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引きこもり卒業女子、最強AIと再び! 爆破計画少女と海底トンネル防衛戦  作者: あみれん


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11/21

第11話「潮の匂い」

[式典4日前 午後10:00/夢の中・図書館]

ページをめくる音が、静まり返った空間にぽつりと落ちた。

同時に、ふっと潮の香りが鼻先をかすめる。――ここは夢の中のはずなのに。


「……来た……!」


澪は息をのむ。

高い天井までそびえる本棚の間から、白髪の青年が影を引き連れるように静かに歩み出た。


「ユナのことで、相談があるの」


声がわずかに震える。青年は何も言わず、ただ澪を見つめて続きを促す。


澪は、文化交流団に紛れた少女――ユナの行動をできる限り正確に語った。

Affectisで計測した感情乖離スコアの異常値。笑顔の裏に、一瞬だけ覗く冷たい影。

そして――あのドローン。


「でも、これ以上は……証拠も確証もない」


絞り出すように言うと、青年はしばし目を伏せ、本棚の木目にそっと手を当てた。


「君は彼女を危険だと感じている。でも、人は一面だけで判断すべきじゃない」


「……どういうこと?」


青年は、少し間を置いてから口を開く。


「ユナの家庭環境を調べてみるんだ。家族構成、過去の出来事、育った土地……」

その声は深海から響くように低く、澪の鼓膜に静かに浸透していく。

「それは彼女を裁くためじゃない。謎だらけの人物像を少しでも浮かび上がらせれば、今後のアプローチの糸口になる」


澪は眉をひそめる。

「……どうして家庭のことがヒントに?」


青年は歩み寄り、目を細めた。

「もし君が、たった今知り合った人間が――君とほぼ同じ境遇で育ったと知ったら、どう思う?」


「……同じ境遇……? そうだな……たぶん、親近感を覚える……かも」


「なぜだ?」


「えっと……自分を分かってくれる気がするから」


青年は小さくうなずく。

「では逆に、まったく異なる環境で育ったと知ったら?」


「……距離を感じる、と思う」


「そうだ。人は無意識のうちに“近い”と思う相手には警戒を解き、“遠い”と思う相手には壁を作る。家庭環境は、その“近さ”を測る重要な手がかりだ」


青年はさらに畳みかけるように言葉を続けた。

「過去に、ある外交交渉で対立が続いた国同士があった。だが、交渉役の一人が相手国の担当者と同じ村出身だったと知った途端、二人の会話は氷解した。幼い頃の風景や祭りの記憶――それらが、国境を越えるきっかけになった」


澪は目を瞬かせる。

青年は頷き、さらに言葉を落とす。

「もし、その相手が君と同じ“喪失”を経験していたとしたら?」


「……うん……その気持ちを、少しは分かってあげられるかも」


「そうだ。それは人を動かす鍵になる。謎だらけの人物像でも、背景を知れば違う輪郭が見えてくる。

君がユナにどんな言葉を投げかけ、どんな道を示すか――それは、彼女の歩く先を変えるかもしれない」


澪はゆっくりと息を吐く。

「……つまりプロファイリング……」


「そうだ。人の感情の揺らぎは、過去の影と繋がっていることが多い。理由を知れば、君の選ぶ言葉も変わる。なぜなら――同じ相手の気持ちを先回り出来るからだ、それに…」


「それに…何?」


「ユナはまだ16歳だ。心の扉はまだ錆びついてはいない。君に共感できる何かを見つけたら、きっと心を開くはずだ。それが突破口になる」


(――はあ? まだ16歳?)

澪の眉がぴくりと動く。

(えーえー、分かってますよ。どうせ私はもう22歳で、初々しさなんて残ってませんよ! はいはい、若さってやつは万能だもんね!)


胸の奥に、じわりとした熱が広がる。悔しさとも苛立ちともつかない感情が、舌の先までこみ上げた。

(くそっ、いいじゃない……二十代の女だって、磨けば光るのよ! 見てなさい、絶対にあの子より私のほうが――)

青年の真剣な瞳に、反論の言葉は喉の奥で溶けて消えた。


青年は一歩近づき、瞳に澪の顔を映した。

「だが、時間がない。式典まで、あと三日だ。ユナの真意を突き止めるんだ」


「……分かってる」


「それだけじゃない」


青年の口元がわずかに引き締まる。

「式典は満潮の時間帯に行われる。水位が最も高く、海流が変わる瞬間だ。潮の匂いが強くなる時は、何かが動き出す時――この国では古くから“不吉の兆し”とされてきた」


澪は思わず辺りを見回す。夢の中なのに、確かに海風の塩気が濃くなっている。


「……“潮の匂いが強くなる時が近い”って……それは?」


「それは、君の行動が間に合うかどうかの分かれ目ということだ」


そう言い残し、青年は踵を返し、薄暗い通路の奥へと姿を消す。

「覚えておけ――君が守れるのは、一度きりだ」



[目覚め]

澪はベッドの上で跳ね起きた。

カーテンの隙間から夜風が吹き込み、今度は本物の潮の匂いが鼻をかすめる。

時計は午前0時を少し回っていた。


「……家庭環境……」


小さく呟きながら、澪はノートPCを引き寄せる。

検索ウィンドウを開く指が、一瞬止まった。


(そうだ……国民データベース)


以前、一度だけ個人情報を照会したことがある。

今回はそれを、プロファイリングの観点からもう一度――。


今の自分にできることは限られている。

それでも――やるしかない。


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