第14話「夜の訪問者」
[式典3日前 夜9:00/セレスティア王国 首都・澪のアパート]
夜のアパート。
カーテンの隙間から街の灯りが差し込み、机の上の資料の影を揺らしていた。
デスクに肘を突きながら、私はため息を吐く。
ノナカ記者の証言、そしてあの不気味な脅迫メール。
考えれば考えるほど胸がざわついて、冷えたコーヒーを飲んでも落ち着かない。
(……大丈夫。私は大丈夫)
自分にそう言い聞かせた瞬間――。
ピンポーン。
不意に鳴り響いたチャイムに心臓が跳ね上がった。
息を飲み、ドアノブを握りしめる。まさか……もう“ダーク・ヒールズ”が――?
恐る恐るドアを開けると――。
「よ、夜分遅くに悪いな」
そこに立っていたのは、コンビニ袋をぶら下げた同僚――リオンだった。
「……リオン!?」
「昼間、体調悪いって早退したろ? なんか気になってさ。放っとけなくて」
彼は苦笑いしながら袋を差し出す。中にはスポーツドリンクや軽食、栄養ゼリーまで。
(……なにこの人。本当に来ちゃったの!?)
驚きと呆れの入り混じる私をよそに、リオンはお構いなしだ。
仕方なく招き入れると、彼は部屋をぐるりと見渡し、ぽつり。
「へえ……思ったより整ってるな。もっとこう、天才研究者の部屋っていうか……紙とコードでカオスかと思ってた」
「失礼ね。私だって片付けくらいするわよ」
「いやいや、悪い意味じゃないって!」
慌てて両手を振るその姿に、思わず口元が緩む。
二人で机を挟んで座る。
軽く世間話をした後、私はつい愚痴をこぼしてしまった。
「このAI……感情を解析できるってすごいけど、同時に怖いの。人の心を数値にして、利用するなんて……」
リオンは真剣な顔で聞き入り、しばし沈黙してから言った。
「……澪でも、そういう顔するんだな」
「え?」
「普段は冷静で、仕事モード全開で……俺なんか近づけない雰囲気出してるけど。今の顔は……普通の、同い年の女の子だ」
(な、なにそれ……!)
一瞬で耳まで熱くなる。
慌てて咳払いし、話題を変えようとする。
「……だ、大丈夫だから。私は」
だがリオンは、ムッとした顔で眉をひそめた。
「そうやって“大丈夫”って言うやつが一番危なっかしいんだよ。……俺は、そう思う」
その瞳は真っ直ぐで、冗談がひとつも混じっていない。
不覚にも胸の奥が少しだけ揺れる。
やがて時計が9時半を告げると、リオンは立ち上がった。
「長居して悪かったな。そろそろ帰るよ」
玄関で靴を履きながら、ふと振り返って笑う。
「……もし変な野郎にストーキングされてたら、俺がぶっ飛ばしてやる」
「……は?」
「マジで。俺、防衛大学時代に武道やってたんだ。空手と柔術。大会でも結構勝ったし」
さらっとアピール。いや、ちょっとドヤ顔。
私は思わず吹き出した。
「心強いけど……こんな時間にいきなり訪ねてくるあなたも、十分“変な奴”だよ」
リオンは「ぐっ」と詰まった顔をして、それから照れ笑いを浮かべる。
「そ、そりゃそうか……」
ドアを閉め、玄関に背を預ける。
静まり返った部屋に自分の心臓の音だけが響いていた。
「……ほんと、変な奴」
けれど、その言葉には――ほんの少しの安心感が滲んでいた。




