黒い脈動を与える。
そのとき、不意に耳の奥に懐かしい声が響いた。
(「ユナ……」)
兄の声。
幻聴だと分かっていても、心臓がひときわ大きく跳ねる。
崩落に巻き込まれた兄の背中が記憶の奥底から甦る。
救えなかった悔恨と、取り戻せない喪失感――それが彼女の足元を掴み、冷たく引きずり込もうとする。
ユナの目に涙が滲む。だが、その手は止まらない。
「兄さん……見ていて」
震える声でそう呟き、彼女は爆弾を岩壁に押し当てた。
――その瞬間。
粉塵を裂き、白い光が闇を切り裂いた。
懐中灯の鋭い光が、崩壊した空間を一瞬にして照らし出す。
光の中に浮かび上がったのは、酸素マスクをつけた澪の姿だった。
その瞳は鋭く、しかし揺るぎない確信を湛えてユナを見据えている。
澪は光を掲げ、一歩踏み出す。
その声は静かで、けれど鋭い刃のように胸を突いた。
「ビンゴ……やっぱり来たね、ユナ」
(リオン……EIDOSも、あなた同様に――なっかなかやるじゃない!)
赤い爆弾の光と、澪の懐中灯の白い光。
闇の中で交差する二つの光が、運命的な対峙を鮮烈に浮かび上がらせた。




